あの子、今日も壁に向かって呟いている
室小木 寧
「家に帰るまでが遠足です」
たかし君はとてもやんちゃな男の子だった。
スポーツ刈りの、後ろ髪だけ少し伸ばしたあのヤンキーの子供特有の髪型をした、冬でも半ズボンとタンクトップ姿の男子。
通学路の脇にある畑に勝手に入って野菜の苗を引っこ抜いたり、教室でターザンごっこをしてカーテンを破いたり、クラスメイト全員の机の中にカエルの卵を入れたり……今考えても相当な問題児だったが、不思議と嫌われてはいなかった気がする。
今でこそ「自閉症スペクトラムだ」「注意欠陥多動性障害」だと呼ばれ、直ぐに教師とスクールカウンセラーが飛んできて病院に連れて行かれるであろうが、あの頃にはそんな言葉は無く、彼はただの「落ち着きの無い男子」だったのだ。
たかしくんは遠足をとても楽しみにしていた。
遠足なんて言っても、別に行くところなんて隣町の公園程度、あれから二十数年経った今では別段何の感動もしない、ただ林と川があるだけの公園。
昔はお情け程度に遊具が設置してあった筈だが、今はそれすら無くなり、ただの空き地と化している。
ただ延々と歩かされるだけの、お菓子とお弁当が食べられて勉強をしなくて良いだけ、それだけが魅力の遠足。
正直五年生ともなれば飽きが出始めていたが、たかしくんはいつも、毎年毎年それが初めての遠足であるかの如く喜び、はしゃぎ、誰よりも遠足を楽しんでいた。
そう、たかし君は遠足が好きだった。
遠足が好きだから、遠足を終わらせたく無くて、たかしくん家に帰らなかったのだ。
たかし君はきっとまだあの公園にいるのだ。
「家に帰るまでが遠足です」
あの日、遠足の前に校長先生がそう言ったから。
誰よりも遠足を楽しみにしていたたかし君は、遠足が終わるのが嫌だから、家に帰りたくなくて今でも隠れているのだ。
たかし君はきっとどこかに隠れて、今でもあの日のまま、一人で遠足をしているのだ。
だからあれはたかし君ではない。
たかし君の服を着た骨だ。
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