フューチャー:コード

アバドン

少年 対 未来

フェイズ1 グッバイ&ハロー

「誰に対しても親切に」


子供の頃、誰もが言われたであろうこのフレーズを、自分は律儀に高校生になっても守り続けていた。

当時の自分は「親切に」という部分は理解出来た。

しかし何故「誰に対しても」そうするのか。これが分からなかった。今思えば凄く生意気な小学生だっただろうし、先生にもそう言われていたに違いない。

そんな自分が高校生になるまで「誰に対しても親切に」出来たのは、残念ながら優しさから来るものではない。


どちらかと言えば苦しさから来たものだ。



この時間帯のホームは非常によく混む。あと1時間前に部活が終わっていればもう少し空いていたんだろうけど。と松山竜胆まつやまりんどうは肩を落とす。

部活の友人達は一旦、都心の方に向かってから電車を乗り換えるらしい。それに対し自分はさらに下り方面の電車に乗るため一緒に帰る友人もいないし、電車はやたら混む事になるしで散々だ。

ただ、一番線路に近い位置で電車を待てたのは座りやすくなるので少し得をした気分になった。しかし後に彼の身に起こる事を考えれば、あの場所で待っていた事は運が悪いの一言に尽きるだろう。


彼が背中に衝撃を感じ、咄嗟とっさに後ろを振り向くと周りの人間が自分から離れていくのが見えた。いや、自分が離れているのだろうか。

兎に角、 竜胆は今自分がどういう状況に置かれたのか全く理解出来なかった。

ただ、今分かるのは大量の人間が自分を見下ろしているという事だ。その中の一人が自分の方に来ようとするが、それを抑えようとしている人もいる。

何をやっているんだ?そう思いながら彼は呆けている。未だに自分の置かれている状況を、理解できていないのだろう。

いや、むしろ自分が置かれている状況が分かったからこそ、パニックになり、何も考えられなかったのかもしれない。

そんな中、こちらを見て笑ってる人がいた。半ば本能的に竜胆はその意味を理解した。


「(あの男が俺を落とした)」


だがほんの数秒後、地面が揺れ始めた。光のせいでよく見えなかったが、こちらに向かってきているものが電車だというのはすぐに分かった。でも体が動かない。まるで金縛りにでもあったかのように。そして彼は最期まで逃げる事は叶わなかった。

と、ここまで536文字に渡って彼の最期の瞬間を描写した訳だが、これを1行で纏めてしまえば、要するに彼は電車に呆気なく轢かれただけにしかすぎない。

運が悪いと言えばそこまでかもしれないが、彼はこういったことを起こさないために普段から誰に対しても親切にするように心掛けていた。

残念ながら彼の努力はたった一個人の気紛れによって、水の泡になってしまったのだが。

でも彼は薄れる意識の中願った。「死にたくない」と。


そしてその願いは受け入れられた。

偶然か必然か、それはまさしく神のみぞ知る話だが、ただ一つ言えるのは松山竜胆がここで生き延びたのは幸運ではない。



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