4-6



 トラックは高速道路を走り続けていた。


 運転手以外、自衛軍の隊員はおらず、鳳香達は何もやることがなかったので、目を閉じて軽く身体を休めていた。


「……ッ?!」


 そのトラックが急ブレーキをかけて停車した。


 音でその事を察知した三人は目を開けて、息を殺し外の動向を探るが、外に人の気配はなかった。


 真希と鳳香は目を見合わせて、頷き合う。その様子を見て、紗理奈が多少嫉妬していたが、すぐに平生の状態へと戻った。


「敵……でしょうね」


「間違いない、敵だね」


 真希がトラックのドアを無理矢理こじ開け、外へと出ると、そこはまだ高速道路の上で、しかも、山間の道という本気を出して戦うには適切な場所でもあった。真希に続き、鳳香、紗理奈も外に出た。


「敵は……」


 真希は警戒を怠らずに周囲の動きを探る。


「正面か」


 トラックの進行方向に一機のロメルスが立ちふさがっていた。


 これまでに見たことのないタイプの機体であったので、新型だとすぐに悟った。


 その機体は三好秀吉が搭乗しているプロトタイプのロメルスであった。


「新型でしょうか?」


 鳳香もその存在に気づき、いつになく鋭い眼光を敵に向けた。


 二人がその存在に気づいたのを知ってか、その機体は右腕を上げた。


「これは挨拶ですよ。はい、ロケットパンチ」


 スピーカーからそんな声が流れてきたと思ったら、そのロメルスの右腕が発射された。


 目の前に停まっていたトラックが一瞬にしてスクラップになり、運転手の血なのか、オイルなのか分からない液体が四散する。


 そのまま、真希と鳳香の方へと特攻してきたのを鳳香がぴしゃりと叩くようにはじき飛ばした。


 軌道を変えられた右手はくるくると旋回し、どこかへと飛んでいくかと思われたのだが、瞬く間に軌道修正され、元々の場所へと戻っていった。


「物騒なご挨拶ですわね」


 清々しい笑みをこぼした瞬間、スクラップになっていたトラックが爆発し炎上した。


「一機だけでボク達を相手する気?」


 真希は鉢金を取りだすなり装着し、黒装束をまとった。


「では、私も」


 鳳香は御札を取り出し、巫女装束を身につけた。


「私は後方で……」


 紗理奈はそそくさと二人から離れていき、後ろの方で見守ることに徹する素振りを見せた。


「そうでなくては」


 ロメルスのバックパックからいくつかの球体が放出された。その球体は素早く機体の周囲に展開し、四角形を形取るように宙にとどまった。鳳香も、真希もその球体を武器であろう程度にしか思わなかった。


「壱の風、風一文字」


 と、真希が片手を振り上げながらそう言っている横で、


風神之吐息ふうじんのといき


 胸元より御札の束を取り出していた。


 二人の攻撃が同時に繰り出され、一迅の風と嵐のような突風がロメルスへと向かっていく。


「いけッ!


 真希が勝利を確信しつつそう叫ぶ。


 だが、ロメルスの眼前でそれらの攻撃は、突如現れた黄色い半透明の壁に激突し、バチッという音とともに消滅した。


「え? 何今の?」


「何でしょう?」


 予想外の展開に二人は事態を把握することができず、動きが止まってしまった。


「ほら、行きますよ」


 バックパックから数体の球体が放出され、刹那、ロケットパンチの発射と同時に宙に四角形を描き、そのパンチともに鳳香達の方へと撃ち出された。


「なんの、これしき!」


 真希が前に出て、右手を前へと出し、受け止める姿勢を取った。


「くっ?!」


 特攻してきたロケットパンチを受け止めようとするが、ぐにゃりと空間を歪めるような感触に襲われた。


 次第に力が中和され始めているのを実感し、片手だけでは無理と判断して両手で受け止めようと切り替える。


 それも虚しく、後ろへと真希の身体が押しやられ始める。


「きゃっ!」


 ロケットパンチのはじき返す事ができず、真希の身体が吹っ飛ばされていた。


 高速道の地面に何度となく、見た目は華奢な身体が叩きつけられていくが、武人としての天性の勘によって致命傷だけはすべて避けていた。


「ま、真希さん!」


 心配のあまり振り返ろうとした鳳香だったが、


「次、行きますよ。巫女のお嬢さん」


 その一言で戦闘態勢に切り替えた。


 ロメルスはまだ残っているもう一方の腕を上げるなりロケットパンチを撃ち出してきた。それを守るようにして当然のように球体が四角形を形成している。


「お出でなさいまし」


 胸元より五枚の黒の御札を取り出した。


 その御札は瞬く間に紅い炎に包まれて消え去ると、鳳香の周りに守護結界が張られた。


 その結界もあっと言う間に球体が作り出すアンチマジカルシールドの前にいとも容易く突貫されていき、次の一手を鳳香が繰り出す前にロケットパンチの直撃を受け、真希と同じようにはじき飛ばされた。


「すごいですね、これは。さすがは新高山博士の会心の作」


 真希も鳳香も慣れた調子で、途中で体勢を立て直して着地した。


 守人四十七士との組み手や師匠との戦いでこの程度の攻撃は数多受けているので慣れたものだった。だが、自分たちの攻撃を無力化された事実は衝撃的で、顔を見合わせて、どうすると目配せで相談を始める。


「これで終わりではないでしょう?」


 ロケットパンチが帰還してから、二人に秀吉が挑発してくるが、二人はそう簡単に乗りはしなかった。


「接近戦で行く?」


 真希の問いに対して、


「でしたら、私はこれで」


 と、七色に輝く御札を取り出して答えた。その御札から黒い炎が立ち上り消え去る同時に、鳳香の巫女服が紅蓮の炎に包まれた。そして、その炎は鳳香の周りに鎧のように留まるのだった。


「行くよ」


「ええ」


 ぴったりと息のあったタイミングで空へと跳躍する。


「格闘戦ですか、面白いですね」


 秀吉は格闘に備え構えを取った。


 そこへ真希と鳳香のかかと落としが綺麗な円を描いて繰り出された。


「こういう時のセオリーは……」


 その蹴りは腕を十字にクロスさせる事で受け流された。


 アンチシールドのせいで力が吸収され、かかと落としの威力は全くなかった。


 秀吉はしばらく踏ん張りを利かせた後、力任せに十字を解き、二人をはじき飛ばす。力がうまく入らない二人はもてあそばれるようにあしらわれ、体勢を崩した。


「弱い方から先に叩く」


 アンチシールドの庇護を受けたロケットパンチが真希に向けられる。


「ボクとした事が!」


 真希は防御さえできずに拳の洗礼を受けて、さらに飛ばされた。


「年端もいかない少女を叩きのめすのは趣味ではないのですが、許してくださいね」


 真希が攻撃を受けた時には、もう秀吉は次の行動に移っていた。跳躍し、体勢を整えていない鳳香にかかと落としをたたき込んだ。


「くっ?!」


 咄嗟の判断で黒い御札で結界を展開させ、直撃だけは阻止したが、意識が一瞬だけ途切れるほどの痛みが全身を駆け抜けた。


「柔いですよ、お嬢さん!!」


 意識の混濁を感じながらも、胸元より御札を取り出し、防御に徹する。だが、そんな行動をあざ笑うかのように、ロケットパンチがその防御を破壊し、鳳香に見事に捉えた。


「そう思うのでしたら……もっとお手柔らかにしてはいただけません?」


 間一髪のところで身体をよじらせ、致命傷は避けるも、右腕に当たってしまい、骨が砕けたのを痛みの感触から知った。


 その痛みをこらえ、次の一手に備えようと、胸元に手を入れたところで、


「でしたら、この攻撃で紳士的に沈めてあげますよ」


 今さっき、真希に一撃を食らわせたロケットパンチが背後から鳳香に不意打ちを食らわせた。


 想定していなかった攻撃の前に、鳳香の意識は風前の灯火といった様相を呈していた。だが、無意識のうちに手持ちの御札を取り出し、力を解放していた。


「その程度で勝てるとでも思っているのですか!」


 様々な力が秀吉のロメルスを襲うが、そのほとんどがアンチシールドの前に無効化されていく。そんな最中でも、秀吉は止めを刺すことにためらいはなかった。反応の遅い鳳香など秀吉にとっては的でしかない。


「死になさい!」


 ロメルスの回し蹴りがクリーンヒットし、鳳香の身体が引力以上の力に引っ張られていくように地面へと向かっていき、クレーターを作るほどの勢いで高速道路に墜落した。


 これで勝敗が決すると思われたのだが、アンチマジカルシールドの限界であったのか、あるいは、設計上の欠陥であったのか分からないが、鳳香の作り出した守護決壊をすべて無力化することができなかった。


 ようは、鳳香に止めを刺せなかったのだ。


「力がなければ脆いものですね。人である以上は機械には勝てないということでしょうね」


 気絶しただけの鳳香を死んだものと見なし、秀吉は次の獲物の動向を探り始めた。


「次はどなたです? そこで見守っているお嬢さんですか? それとも、さっき飛んでいったお嬢さんですかね?」


 ロメルスの頭が遠くでじっと見守っていた紗理奈に向けられた。紗理奈はキッとにらみ返し、力を使おうとしかけた。


「まだボクが健在だよ」


 と、真希が首をポキポキ鳴らしながら、颯爽とロメルスの前に立ちはだかった。


「勇ましいお嬢さんですね」


 ロメルスは真希と正対した。


「鳳香をあんなふうにされて黙っていられるほど、ボクはお人好しじゃないんだよ」


 真希は腰を引き、深呼吸を一回。


「お嬢さんも死に急いでるのですね」


 秀吉の言葉には、この小娘も倒せるという自信に満ちあふれたものであった。真希はそれをひしひしと感じ取り、あざけり笑いたい気持ちでいっぱいになった。


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