4-5



「自衛軍は四方向から進軍しているようですが、どうします?」


 オペレータの定位置に腰掛け、レーダーなどを見ながら、新高山博士と三好秀吉に春日井さくらは声をかけた。


 レーダーには、日本自衛軍の動きが手に取るように映し出されていた。米帝の偵察衛星からの映像だけに信頼できる。


「わしにはもう思い残す事はないのじゃ。ほほ、これで終わる、すべてが終わるのじゃ」


 新高山博士は上の空といった調子で話など聞こえてはいないようだった。


「量産型は何体残っているのです?」


 その代わりに秀吉が答えた。


「二機だけですよ。プロトタイプの製造に工場のラインを使ってしまいましたから」


「ならば、その二機を向かわせてください。叩くのはどこからでもいいので、すべて適当に撃破すればいいです」


「それでいいのですか?」


 さくらは秀吉が何を考えているのか分からず、その意図を探った。


「本命は別でしょうね。あの四つの部隊は陽動部隊。私はそう睨んでいますよ」


 秀吉はそう確信しているようで、迷いのない表情をしていた。


「私は出撃しますよ。呼んでいるんですよ、私の血が……ですかね」


 冷酷な笑みを口元に刻んだ。その事に気づいたのか、口元を手で覆い隠すなり、さくらに背を向けて出入り口の方へと歩き出した。


「御武運を」


 さくらの声が聞こえていなかったのか、そのまま出て行ってしまった。


「人が変わってしまいましたね」


 新高山博士の調子は相変わらずなので、さくらは自分に問うた。


「強さが人を変えてしまうのか、兵器が人を変えてしまうのか……どっちでしょう?」


「変えれるのではないのじゃよ、さくら君。変わってしまうのじゃ」


「へ?」


 答えるはずもないと思っていた新高山博士が答えてきたものだから、さくらは一瞬うろたえた。


「性善説、性悪説を抜きにして、人というものはニュートラルなのじゃよ。何かしらの要因がそのニュートラル状態を変えてしまう。そうすると、自然と変わってしまうのじゃよ、人というものは」


「……はぁ?」


 こんな様子の博士を久しぶりに見たので、つい生返事をしてしまった。だが、博士は全く気にしてはいないようだった。


「その要因は、力、能力、武器、才能……何でも構わぬ。それにより人は変わってしまうものだ。わしのようにな」


 さくらは、今の一言でこのクーデターの理由を理解した。


「わしをゴミのように捨てていった奴らに目に物を見せてやってわ。ロメルスとメトロニュウムがなければ、この悲願は叶えられなかったであろうのう。絶望をもたらしたかったのじゃよ、捨てられ、死にかけた時にわしが感じたのと同じ感情を」


 最初から分かっていたことだが、大阪ジャガースも大阪を首都にという考えも、博士にとってはあってもなくても変わらぬ声明だった。


 博士はあくまでも博士を見捨てた者達に絶望を与えたかったのだ。


 例え、いくら死人が出ようとも。


「……わしの目的が達せられた今、後は自決の時を待つばかりじゃな。で、例の件は進めてあるのかのう?」


 自分の言いたいことをすべて言った後、思い出したように、最後の一言を付け足した。


「もう終わってますよ。大阪工場の人たちは人質を取られて仕方なく……としておきましたよ」


 大阪工場の人間に反乱失敗後、危害を及ぶことを回避するために、恐喝されていたというふうな偽造書類をたくさん作成しておいたのだ。


「ならばよい」


 博士は千鳥足で出口の方へと向かい、


「気が晴れた……晴れた……晴れた……」


 と呟きながら、出て行ってしまった。


「思いにしろ、何にしろ、何かに憑かれてしまったのかもしれませんね。思いに囚われて人は変わってしまう。私もその一人だからよく分かりますよ……」


 さくらは瞑目し、背もたれに身体を預けた。


「取り憑かれたら最後、いい死に方はできないんでしょうね」


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