第四章 勝者は生者にあらず

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 米帝の大統領からの仲裁が入り、クーデター軍と政府軍は一時的な休戦を強制的に結ばされた。


 米帝に対してロメルスとネオ・メトロニュウムの技術供与がクーデター軍から持ちかけられた経緯があった。


 その密約を仕込んだのは春日井さくらで、ただの時間稼ぎ程度にしか思っていなかった。






 国立御鏡学院には、まだロメルス襲撃の跡が残っていた。あれからもう二日も経っているのに復旧のめどは立たず、しばらくは休校することとなった。


 真希達は登校して初めて休校になっている事を知り、そのまま帰るのも馬鹿らしくなって、三人は校舎の中に入り、屋上へと出た。


「授業、真面目に受けられなかったよ」


 屋上には機体の残骸がそこここに落ちているだけではなく、頭のパーツがそのまま落下してきたようで風穴がポッカリと開けていた。


 屋上を囲うように張られたフェンスがところどころ壊れていて危なくなっている。


「仕方ありませんわ。不測の事態でしたし」


「真希姉さんは、授業をきちんと受けるつもりはなかったんじゃないですか?」


「どうだったかな?」


 三人は危険な屋上を気にする素振りさえ見せずに並んで歩いていた。


「この生活、いつまで続くんでしょう?」


 何気ない疑問を鳳香が口にする。その辺りに関しては政府と長との話し合いですべてが決定づけられる。自分達に発言権がないのが分かっている以上、はっきりとはしていなかった。


「わ、私はお姉様と一緒にいられるのなら、いつまでも!」


 紗理奈が顔を真っ赤にさせ、屋上の隅にいても聞こえそうな声でそう言った。


「あらあら、紗理奈さんったら」


「だ、だって、お姉様とはずっと一緒にいたいんだもの」


 照れ照れとした様子で、紗理奈は恥ずかしそうに身体をくゆらせた。


「そう言ってもらえるのは嬉しいんですけど……困っちゃいますね」


 紗理奈は昔から鳳香に憧れていた。


 その気持ちは憧憬よりも恋に近いのかもしれなかった。


 鳳香が守人四十七士になる前から、何かあるごとになついてきたりしていた。傍にいると安心できるからというのがその理由らしいが、態度や言動で好きだとしょっちゅうアピールしている。


「お姉様といられるこの幸せ……」


 紗理奈は目を潤ませて鳳香をじっと見つめた。


「好きにやってくれ」


 真希はあきれ顔を作って、一人でフェンスの側まで行って、眼下に広がる校庭を見下ろした。


 爆風でできたクレーターや機体の残骸が転がっていたり、校舎の一部が盛大に崩れていたりと復旧に時間がかかりそうだ。


「もっと一緒にいたいんですよ~」


「できたら、それでもいいんですけど……」


 鳳香も満更でもない態度を取っている。妹のような存在とでも思っているのか、慕われていて悪い気がしないかのどちらかなのだろう。


「この様子だと一ヶ月以上かかりそう……」


 真希はそんな二人を無視することにして、とある思いにふけった。


 二日前に対決したあのロメルス乗りは死を自ら望んで受け入れている節があった。


 なぜそういった感情を抱けるのかが、真希には理解不能だった。虚ろの民が言うところの『悟りの境地』とは違う何かであるだけに、いくら考えを巡らせてみても、その答えを出す事ができなかった。


「ねえ、鳳香」


 まだ後ろにいて、紗理奈とじゃれあっている鳳香に訊ねた。


「何?」


「クーデター軍って何が目的なのかな? 分かる?」


「ええと……さっぱり」


「わ、私も……わ、分かりません!」


 間を置いて鳳香と紗理奈が申し訳なさそうな声でそう答えた。


「ボクが倒したあの男はここで死ぬと分かってたんだよ。変な話だよね、負けると分かってるのに最善を尽くすなんて」


「それは復讐のためですわ」


 鳳香でも、紗理奈でもない第三者が答えた。


「……え?」


 誰かと思い、声がした方をパッと顧みると、松葉杖をついている黒金夏美が屋上の出入り口のところに立っていた。


「その昔、首謀者の新高山博士は日本政府主導で行われていた某国の開発事業でリーダーとして活躍していたんですの。ですが、その国でクーデターが起き、新高山博士は捕虜となった末、日本政府に見捨てられたんですわ。その後、死亡したと思われていたんですけど、ある日ひょっこりと帰国し、ロメルス開発に着手したんですの」


 夏美はすべてを知っているといった態度であった。


「正解です」


 そんな夏美の後ろに一人の少女が現れた。夏美よりも若干幼さを残した顔立ちながらも、態度はしっかりとしていた。


「そして、ロメルスを世に送り出すと同時に浮遊要塞をも作りだし、クーデターを起こしたという経緯がありますの」


 夏美はチラッと後ろを見て、少女の存在を確認し、同意を求めるような素振りを見せた。


「私が知っているのはそこまでですが、詳しい事は内緒です」


 と、表情を変えずにさらっと言った。


「その方はどなたです?」


 鳳香が気になったらしく、そう訊ねると、


「申し遅れました。私はクーデター軍の参謀……らしいですが、春日井さくらと申します。以後、お見知りおきを」


 そう言って、さくらは律儀に深々と頭を下げた。


「……」


 真希と鳳香はさくらが敵意をむき出しにしていないのを感じ取り、礼儀正しく一礼した。


「お、お姉様! て、敵ですよ!」


 紗理奈だけは、こういった場面に慣れてはいないのか取り乱していたが、


「今戦う気はないようですよ。警戒する必要はありません」


 と、鳳香にたしなめられ、すぐにいつもの紗理奈に戻った。


「で、なぜクーデター軍の参謀さんがここに?」


 真希が何の気なしに言うと、さくらと夏美が同じタイミングで苦笑した。


「元々ここの中等部の生徒でしたから」


「補足すると、私の従姉妹ですわ。できの悪い人ですけど」


 真希達はなんとコメントしていいのか迷い、口ごもった。


「先ほどの話ですが、私が補足させていただくと、量産型ロメルスが撃破された事で私達の勝利はなくなりました。ですが、戦い続けます。戦場には私たちの死地がありますから」


 さくらは屈託のない笑みを浮かべ、あっさりと言ってのけた。


「死ぬことを厭わないのですか?」


 と、鳳香がしっくりとしない顔をして訊ねた。


「私の身体は病気でボロボロです。余命一ヶ月あるかないか程度です。ですから、死に対する恐怖はありません」


「……本当ですか?」


「どうでしょう?」


 曖昧な返答に鳳香はさらに疑問の念を抱いた。


「病院で死を迎えるほど、私は人生を諦めていません。それが答えです」


 その答えを聞いて、鳳香はさくらが心正しき者だということを理解し、これ以上何も問う気が起きなくなった。


「あ、そうですわ」


 夏美がポンと手を打って、何かをひらめいたようだった。


「今日、休校になったことが伝えられていなかったそうで、お昼ご飯が納品されたそうですの。それを皆さんで食べませんか? もしよろしかったら、業者の方々にここまで運んでいただきますわ」


 その提案に対して、誰も反対はしなかった。






 ビニールシートを屋上の床に敷いて、真希達は納品されたという昼食を並べて、談笑を始めていた。並べられている昼食は、パンやおにぎりなど購買で売っている物が主で、それほど高価な物は何もなかった。


 鳳香と紗理奈は寄り添うように座り、さくらは皆と距離を置くようにちょこんと腰掛け、真希と夏美は離れて座ってはいるが態度がぎこちない。


「なぜクーデター軍に?」


 鳳香が横目でチラリとさくらを見て、そう質問した。


「スカウトです。この世の中が嘘であって欲しい、この世の中がなくなってしまえばいい、そう考えていた優秀な人達を集めたんです」


「あなたもそうなの? ですが、基準でもあったのですか?」


「私が生きていた記憶が欲しいだけです。次の質問ですが、基準は……よく知りません。新高山博士は何を考えているのか分からない人ですから、調査する機械でも作っちゃったんじゃないですか」


 志に惹かれた訳ではないようだった。リーダーと言われている新高山博士に敬意を払う様子さえなかった。


「……記憶というと?」


 鳳香はさくらに興味があるのか矢継ぎ早に訊ねていく。さくらの方は嫌な顔をせずに素直に答えている。


「このまま死んだとしても、誰も私の事覚えてないと思いますから。こんな事件に参加していれば、必ず誰かが覚えてくれると思うんです」


「そのために誰かが死んでも? 殺す事も目的のためには仕方がないというの?」


 さくらは思案顔になって、しばし沈黙した後、


「それが戦争というものですから。危機管理がなっていなかったのが原因ですし、それに軍しか相手にしていません」


「それでも一般の方に被害を出していますよ、それも想定範囲内?」


「はい」


 そう返してから、さくらは表情を崩し、


「……でも、何がやりたかったんでしょうね。私にはもう分かりません。ただお祭りをしたかっただけなのかもしれません。リーダーの新高山博士も、新兵器開発にばかり没頭していて、何をしてるのか忘れてしまっているのかもしれませんね」


 と、本音を口にした。


「それでも戦うの?」


「ええ、中途半端はいけません。それに、私が止めようと言っても、誰も聞いてはくれませんから。休戦協定が破った時……つまり、次の戦いですね。それで勝敗が決しますから安心してください」


「でしたら、私たちが勝たせていただきます」


 さくらと鳳香は、深い意味を込めた笑顔を作って、静かに頷き合った。


「……」


 その二人が話をしている間、紗理奈は会話のただただ鳳香に身体を預けていた。幸せそうな表情をしていて、一緒にいられるだけで満足そうだ。


「あなたには羞恥心というものはないんですの?」


 短いスカートをはいているのに胡座をかいて座っている真希だが、白い下着がどうしても見えてしまっている。それを夏美が注意しいているのだが、元々こういった性格なだけにのれんに腕押しといった感じだ。


「ボクは気にしてないから」


 真希はそう言って、おにぎりにかぶりつく。海苔やご飯が口元にくっついても全く気にすることなく、おにぎりを平らげた。


「お行儀が悪いですわ、口の周りにご飯などがついてますわ」


 甲斐甲斐しくそのご飯を指で取ってやり、口に運んだ。


「気にする事なのかな?」


 それが悪いことなのか分からないといった、あっけらかんとした表情をして、おにぎりをまた一つ食べ始める。


「豪快すぎますわ。男っぽ過ぎますの」


「ほめ言葉? もぐもぐ……」


「ち、違いますわ」


 真希は大口を開けて、おにぎりにかぶりついた。食べ方が悪いのか、また海苔だとかご飯だとかが口の周りにつく。


「学習能力のない人ですわ。程度がしれますわ」


 夏美はそう言いながらも、頬を赤らめて、ついているご飯などをまた取ってやった。


「うるさいなぁ」


 真希はがらにもなく恥ずかしそうに耳を赤くした。


「あなたが悪いんですのよ? 分かって? 行儀が悪すぎますの」


「礼儀作法なんてどうでもいいよ」


「良くはありませんわ。レディーとして最低限の事くらいできなくてはいけませんの」


「必要ないって」


「私の友人として最低の礼儀くらいはなくてはいけませんわ」


「……むぅ」


 真希はすねたような表情をしたまま、またおにぎりに手をつけた。


「親の教育がなってませんわ。だから、こんなにがさつに……」


「親ねえ……」


 真希は深いため息をついて、話がちょうど終わった鳳香に視線を送った。


「っ……」


 鳳香は真希の視線を感じて、苦笑した。


「いるような、いないような……ねえ、紗理奈?」


 真希が横目で紗理奈を見ると、


「いないような、いるような、そんな存在ですよ。ね、お姉様」


 紗理奈は鳳香にさらに身体を預け、甘えるような声を出しながら言った。


「私達は生まれて間もない頃に親から離されて、魔力の属性によって育ての親が決まるんです。だから、誰が親であるとか知らないんですよ」


 悲壮感を漂わせることなく、淡々とした口調で鳳香がそう説明すると、黙って聞いていたさくらと夏美の顔色に変化が見られた。


「ボク達は裏の世界の住人だからね。まともな生活なんてできるもんじゃないんだよ」


 後ろめたさや陰りなど一切ない屈託のない笑みを真希は浮かべた。


「私達は忍びみたいなものなんですよ~。影で生きていますからね」


 紗理奈が喜々としてそう言った。影の存在であることをまるで幸せだと感いているようなそんな表情さえ垣間見せた。


「それでいいの?」


 夏美がさらに突っ込むと、


「そういう生き方もありだよ」


「これが私の使命ですから」


「こういう生き方、格好いいですよね~」


 三人は前向きな答えをそれぞれ口にした。


「己の信念を貫く。それはとても尊きことです。あなた方がその信念、しかと承りました」


 さくらはそう言って立ち上がった。


「そろそろ時間です。私はこれにて失礼しますが、次会う時は戦場……げふ、げふっ!」


 咳き込むや否や、さくらは口から血を吐き出した。顔色が悪くなり、目から輝きが失われていく。


「……必要ありません」


 鳳香が立ち上がろうとするのを手で制し、唇の周りについた血を手で拭い、弱々しげな笑みを向けた。


「では、失礼します」


 皆が見つめる中、さくらは屋上にあったフェンスが壊れてなくなっている方へとゆっくりと向かっていく。


「鳳香さんと言いましたか?」


 何かを思い出したように、その足を止めた。


「……私ですか?」


 突然の事に、鳳香はすぐに反応できなかった。


「お願いするかもしれません。その時は……」


 何かを言いかけるが、すぐに口を閉ざすなり駆け出し、フェンスのない場所から飛び降りた。そのタイミングに合わせるように、一機のロメルスが地面すれすれの状態で校庭の中はと侵入してきて、さくらの事を手の平で受け止めた。


「さあ、戦場へ。数日中にあなた方を招待しますよ」


 さくらは優雅に微笑み、軽く手を振った。


「望むところだよ」


 真希はすぐに反応し、鳳香は静かに首を縦に振った。


「私達が向かうべきは墓場ですから。ここで別れても、あの世とやらでいつか再会できるかもしれませんね」


 ロメルスが空へと飛び立つと同時にさくらはそう叫んだが、機体の駆動音にその言葉かき消された。




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