猫の猫カフェ(猫短10)

NEO

路地裏

 ある街の路地。そこにその店はあります。

 店名はありません。よくある雑居ビルの三階。そのフロアの一角に、空白の看板が出た店があります。そこが、そのお店。知る人ぞ知る猫カフェです。

 扉を開けると、茶トラ猫が出迎えてくれます。彼が、この店のオーナー。名前はありません。いつも目を細めてニコニコ笑顔です。

 彼は無口なので何も喋りません。ついでに言うと、料金も取りません。

 初めてのお客さんはここで困惑してしまうようですが、この店は全てがセルフサービスのため、お客さんから料金は頂けないという、オーナーの考えによるものです。

 さぁ、履き物を脱いで店内に入ってみましょう。

 さほど広くない店内には、全部で九匹の猫が好き勝手にウロウロしています。

 半端な数ですが、オーナーが猫ですので全部で十という考えのようです。

 少ないかもしれませんが、これが維持できる限界なのです。

 あとはソファに座ってくつろぐもよし、無料のドリンクコーナーから飲み物を持ってきて飲むもよし、ご自由にどうぞ。

 気まぐれな猫が、ちょっかいを出しにくるかもしれませんし、誰にも相手にされないかもしれません。全ては猫次第となっています。


 猫カフェの「従業員」のお世話はオーナー猫の仕事です。

 ご飯やトイレの掃除はもちろん、体調管理も当然の事。あまり調子が良くない子は、奥の休憩室で休ませます。

 たまに、オーナー自身が調子を崩す時がありますが、そのような時は躊躇なく店を閉めてしまいます。

 このため、常連さんの間では「幻のカフェ」とも言われているとか。

 この気まぐれさも猫がオーナーたる所以なのですが、それでもお客さんが離れないのは、きっとオーナー猫の笑顔にやられたのでしょう……。

 気まぐれ営業でも、料金収入があるわけではないので、大差はありません。

 しかし、このカフェは一体どこから収入を得ているのでしょう?

 オーナー猫に聞いても笑顔しか返ってきません。猫の謎です。


 猫カフェの中は平和です。

 キャットタワーやらキャットウォークなどといった定番のものも装備され、ゆったりとした時間が流れています。

 ああ、店内には時計がないので注意して下さいね。

 時間を気にせずゆっくりとという、オーナー猫の心遣いなのですが、これが裏目に出て次の予定に遅れる人が続出しています。

 例え終電に乗り遅れても、オーナー猫は人間の面倒までは見てくれませんので……。

 おや、お客さんが来たようです。


「へぇ、こんなところに」

「穴場よ」

 二十代後半の女性二人組といったところでしょうか。

 いつも通り、オーナー猫が出迎えました。

「よっ!!」

 どうも通い慣れているようです。一人がオーナー猫に手を上げました。

 いつも通り、オーナー猫は笑顔で迎えました。

「はい、靴はそこの下駄箱ね。ここ全部セルフだから」

「分かった。で、料金は?」

 待ってましたとばかりに、常連の女性が言いました。

「無料、ついでにフリードリンク!!」

「はい?」

 どこの世界に、そんな気前のいい店があるでしょうか。

「さらにいうと、この子がオーナー」

「えええええ!?」

 それはビックリでしょう。猫がオーナーの猫カフェなど、そうそうありません。

「……大声厳禁」

 喋りました。オーナー猫!!

「ほら、怒られた。猫は音に敏感だから、デッカイ声出しちゃダメ!!」

「ご、ごめんなさい。ってか、猫が普通に喋っている段階で、おかしいって思わなかったの?」

 ご新規女性が常連女性に言いました。

 確かに、そうかもしれません。

「ん、そうだねぇ。それもそうか」

 さすが常連女性。このくらいじゃ驚きません。

「うーん、色々変わった店ね。面白いけど……」

「さっ、ほら。中に行きましょう」

「う、うん」

 扉を開けて入ると、中は相変わらずのマッタリ空気です。

「あっ、中は普通だ……」

「なに、異世界にでも通じていると思っていたの?」

 ご新規女性のつぶやきに、常連女性が小声で笑った。

「いや、そうじゃないけど……。あれ、オーナー……さん?」

 女性の足下には、オーナー猫がいました。

「あれ、珍しい。オーナーがお客さんに興味を示すなんて」

 常連女性がちょっと驚いたようにいいました。

 実際、オーナー猫がお客さんのところにくるのは希でした。

「その辺のソファに座ってみ。なんか喋るかもよ」

 二人は適当なソファに腰を下ろしました。

 すると、オーナー猫は、新規女性の膝の上に乗りました。

「よう、どうした。珍しいじゃん」

 常連女性がオーナー猫に声を掛けました。

「……気まぐれ。暇」

「あはは、気まぐれって自分で言ってるよ」

 常連女性が小さく笑いました。

「……二人とも。悩んでる。多分、恋愛」

 オーナー猫は大きくアクビをしました。

「えっ?」

「えっ?」

 女性二人は異口同音に同じ声を上げました。

「ちょ、なんで……」

「うそ……」

 思い切り動揺する二人を、オーナー猫は目を細めて見回しました。

「……ここ、悩み抱えた人多い。たくさん見てきたから、大体分かる」

 オーナー猫の言葉にご新規さんはもちろん、常連さんですら唖然としてしまった。

「あ、侮れん……」

「本当に猫ですか?」

 その二人には構わず、オーナー猫は喉をゴロゴロ言わせるだけでした。


 結局、その日のお客さんは女性二人だけでした。

 オーナー猫が構ったせいか、「従業員」たちの寄りつきもよく、ご満悦の二人でしたが気がつけば夜もそこそこの時間になっていました。

「あっ、買い物忘れていたね」

 常連女性が言いました。

「そうだね、忘れていたわ」

 実は買い物がてらにちょっと寄るつもりだったのだったのですが、すっかり優先順位がひっくりかえってしまいました。

「……ペンギンマークのあの店なら、開いてる」

「あはは、アリガト」

 サービスのつもりでしたが、今回は外したオーナー猫でした。

 ガリガリとトイレ掃除に戻りました。

「そういえば、ずっと気になっていたんですけど、ご飯とかどうやって仕入れているんですか?」

 新規女性が聞きました。

「……企業秘密」

 出ました。企業秘密。この最強呪文の前には、笑って返すしかありません。

「それじゃ、お邪魔しました!!」

「ご馳走さまでした」

 二人がソファから立ち上がろうとした時、再びオーナーが新規女性の膝の上に乗りました。

「えっ?」

「……聞いた。職場の同僚。慎重に。間違えると、会社にいられなくなる。君たち、二人とも」

 女性が二人揃ってソファからずり落ちた。

「あ、あんた、どっから……」

「さ、さすが、猫の耳……」

 二人とも苦笑するしかありませんでした。

「こうなったら、お悩み聞いて貰っちゃおうっかな」

 やれやれと、常連女性が言いました。

「……気まぐれ。いいよ。聞くだけなら」


 ある街の猫の猫カフェ。

 見つけたら是非立ち寄ってみて下さい。

 気まぐれなオーナー猫が、相手をしてくれるかもしれません。

 もっとも、不定休なので、開いているか分かりませんが。

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