弱くても泣きあえれば




「先輩、もう少し手加減してくれてもよかったのでは?まだ痛いです。」


保健室でさっき貰ったシップを左の頬に張り付けながら、優しそうな雰囲気を纏った美少年が少しむすっとした表情で私に文句を言ってくる。


「いや、君があんなこと言うから私もはたいたんじゃない。」


私がそう反論すると、美少年は「まあそうですけど……」と小さな声で言う。

彼は、私の一番頼れる後輩で、ついさっきから私の彼氏になった梅田うめだ大翔ひろと

大翔は、いつも優しい。

でも、結構言いたいときはさばさば言ってくるので、私は大翔のことを信頼している。

そんな大翔は今、何やら真剣な顔で考え込んでいる最中。


「あ……」


大翔は声を漏らすと、スマホをポケットから取り出す。


「ちょっと待っててください。」


そして大翔はそう言うが早いが、廊下の角を曲がってしまった。

どうしたんだろう……っていうか、スマホ持ってたの知らなかったな。

何で教えてくれなかったんだろ……あ、もしかして私もスマホ持ってるの知らなかったのかな。

そうか……私学校でスマホほとんど使わないし、知らなかったのも無理ないか。

そんなことを考えていると、首の後ろに冷たいものを感じる。


「ふひゃ!!」


慌てて後ろを振り向くと、大翔がいい笑顔でこちらを見ていた。恐らくその右手に持っている缶のアイスコーヒーを押し付けてきたんだろう。

左手には今日も紙パックのコーヒー牛乳を持っている。

……あれ?さっきも飲んでたような…

ま、いいか。


「あのさ、気配消してそう言うのしないでほしいって前も言ったよね。」


私が少し厳しく言うと、大翔は笑いながら「すみません。つい。」と言った後、右手の缶を差し出してくる。


「これで許してください。」

「まあ、くれるなら貰うけど…これそもそも私にくれるつもりで買ってきてくれたんじゃないの?」

「ま、いいじゃないですか。どっちでも。先輩はコーヒーをもらえるんですから。」


そう言って大翔は紙パックにストローを差し込むと、口をつけて飲み始める。

それを見て私もコーヒーのプルタブをあけて、コーヒーを飲む。

……今思ったけど、立ったままって行儀悪い気がする。

大翔もそう思ったのか、「生徒会室に行きましょう。」と言ってきたので、私もうなずいておく。

少しひんやりとした廊下をしばらく歩くと、生徒会室と書かれた部屋にたどり着いた。

大翔は扉を開け、私を先に入れてくれる。


生徒会室は陽が差し込むので、廊下に比べて気温が高かった。

大翔は近くの椅子に腰かけると、コーヒー牛乳を飲む。

私は、ちょうどその正面にあった椅子に座る。

暫くは、私と大翔がそれぞれコーヒーとコーヒー牛乳を飲む音だけだったが、不意に大翔が飲むのをやめて口を開いた。


「先輩。どうするんですか?高橋先輩のこと。」


ああ、やっぱり聞いてきた。

高橋は私の女友達の一人で、私の中で信頼できる人ランキングで二位の人物だ。一位はもちろん大翔。

どうする?とは、やはり高橋が転校することについてだろう。

私は高橋に「私、転校するの」と聞かされた時に、弱いところを見せたくないという考えから、泣くこともせずに「そう…さみしくなるね」って言い、傷つけてしまった。

今ならわかる。きっと高橋は、私と一緒に泣きあいたかったのだろう。でも私はそんなことも分からずにそっけない態度をとってしまった。


「謝るよ。ごめんって。そして、二人で泣きあいたい。」


私はそう大翔に言う。

これが今の私の本心。でも、まだ弱いところを見せたら、頼られなくなるんじゃないか不安なところがある。

大翔はそんな私の心などお見通しなのか、私の手を取って、ぎゅっと握ってくれた。


「大丈夫ですよ。弱いところを見せても。」


大翔は私の目を見ながらそう言ってくれる。

私がそんな彼にありがとうと言おうと口を開いたとき、生徒会室の扉が小さな音を立てて開いた。


「あ。」


思わずそう声が出る。

なぜなら、その扉からは高橋が入ってきたからだ。その視線は下を向いていて、いつものパワフルさがない。

きっと私のせいなのだろう。

私があんな冷たい、無関心なような態度をとったから。

だから、私は言わなければいけない。

彼女に、一言。


「「ごめん!」」


私の声に重なるように、高橋の声が聞こえる。


え?


私はハッとして顔を上げた。

高橋の顔からは、 とても手では止めきれないほどの涙が滴り落ちている。


「ごめん!私、知ってたのに!すみれが人前で泣くのとか苦手だって知ってたのに!あんな態度とって、ごめん!ごめん!」


しっかりと私のことを考えてくれているその姿を見て、私は考えるより先に体が動いていた。

俯く高橋に私は抱きつく。


「え?」

「こっちこそごめん!!私、頼るのが、怖くて!でも、それが、気がつかないうちに!傷つけてて、私!ごめん!ほんと、ごめん!!」


気がつくと、私の目からは止めどなく涙が溢れていた。

その雫を止めるものはなく、高橋の肩に染みを作る。


私たちは、二人の涙が収まるまでそうした後、時間が遅くなりすぎて先生に怒られるまでずっと話をした。



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