第35話
「林道の間に、どれほどの手勢が潜んでいるかわからぬところで、私と晴信様の二人を走らせるつもりか。進むならば、皆で行く」
信成がニヤリとして構えなおした。
「ならば早々に追い払うとしよう」
晴信を囲み、克頼、信成、隼人、義孝が円を作る。中心の晴信は手を出せぬ自分に苛立った。晴信が手を出したとなれば、それを先代の非道と結び付けられ、人々の鬱憤を煽られる可能性がある。それは大きな内紛を引き起こす火種として、この国を欲している者の好餌となるだろう。頼継から厳しく、手出しをしてはならないと言われている。その場はなるほどと承知をしたが、実際の場では心がざわつく。
「こらえてください」
晴信の様子に気付いた克頼が、強く言った。
「俺らの力、信用しろって。茶を飲みながらノンビリしていても、いいぐらいのモンだぜ」
隼人が軽口を叩いた。
「俺一人でも、十分なぐらいの相手よ!」
太い声で義孝が叫ぶと、雄々しい体つきと自信に溢れた顔つきに、敵がひるんだ。
「自分の力量に胡坐を掻いていると、足元をすくわれかねんぞ」
信成が義孝をからかった。
頼もしい彼らのやり取りに、晴信は厳しい顔で微笑んだ。
「まかせた」
その一言に、彼らは満足げな決意を漲らせ、口々に短く応えた。馬が騒ぎから逃れるように、道の端に固まっている。敵はみな、猟師のような格好をしていた。誰かが打たれては次の者が飛び出してくるという形で、晴信らの手が休まぬよう迫ってくる。
精鋭をそろえてきたこちらのほうが有利に見えるが、数でこられては疲労という名の、身の内から起こる手ごわい敵が出現し、じわじわと悩まされる事になる。晴信は目を配り、どうにか切り抜ける案は無いかと、めまぐるしく頭を動かした。
敵は馬に積まれている荷物に手を伸ばそうとはしない。あきらかに晴信らを狙ってきている。襲われるとしたら、里に差しかかる道幅の狭くなったこの場所だろうと、栄から事前に言われていた。警戒はしていたはずなのに、これほど多くの者が潜んでいた事を察知できなかったとは。
人を斬るなと言った命は、酷だったろうか。
斬れば必ず数が減る。打ち据えられ気絶した者もあるが、堪えて後方に下がった者は、礫を投げてきた。たいした攻撃ではないが、鬱陶しい。斬ってもかまわないと号令すれば、その攻撃だけでも防げるのではないか。
晴信は自分の思いを揺らがせた。
このままでは、自分を守る彼らの身が、取り返しのつかない事になるのではないか。
暗く冷たい汗が、晴信の心臓に滲んだ。歯を食いしばった晴信が口を開き、音を発しようとした、その時。
「控えよ!」
木々を震わせるほどの凛とした声が響いた。
誰もが声に目を向ける。
「私を村杉の里長、為則の娘と知っての事か」
人を従える事に慣れている声だった。手を止めた敵方に迷いが走る。
「人質としての務めを果たしての帰還である。控えよ。……安治、私の顔を忘れたのか」
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