第33話
隼人が人質という名の奴隷として扱われていた事を、一行の誰もが知っていた。その彼が笑顔を振りまき晴信のために働いている姿は、新しい時代が来たと彼らに思わせるに十分だった。
その効果も見越しての作戦だったのかと、晴信は感心をして克頼を見た。克頼は旅に出てから憮然とした顔のままで、笑みを浮かべたりはしなかった。
「克頼も緊張をしているのか」
眠る前、ひそやかに先行させている者らの報告を受け、村杉の里や紀和の動きを確認し終えてから、晴信はなんとなく口にした。この座にいるのは、目的の全容を知る晴信、克頼、隼人のみだった。
「へぇ? 一応、アンタも人の子だったんだな」
からかいの笑みを浮かべた隼人を、克頼がにらむ。
「おっかねぇ」
おどけてみせた隼人に、克頼は深い息を吐いた。
「どうしたんだ、克頼」
晴信が案じ顔で問えば、克頼はもう一度ため息を吐き、眉間にしわを寄せた。
「隼人の事を、どうなさるおつもりですか」
何を言われているのか、晴信にはわからなかった。
「なれなれしすぎる態度を許せば、今後に響くのではと申し上げているのです」
「親しみのあるお館様だなぁって思われたら、いいじゃねぇか」
「貴様は黙っていろ」
鋭く言われ、隼人は肩をすくめた。
「軽んじられては、後々のさわりになりましょう」
克頼の目が「どうお考えか」と告げている。それを受け止め、晴信は軽く唸って頬を掻いた。
「俺は、隼人の態度が問題だとは思わない」
克頼が静かな驚きに目を開き、隼人は得意げに背を伸ばした。
「父上は民との距離を開きすぎた。国主と民と言っても、人と人だ。相手がどんな人間か。親しみを持てる相手か。民はそれを探っているはずだ。隼人が俺に親しくする姿を見て、民はどう思うだろう。父上の非道に怯えていた民は、その子である俺も同じなのではないかと不安なんだ。そんな中、人質だった隼人が俺に親しくすれば、警戒をゆるめるきっかけになるのではないかと思う。もちろん、隼人が何かの理由で、そういう演技をしていると思う者もあるだろうが」
晴信の心を見つめるように、克頼は彼の瞳に強い視線を向けていた。心中の全てを目に浮かべ、晴信は柔和に微笑む。
「俺は、隼人のおかげで民との距離を埋めていけると信じている。軽んじられるかどうかは、これからどう国を治めていくかで変わるだろう。――だから」
言葉を切った晴信は、深く頭を下げた。
「俺が軽んじられるのではないかと案じるのなら、そうならないための国政を行うために、力を貸してほしい」
「晴信様」
克頼の声が揺れる。隼人はガッシと克頼の肩に腕を回し、力強い笑みを浮かべた。
「おう。任せとけ」
ほらお前もと促され、克頼は迷惑そうな顔を隼人に向けてから、手を着いた。
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