case 6
駅まで続く商店街のシャッターは例外なく下ろされている。それはこの街がさびれたからというわけではけしてない。単純に閉店時間をとっくに迎えているのである。お店で働く方々はもう布団の中でぐっすり夢の中かもしれない。
時刻は0時前。
駅まで走りなんとか終電に飛び乗り安堵する男が1人。彼の名前は清水直樹。これから私が好きになってしまう人だ。
え?私は誰って?もうすぐ出てくるからちょっと待ってて。
最終電車に飛び乗ったはいいが、席は空いておらず吊革に身を委ねることになった。直樹の最寄りの駅までは約30分。立ったままでは少し辛い距離だ。
1つ隣の駅に着くと近くに座っていた方が降りていったのでそこに座ることができた。
睡魔と戦いながら乗り越すまいと必死に意識を保つ。そうしていると隣の人が肩にもたれ掛かってきた。その女性はどうやら寝ている様子で、起こすのも悪いのでしばらくそのままにしておくことにした。
驚くことにこの女性は寝たフリをしているのであった。私、安藤雫はこの時、隣に座った爽やかな青年に寝たフリをしてくっついたのであった。
だって最近仕事忙しいし、遊ぶ暇ないし、彼氏全然できないし、寂しいし、一肌恋しかったんです…ちょっとした出来心だったんです。スーツ越しに伝わる彼の体温が温かく、心地よく、私は・・・・熟睡してしまいました…
隣の人にもたれ掛かられ20分。そろそろ最寄りの駅が近づいてきていた。
まずいな…この子めっちゃ気持ち良さそうに寝てるよ…これは起こせないよな…
幸いにも終着駅は最寄りからそれほど離れておらずタクシーを使っても安いものだ。まぁたまにはこういうのも悪くないか。
俺は大学の時に当時付き合っていた彼女と電車で遠くに出掛けたときのことを思い出していた。あの時もこんな風に遠慮なく体重かけられて、ヨダレまで垂らされてたなぁ。背格好もちょっと似てるんだよなぁこの子。
いつの間にか昔の彼女と重ねてしまい終点まで付き合うことを決めた俺は記憶を辿る旅に出発した。
終点への到着を知らせるアナウンスが流れる。そのアナウンスで旅から戻り我に返る。
彼女に声をかけることにした。
「あの、終点ですよ。起きて。」
彼女の膝のあたりにあった手を軽く叩くと身体をゆっくりと俺から離す。
俺と彼女を繋ぐのは赤い糸ではなく、ヨダレだった。
寝ぼけ眼の彼女がソレに気付きあわててハンカチで俺のスーツについた染みを拭こうとする。
「ごごごごめんなさい!」
顔を真っ赤にして謝る彼女がとても可愛く思えた。
それとは別に思い出の1ページと重なる彼女に笑いがこみ上げてきた。
数秒後、堪えきれず爆笑してしまう。
やっと爆笑がおさまるが、キョトンとした彼女の顔にまた笑いが込み上げてくるのを押し殺す。
「こっちこそごめんね。色々思い出しちゃってさ。」
「ドン引きされると思ってたら爆笑されたんでビックリしました。良ければその話、聞かせてもらえませんか?」
恥ずかしそうに話を切り出す彼女はやはり可愛く思えた。
チラリと時計を見る。終電はもちろんない時間だ。幸いにも俺の帰りを待つ家族はいない。久しぶりに大笑いして気分もいい。そこに好みの女の子が少し話そうと声をかけてくれている。これを断る理由がどこにあろうか。いや、ない!
「ちょっとお酒に付き合わない?」
折角なら飲み直したい気分だ。
「行く!あ、行きます。」
変に気を使うところもまた可愛く見えた。これはもう惚れちゃったな俺。
「まぁそのまえにーちょっとじっとしてて。」
俺もハンカチを取り出して彼女の口元についていた運命の透明な糸の名残を拭き取る。
彼女の顔が更に赤くなった。
「すみません…ありがとうございます。」
「んじゃどこ行こうか?」
私の名前は清水雫。
あの日は、本当に顔から火が出るんじゃないかと思ったけどとても楽しかったなぁ。それともう1つ。今、私はとても幸せです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます