記憶を戻さないで
期待の新筐体
第1話 夢から醒めて
「お前は逃げろ」
「××さんは!?××さんも早くっ!」
そう言って、彼は笑っていた。落ち着いて、私の方を向いて、笑っていた。
「××さんっ!!」
ガラガラガラっ・・・。
天井は崩れて地面はひび割れていく。このままでは、私は助からない。
「うわっ、きゃっ!」
上から下へと急いで降りながら、滅び行く塔から私は逃げる。走って走って走って逃げる。
「はぁはぁはぁ・・・」
どうやら脱出できたみたいだ。後ろを振り向くと、すでに塔は原型をとどめていない。
「助かった、かな・・・」
「・・・あれ?」
いない。誰も、いない。私しか、いなかった。
「・・・!!じゃ、じゃあ、××さんはまだあの中に・・・!?さ、探さないと・・・」
瓦礫の中からでも引っ張り出そうと急いで塔へと戻ろうとする。しかし、そんな私の意思は大きな爆発音とともにかき消された。
「うわっ!」
突如起きた塔全体に及ぶ大爆発。塔内部にいた人間が、助かる訳がない。
「そんな、あの中には、まだ、あの人が━」
* * *
・・・夢。
私、何から逃げていたんだろう。
私、誰の名を呼んでいたんだろう。
あなたは一体、誰・・・?
まだ外は真っ暗だ。でも、もう人の気配がする。みんな、起きているのかな。
「うぅん・・・」
まだ完全に起きていない体を無理やり動かして人を探す。ガラガラと扉を開けると台所で料理を作っている人がいる。
「あ、
「お、みくる起きたねぇ!お早うさん!どうだ、昨日はよく眠れたか?」
「はい、おかげさまで・・・。朝、お早いですね・・・」
「何言ってんのさ、これが普通だよ!さて、朝食を作ってやってから、みくるは川で顔洗って目覚ましてきなさい!」
「はい、わかりました・・・」
玄関へ向かい外へ出る。
「・・・さむ」
ぶるるっ、と身震いが起こる。まだ朝も朝。気温もだいぶ涼しい。小鳥たちが鳴く声がする。彼らも相当早起きだ。川の流れる音が近づいてくる。透明できれいな川だ。
「ちべたっ・・・!」
未明の川の水。ねむねむな体にとってはかなり刺激的だ。一瞬で目が覚めてしまう。
「早く戻ろう・・・」
まだ私の体は朝の寒さに慣れていない。
「ただいま戻りました・・・」
「おう、おかえりなさい、みくる!ごはんできてるよ!」
「ありがとうございます・・・」
囲炉裏で作った味噌汁をお椀に注いでくれる。ごはんは玄米で、山菜の和え物が少し。質素だけれど、朝にはこれくらいでちょうどいい。
「アタイ特製の味噌汁だ。お代わりしてもらって構わないよ」
「いただきます・・・」
ずずずと味噌汁を飲む。出来立ての味噌汁は冷えた体全身にかけまわり、私を温める。
「はぁ~、おいしいです~」
ほっこりした気分になる。味噌汁こそ家庭の味だ。
「そう言ってもらえると嬉しいねぇ!作った甲斐があるってもんだ!でもね、昼からはみくるも手伝うんだよ?働かざるもの食うべからずってやつだ」
「はい、分かっています・・・。でも私、まだまだ分からないことが多くて・・・。ご教授お願いできますか?」
「勿論だ!みくるにはいろいろ教えてあげるから安心しな!」
「はい・・・」
* * *
「よし、それじゃあまずは山に入ろう!この時期はキノコや山菜がたくさん取れるからね」
「はい!」
ここは周りを山々で囲まれている。360度、山ばっかり・・・。
「あの、動物とかも当然住んでいるんですよね?」
「勿論だよ!鹿や猪やらね」
「イノシシ!?」
「そ、知らない?何かごつくてねぇ・・・」
「いや、存在自体は知っていますけど、その、遭遇したり、しませんよね・・・?」
「そうだねぇ、運が良かったら会えるかもよ」
「運が良かったら!?」
悪かったらじゃなくて?
「だってもし会えたら今日はご馳走だからね!あいつ結構上手くてね」
「そ、そうなんですか・・・」
世界が違う・・・。
「ま、滅多なことじゃいないからさ、大丈夫だって!」
「なら良いですけど・・・」
すごいところに住んでるなぁ・・・。
「こいつは毒キノコだ、で、これは食える」
キノコといっても種類がたくさんある。もちろん毒のも。一口で死んじゃうっていうのもあるらしいから十分注意しないと・・・。
「きちんと覚えるんだよ!アタイがいなくても分かるようにならなきゃ!」
「はい!」
とはいったものの・・・、食べられそうなものが毒で、危なそうなのが大丈夫で・・・、意外と難しいな・・・。キノコ探しを頑張っていると、遠くにちょっとおいしそうなキノコが。
「日照雨さん!これはどうですか?」
「・・・ん?これは・・・!」
「あ、食べられませんか?」
「良く見つけたねぇ!みくる!こいつは松茸だよ!」
「え、マツタケ!?これが・・・」
良く考えてみれば、私マツタケって見たことなかったな・・・。
「やるねぇ、こんなおっきいのを見つけるなんて!みくる、持ってるねぇ」
「そうですか・・・?えへへ・・・」
「と、いうわけでこれはアタイがもらっておくから」
「えぇ~!?」
私が見付けたのに!
「いいじゃないですかぁ!私食べたことないんですから!」
「あれれぇ?住む場所を提供してあげてるのはどこの誰かな~?」
「うっ、そ、それは・・・」
それを言われちゃうと言い返せないけど・・・。
「家賃代わりとしてさ」
「あう~」
私のマツタケが~!
* * *
「さて、お次は魚だね!」
「・・・」
「何さ、まだ怒ってるのか?」
「別に、怒ってなんかないですっ!」
そう言ってぷいっとそっぽを向く。食べ物の恨みは恐ろしいんだから!
「まぁまぁ落ち着きなさい。ほら、そろそろだよ」
日照雨さんに連れられるまま歩くと、一本の川が見えてくる。
「ここは魚がいっぱいいてねぇ。ちょろっと捕まえていこうか」
さっき、わ・た・し・のマツタケを含む山菜を家に持ち帰ったときいっしょに釣竿を持ってきていた。多分これで釣る気なんだろうけど・・・。
「・・・釣れるんですか、それって・・・」
「あ、馬鹿にしたね?」
「だって結構質素なんですもん」
「嘗めちゃいけないよ!こいつでアタイは釣って来たからね!」
「・・・分かりました、お手並み拝見です」
「まぁ見ときな!」
日照雨さんは川に竿を投げ入れる。餌はつけてないみたいだから、多分疑似餌ってものなんだろうけど、ちょろっとおまけ程度に何かがついていたぐらいだったんだけど・・・。本当に釣れるのかな?
「・・・お、来てるね・・・」
え、もう!?
「ほい来た!」
「うわぁ!」
ばしゃっっと豪快な音を立て一匹の魚を釣り上げる。ホントにあれで釣れるなんて・・・。純粋に感動してしまった。にしても、釣り上げた時ったら良い顔してるなぁ。
「ね、言ったとおりでしょ?」
「御見それしました・・・。その魚は何なんです?」
「アユだね。こいつは塩焼きが一番だ!よし、アタイは釣れたから、はい、今度はみくるの番だ」
「え!?私がやるんですか!?」
生まれてこの方一回もやったことないですけど・・・。
「私、素人なんですから日照雨さんお願いしますよ~」
「ダメダメ!自分のものは自分で!それがここのルールなんだから!」
「じゃあさっきのマツタケ・・・」
「あれは例外ね!」
「・・・はぁ・・・」
も~、この人ったら・・・。
「釣竿は貸したげるからさ、何事もやってみなきゃ!」
「それはそうですけど・・・」
私はとりあえず川に糸を垂らしてみる。肉眼で魚は確認できるから可能性はあると思うけど・・・。
「いいかい、釣りは魚の気持ちになるんだ。魚が食いつきたいと思うような、そんな竿の動かし方をするのさ」
・・・全然分かりません。経験がモノを言うってやつでは・・・。
半ば諦めながら続けていると・・・。
「・・・そろそろ・・・」
「え?」
私、何も感じないけど、って・・・!
「え、あ、ちょ・・・」
引いてる!?
「こ、これって、ここからどうすれば・・・!」
「落ち着くんだ、みくる!」
・・・。
いや、そうじゃなくて!指示を、指示をくださいって!落ち着いたところで・・・。
「いまっ!」
「へっ!?」
今という言葉が聞こえたので、私は反射的に竿を宙にあげる。
「・・・つ、つれた・・・」
はじめて、釣れた・・・。
「ナイスだよ、みくる!素質あるかもよ!」
「す、すごいですね・・・、この竿」
「いや、そっちじゃないって!もっと自分の力だーとか思わないの?」
「ははは、私、ですかね?」
「そうさ、君がやったんだ」
「単純に嬉しいです」
多分私も今、良い顔をしてる。
* * *
夕食に、自分でとってきた山菜と魚をいただく。例のマツタケもきちんと半分ずつにしてくれた。自分で採って来たものは、ただ与えられて食べるものよりも美味しい気がする。
「みくる、今日は疲れたでしょ。結構動き回ったから」
「そうですね、汗もかいちゃいましたし・・・」
「それじゃあ風呂沸かそうか、手伝ってくれる?」
「分かりました」
川から沢山水を汲んできて、薪で下から焚く。『下は大火事、上は洪水、これな~んだ』こんななぞなぞ、多分今の子には答えを言ってもピンと来ないんだろうな。私だってぎりぎり分かるくらいだし。そんな昔ながらの風呂を沸かすお手伝い、私も初めてする。
「はぁ、はぁ、はぁ・・・」
川へ行ってバケツに汲んで桶に流すの繰り返し。これ、案外大変だ・・・。
「日照雨さん、重くないんですか・・・」
彼女は棒でつながれた二つのバケツで水を悠々と運ぶ。
「もう慣れてるから。力も自然につくからね」
「そうですか・・・」
やっぱり、経験の差っていうのは大きい・・・。
お風呂は私が知っている限りだけど、多分五右衛門風呂ってものなんだろう。想像していたよりは広かった。バスタブみたいに足は伸ばせないけど肩までつかるには十分だ。
「ここで火を起こすんですか?」
「そうだよ、竹筒で息を吹き込むんだ」
テレビで見た姿そのままだった。ふーふーと一生懸命に吹いている。絶対これ、ただ吹くだけとかの簡単なものじゃないと思うな・・・。
「しばらく時間がかかるからね、ま、そこは気長に待とうさ」
「はい」
風呂にまで入らせてくれるんだから、私から文句を言うはずがない。
「ちょっとお湯加減見てきてくれる?」
「あ、分かりました」
良い時間がたって湯加減を見に行く。
「あちっ・・・」
咄嗟に手をお湯から出す。熱すぎるくらいかな。
「もう大丈夫だと思います!」
浴槽の傍の窓から日照雨さんに伝える。
「そうかい、分かった!」
威勢のいい声が帰ってくる。
「よし、それじゃあ入ろうかね」
「あ、お先にどうぞ」
私が先に入る訳にはいかない。
「何言ってるの。どうせならいっしょに入ろうよ」
「えっ?」
いっしょに!?
「いいじゃない別に、女同士なんだし」
「あ、いや、でも、あれって一人風呂用じゃ・・・」
「そんなことないさ、二人でもイケる、ちょっと狭いけど」
狭い時点で一人ずつ入った方が・・・。
「何さ、アタイといっしょに入るのがそんな嫌?」
「そういうわけじゃないですけど、単純に恥ずかしくて・・・」
スタイルもそこまで自信ないし・・・。
「いいの!いっしょに入れば!分かった!?」
う、強引だ・・・。
「わ、分かりました・・・」
お世話になっている身分だから逆らえないもんなぁ・・・。
* * *
結局二人で入ることになった。同性とはいえ複数でお風呂に入るなんて随分と久しぶりな気がする。目の前で女性が裸になっていくのはどうも目のやり場に困る。
「さ、先に入っても・・・」
「ああ、構わないよ」
ちょっと逃げるようにして風呂の元へ行く。さっき先には入れないとか言ってたのに・・・。
つま先からちょんとお湯につける。やっぱり一般的なお風呂よりは熱い。こんなアツアツな風呂に入ったことってあったけな。熱さを我慢して入浴する。
「ふぅ・・・」
熱い、けれど気持ちが良い・・・。思えば風呂に入ること自体、とても久しぶりな感じがする。
「お邪魔するよ」
日照雨さんも入ってくる。確かに入れない面積ではないけれど、それでもやっぱり狭いんじゃ・・・。体当たってるし・・・。
「くぅ~、気持ちいいねぇ・・・」
見事なつかりっぷり・・・。狭さなんて全く気にしていないようだ。
「どう?気持ちイイ?みくる」
「はい、とっても」
「そりゃあ良かった。それにしても・・・」
じろじろと私の体を見てくる。
「な、何ですか・・・?」
「きれいなカラダしてるねぇ・・・。これが若さか・・・」
「は、恥ずかしいですから・・・」
そんなに見ないでよ・・・。
「肌もスベスベだし」
「やんっ」
急に触られて勝手に声が出る。
「ちょ、やめ・・・」
こ、この人、このためにいっしょに入ろうって・・・。
「あんっ、や、やめっ、だ、だめっ・・・」
ど、どこ触って・・・。
「あ~堪能した」
「もう!やめてくださいよ!」
「あははは、ごめんごめん!こんなのも楽しいかな~と思って」
「楽しくないです!」
まったくもう、この人ったら・・・。
日照雨さんのイタズラも終わり、体と髪を洗ってもう一度湯船につかる。そろそろ上がろうかな、のぼせてきそうだ・・・。
「ところでさ、みくる・・・」
「はい?」
さっきまでとは打って変わって、真剣なトーンで話しかけてくる。そんな雰囲気では、私も同じ湯船から出るに出られない。
「・・・記憶、少しは戻った?」
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