23 ニューヤクザ

 ヤクザは博徒、愚連隊、的屋(てきや、まとや)を出自とし、荷役(にやく)や人夫(にんふ)などの人工(にんく)出しを主なしのぎとしてきた。博徒は江戸時代からヤクザの代名詞だった。愚連隊はもともとはぐれ者(チンピラ)の集まりに過ぎなかった。的屋は縁日の露天商で、神農(しんのう)、香具師(やし)とも呼ばれた。

 戦後の混乱期に頭角を現した何人かのスーパースターが暴力で組織を束ねたことなどから暴力団と呼ばれるようになり、右翼の別動隊となることで警察とも慣れあいとなりながら、勢力を拡大してきた。そんな大親分の代表格は、山口組三代目組長の田岡一雄、稲川会初代会長の稲川聖城、住吉一家(現住吉会)五代目総長の堀政夫などで、いずれも喧嘩上等の武闘派と言われた。

 長らく日本のヤクザは山口組、住吉会、稲川会の三極構造が続いてきた。2015年に六代目山口組から神戸山口組が分裂、さらに2017年には神戸山口組から任侠山口組が分裂し、山口組は3分裂した。その後も六代目山口組が最大組織であることは変わらなかった。

 ヤクザは1992年の暴力団対策法改正、2010年前後に相次いで制定された地方自治体の暴力団排除条例によってしのぎが難しくなり、組員数は減少を続けてた。1960年代に構成員10万人、準構成員を含めると20万人いたヤクザは、2010年代末には構成員が2万人を切り、準構成員を含めても4万人を切った。

 それでもなお企業舎弟(経済ヤクザ)や右翼団体、民族団体、同和団体など、さまざまな企業や団体を偽装して活動できる日本のヤクザは、世界的に見ても類例のない規模をほこるアウトロー組織となっていた。

 2020年代になって少ないしのぎを巡る抗争や分裂がさらに頻発し、2030年にはついに構成員・準構成員を含めて1万人を切り、ヤクザはいよいよ風前の灯火となった。

 2032年、暴力団対策法の40年ぶりの大改正が行われ、ついに暴力団解散命令規定が置かれたのを機に、山口組系、住吉会系、稲川会系を始め全国の指定暴力団は一斉に解散宣言を行った。新法による解散命令発出の出鼻をくじいたのである。これでついに警察庁の悲願だった暴力団撲滅の達成かと思われた。

 しかし、この時すでに暴力団は新たな組織に衣替えしていた。


 マフィアにせよ、ヤクザにせよ、民族団体にせよ、カルト教団にせよ、その背景には社会の二重構造がある。被差別こそが非合法組織を生み出すパワーとなる。社会の二重構造を考えれば世界最大のアウトロー組織であるヤクザが見いだした活路も見えてくる。

 社会には、地域においても、国においても、世界においても、上下と左右の二重の二重構造がある。上下の二重とは古代都市や植民地時代における市民と奴隷、産業革命以来の資本家と労働者、アメリカ社会の白人と有色人種、先進国と途上国、大企業と中小企業、富裕層と貧困層などの差別構造である。日本にも出自からくるマイノリティ差別、一人親家庭などの境遇的差別が存在する。左右の二重構造とは資本主義と社会主義、戦争と平和、開発と環境などの対立構造である。

 ヤクザの立ち位置は、かつては明白だった。上下の差別構造においては、差別を被っている社会の底辺の人々を出自としていた。左右の対立構造においては右であり、保守系政治家に相通じ、後ろ盾にしていた。しかし、保守系政治家は上下の差別構造においては上であり、社会の支配者だった。この結果、ヤクザは社会の底辺の人々の味方である振りをしながら、その実は社会の支配者に奉仕する矛盾した存在となっていた。だがこれこそ、日本のヤクザが非合法の暴力組織でありながら事実上の市民権を得て、世界最大のアウトローとなりえた理由だった。


 右翼政治家の後ろ盾を失い、警察が暴力団排除に本腰で取り組みはじめ、追い詰められたヤクザが生き延びるには、旧い構造を脱構築し、新たな構造を再構築するしかなかった。ヤクザが目を向けたのは仇敵の左翼である。左翼のキーワードの社会、平和、環境の中で、ヤクザはもともと環境と親近性があった。環境企業の枢要となっていた廃棄物処理業者に企業舎弟が多かったからである。ヤクザが廃棄物系企業舎弟の破門・絶縁と左翼化を密かに決めたのは2000年代初めだった。当時は産業廃棄物の不法投棄問題が全盛期だった。ヤクザから切り離されてカタギになった産廃業者は不法投棄から撤退し、当時の流行語だったコンプライアンス(遵法)に取り組んだ。これ以降、産廃の不法投棄問題は解決に向かい、2010年には2000年の10分の1に減少し、ほぼ根絶された。

 環境企業として社会的認知度を高めた廃棄物処理業者が次に取り組んだのは株式上場だった。それまでの産廃業者は同族企業、ワンマン企業が大半だった。ヤクザから足を洗い、普通の企業となった産廃業者の株式上場は、経済の低迷で上場企業不足に悩んでいた東証(東京証券取引所)からも大証(大阪証券取引所)からも歓迎され、2010年代から廃棄物処理業者の上場がブームとなり、トップ企業の売上高は1000億円に迫るようになった。

 産廃業者は大手スーパーチェーンや農協などの農水省系企業・団体と連携を深め、廃棄食品の循環ループを完成するなど、環境を介して社会に貢献する企業としての名声をさらに高めた。こうして産廃業者を企業舎弟として不法投棄に手を染めていたヤクザは、せいぜい1兆円の不法投棄の非合法利益と引き替えに、20兆円を超える循環産業を手中に収めた。もちろん、表向きヤクザと産廃業者は絶縁している。だがその関係はヤクザと芸能界の関係に似ている。芸能界も表向きヤクザと絶縁することで、巨大な利権と政治力を手に入れたのである。

 ヤクザが環境と共に目を付けたのは人だった。少子高齢化による人口減少のおりから、人材派遣業は成長産業だった。もともと人工出しは江戸時代からのヤクザの主要なしのぎだった。ヤクザの最大勢力となった山口組も、神戸港の荷役集め、すなわち労働者派遣からスタートした。しかし、人工出しは組員5、6人の末端組長のしのぎになっていた。ヤクザはピラミッド構造の上納組織であり、こうした末端の組からの上納金が上部組織の資金源となっている。ヤクザはこうした末端組長を破門し、人工出しを人材派遣会社に吸収した。もともと人集めに長けているヤクザ系の人材派遣会社は急成長し、たちまち業界トップ10の仲間入りを果たした。

 元ヤクザ系の人材派遣会社は、旧来の建設現場への人工出しにこだわることなく、人材不足に悩む病院(医師、看護師、薬剤師)、社会福祉施設(保母、福祉士、介護職、栄養士)、研究所(理系、文系)、アパレルなどあらゆる分野を開拓し、中小企業や農林水産業の後継者育成も手掛けた。不足が著しく入所待ちが社会問題化していた保育施設は自ら経営し、他の人材派遣会社が先行していた結婚紹介ビジネスにも取り組んだ。芸能界や風俗業界と関係が深い元ヤクザ系の結婚紹介ビジネスは大成功し、お見合いTV番組のスポンサーとなり、ウェディング雑誌も刊行した。利益率の高いウェディングドレスビジネスには、パチンコメーカーのと結婚した元人気女性タレントをチーフプロデューサー兼CEOに起用した。もちろん表向き、人材派遣業者も結婚紹介業者も企業舎弟ではない。

 ヤクザは冠婚葬祭に強く、とくに葬祭業を独占していた。だがヤクザは現状に甘んずることなく、葬祭ビジネスの改革に取り組み、葬祭の改革に取り組み、僧侶のネット派遣、ミニ葬儀、さらにはヴァーチャル葬儀など、新たな葬祭事業を次々と開拓した。またカルト(邪宗)とは一線を画した葬式宗教を開祖した。増え続ける外国人の葬儀に対応するため、世界のあらゆる宗教を取り込んだマルチ宗教(習合宗教)である。

 ヤクザは、もはや後ろ盾ではなくなった右翼政治家と袂を分かち、左翼政治家に接近した。もともと左翼あっての右翼、右翼あっての左翼である。極右がじり貧になったのは極左が消えたからである。そこでヤクザは極左の復活を目論見み、護憲政党を支援した。ヤクザは廃棄物、人材派遣、冠婚葬祭、リゾート、ギャンブル、芸能界、風俗産業など、100兆円を下らない利権を手にしていたので、利権に縁の薄い左翼政治家の取り込みは簡単だった。

 こうして2009年の民主党政権以来30年ぶりに誕生した左翼単独政権が、新選挙制度の下、初の首相となった波風収一郎による第一次波風内閣だった。もちろん波風首相が着物左翼(ヤクザ用語で着物とは刺青のこと)の支援を受けていることなど、だれも知らない。

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