20 コンパクトシティプラン
2000年代前半、日本の総人口はピークアウトし、人口減少時代を迎えた。しかし地域別に見ると東京・南関東は増加、中京、関西は横ばい、それ以外の地域は減少の傾向が続いてきた。人口が減少している地域でも、札幌、仙台、広島、博多といった地方中核都市の人口は増加していた。しかし2030年代前半になると、大都市圏や地方中核都市でも人口減少が始まり、すべての都市において、人口減少を不可避とした都市計画の策定が必要になった。
2038年、新都市計画法が施行され、すべての都市計画区域において、縮小都市計画(コンパクトシティプラン)の策定が義務付けられた。縮小都市計画では旧市街化区域を容積率に応じて4つに分けることになる。Aゾーン(高度利用市街地)、Bゾーン(中度利用市街地)、Cゾーン(低度利用市街地)、Dゾーン(郊外市街地)である。各ゾーンは超高層利用(40階以上)、高層利用(15~39階)、中層利用(5~14階)、低層利用(4階以下)及び一戸建て利用(3階以下)に特化され、混在は許されない。実際の建築物にかかわらず、各ゾーンの土地利用形態に応じた都市構造税が課税され、例えばAゾーンでは1戸建てや低層の建築でも超高層利用相当の課税額となる。逆にBゾーンに超高層建築物があれば、課税区分は格上げされる。ゾーニングに違反したプアコンストラクション(貧利用建築物)は一定期限内に建築物整理計画を策定して取り壊さなければならない。建築物整理計画には猶予期間があり、2年以内に計画承認を受け、承認から1年以内に着工し、計画期限内に竣工すれば都市構造税の免税又は減税措置を受けられる。プアコンストラクションであっても文化財指定による保全命令を受ければ取り壊しが免除され、都市構造税も減免される。ただし50年以内に取り壊した場合は、たとえ災害による損傷であっても遡及的に追徴課税される。
多くの都市において、建築物整理計画は区画整理事業と抱き合わせで行われた。ただし、区画整理法も同時に改正され、従来のような二重移転補償方式は廃止となった。二重移転補償とは、地区内既存建築物の居住者がいったん地区外に移転する費用を補償し、換地後に地区外から再び移転する費用も補償することである。新区画整理法では、玉突き方式といって、一定面積の区画整理を順次行うことによって、二重移転のムダを省くことになった。この方式では広大な面積の区画整理が長期間にわたって行われ、結果的には同一ゾーニング区域の区画整理がすべて完成することになる。計画区域に含められれば、竣工まで都市構造税の減免を受けることができる。ただし、減免が受けられるのは新都市計画法及び新区画整理法の施行から20年である。この結果、2058年までに新都市計画法のゾーニングが完成することになる。
ゾーニングの徹底によって都市がコンパクトに構造化され、土地の高度利用が図られれば、大都市の地価は1972年代の日本列島改造論以前の水準で安定し、政治が土地を利権化する時代が終焉するとみられている。地方の地価は新都市計画法施行のはるか以前、2010年代末にはすでにその水準に戻っている。
Aゾーンには住宅が認められず、B・Cゾーンの住宅は、集合住宅に限られることになった。従来、分譲マンションよりも戸建て住宅が好まれる理由の一つとして、分譲マンションの所有権の複雑さがあった。老朽化しても権利者全員の合意が得られないかぎり、修繕も建て替えもできずに幽霊マンション化してしまう分譲マンションが相次いだのである。区分所有権問題は新都市計画法のゾーニングを妨げる要因にもなると予想されていた。
そこで新都市計画法の試行と併せて区分所有法が一括所有法に全面改正されて、分譲マンションの区分所有権が廃止された。登記済み区分所有権は、建物所有法人(住宅投資ファンド)に一括移譲され、旧権利者は建物所有法人の株式又は投資信託権を交付され、専用部分の賃借権を取得することになった。旧権利者は、建物所有法人から部屋を借りて賃借料を支払い、支払った賃借料相当額の配当を受けることになったのである。この改革によって旧区分所有建物の所有権と使用権を別々に流動化することが可能になった。旧権利者は株式ないし投資信託権だけを譲渡(換金)してもいいし、使用権(賃借権)だけを譲渡(転居)してもいい。これを本権の貸借分割という。
区分所有権を前提にした住宅ローンでは区分所有者となる自然人の寿命を勘案して30年が限度だった。区分所有権の廃止によって、そもそも分譲マンションを購入するための住宅ローンという金融商品はなくなった。マンション建設費用はマンション購入者のローンによってではなく、REIT(不動産投資信託)によって集められるようになったのである。自分が住んでいる(住む予定の)賃借マンションのREITを購入することを貸借混同と呼ぶ。自分で自分に賃借料を支払うのと同じことになるからである。
本権の貸借分割によって集合住宅は既存と新築にかかわらず、すべて賃貸住宅となった。空家や幽霊マンションを増やすだけになってしまった持ち家資産形成政策がようやく放棄され、住宅ローン減税も廃止された。代わって所得税の家賃控除が認められことになったため、持ち家よりも賃貸住宅が資産形成の上でも有利になった。住宅を購入する資金で住宅投資ファンドを購入し、ファンドが所有する住宅を借りれば、家賃の所得税控除を受けながらファンドのリターンを得られるダブルインカムになるのである。このため集合住宅のみならず一戸建て住宅でも本権の貸借分割が進められており、早晩、すべての住宅が流動化(ファンド化)される見込みである。標準仕様の建売住宅では満足できないという人のために、オリジナル設計の注文住宅のファンド化も始まっている。ただし特殊な外観や構造の住宅、邸宅(超高級住宅)はファンド化(流動化)できない。
人口減少時代とは少子化時代すなわち無相続人時代だから、持ち家は資産になるどころか、もはや取り壊し費用がかかるだけの負債に過ぎないのである。
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