預言者と予言者
「ようやく確信が持てたわ」
「アナタの因果律操作能力は、私のそれとは違う性質のものだったのね」
清明は黙って首肯した。
「てっきり他の世界のリソースをも利用した、大規模な因果律干渉の使い手かと思っていたけど――なんのことはない、アナタの力の本質は〈過去改変〉よ」
「そうだ」と
「道理で読めないはずだわ」
巡は背もたれに体を預けた。
「未来方向に作用する私の力とは違って、アナタの力は過去方向――つまり私は、常に先の手を取られていたわけだ」
「とはいえ、アンタの能力もかなりやっかいだった。どんな小さな可能性でも、それを確実にあることにしてくる。さらにはその精度も、深度も、速度も、何もかもが桁違いだ。もし俺の力がアンタと同質のものだったら、まるきり歯が立たなかったと思う」
巡は苦い思いを押し殺すように微笑んで、
「お褒めいただきありがとうございます」
「ところで、一つ疑問があるんだが、いいかな」
「どうぞ」
「因果律操作なんてモノで弄くり回された世界には、大きな負荷がかかる。実際に俺は能力を使えば使うほどその世界を壊していった。なのに、なんでアンタがいるこの世界は何も起こっていないんだ」
何も起こっていないわけはない。
それどころか既に取り返しの付かないことが起こった後なのだが、しかし今はそんなことを言っている場合ではないし、たとえどんな場合であっても巡はそんな話をする気にはなれない。
だから巡は質問にのみ答える。
「私の力は数多の可能性の中から一つを選び取る。ようするに、世界の在り方を肯定する力なのよ。一方でアナタは可能性そのものを一つに刈り取ることで世界を変える。つまり世界の在り方を否定する力。――となれば、世界への負荷が大きいのはどっちか。わかるでしょ?
私がこれから起こることを告げる〈
まるで己に言い渡された量刑を噛みしめるように、清明は静かに俯いていた。
巡は気にせず話を続ける。
「ま、それでなくともこの世界はちょっと特殊だからね。私ですらアナタを探すので精一杯だったわ」
そう言って巡は身を乗り出し、ひどく真剣な目つきを清明に向ける。
「本当に、精一杯だったのよ。……なのにアナタはこの世界にユノさんを召喚した。だからこれは純粋な興味から尋ねるんだけど……いったいどうやったの?」
清明は気を張ることを諦めたように、深く息を吐いた。
「俺は能力に目覚めた時――いや、生まれた時からかも知れない。世界という枠からはじき出されていたんだ。だから、世界が崩壊しても俺は生き延びられたし、力を応用して他の世界に干渉することすらできた……だけど、レギナは違う。レギナを崩壊から救うために、いくつかの世界へ渡ってみたけど、元居た世界以外の場所に定着できるほどレギナは強くなかった。
だから俺は、レギナを作りなおそうとした。
レギナという存在をその構成要素まで分解し、再構築しようとした。場所はできるだけ盤石な世界が良かった。俺の能力をぶつけても崩壊しないほど強く、レギナという異物にも動じないような世界――それがここだった。
だけどあまりにも硬い世界は、召喚自体が困難になる。通路を開くことはおろか、まとまった
なるほどね。と巡は感心する。
それならばこの世界に召喚通路を通す必要もない。捜査が難航したのも、それほどまで細かい要素に分解されていたからだろう。鏡の表面にある微細な凹凸を一つ一つ見てまわっても、それらが作り出す像の全体を把握できるはずがない。世界それ自体の安定というミクロな視点に陥りがちな異界管理官にとっては、まったくの盲点であった。
「だけど、途中で邪魔が入った。アンタらが余計な事をしたせいで投影が不完全に終わり、その結果が……これだ」
清明は肩越しに振り返り、隣の部屋を見た。
鞠をつくようなケタケタという笑い声が聞こえる。まるで五か六つくらいの子供のような調子だ。
「アナタのお姉さんは本来の形を失い、何も知らない子供になったってわけね」
巡はなんの呵責も感じないどころか、むしろ苛立ってすらいた。
可燃性の靄みたいな感情が、腹の底に溜まっていくのを感じた。
「まっ、自業自得ってやつでしょ」
巡は冷たく言ってのけた。
「そもそも、アナタがレギナさんを――本来のお姉さんを分解した時点で、何をどう組み直そうがそれはもう別物にしかならない。アレはもうユノさんであって、レギナさんではない」
「そんなことはわかってるんだよ」
砂漠の熱にうかされたような、静かな叫びだった。
「それでも俺にはレギナしかいなかった。レギナには俺しかいなかった。だから約束したんだ。たとえどんな姿になろうと、記憶を全て失おうと、それでもレギナの欠片が一つでも残っている限り、それは絶対に守りぬく。その魂を潰えさせたりはしない。……それが、世界から弾き出された俺が、レギナのために出来る唯一のこと。世界を滅ぼしレギナの居場所を奪ったことに対する罪滅ぼしなんだよ」
喉の奥にこびりついた砂礫を吐き出すような告白だった。
一方の巡は、相手の話など端から聞いていなかったかのような無表情で、すっかりぬるくなった茶を一息に飲み干した。
湯呑みの底をチラリと一瞥して、おかわりを頼むような気軽な口調で言った。
「死ねばよかったのに」
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