彼らの旅路:1
小さな国だった。
西の帝国と東の共和国、そして南の王国という三つの大国が睨み合う大陸の北の果てに位置するその国は、背後にそびえる山脈より産出する石炭と鉄鉱石に支えられた製鉄の国だった。
専ら鉄を輸出することで富を得ていたその国は、その潜在的な資源量から三大国間の政治と軍事において大きな意味を有していたが、歴代の王による綱渡りのような政治手腕によって中立と平和を保つことに成功していた。
小さくても豊かな国だった。
勇壮な山脈は険しくも清らかで、流れる風は身体の毒を全て洗い流してくれるように澄み、青すぎて黒く見えるほどの空には製鉄所の黒煙が溶け、その下ではたった今鉱山から戻ってきた男たちが万年氷から流れて出る清水で真っ黒な顔を洗っている。家の中は年中暖かく、はるか南方から輸入した乾物の野菜や魚介を使った料理が食卓に並び、四国の文化が複雑に入り乱れた宿場街はそれ自体が一つの新しい国のような雰囲気を有していた。
王女レギナの生誕時には、それはそれは盛大な祭りが催され、四つの国から駆けつけた司祭らが連日唱和する祝詞すら掻き消えるほどの飲めや歌えやの大騒ぎが続き、これではどんな悪鬼病魔も芬々たる酒気に中てられて
その数年後、王子セイメルが誕生した際にはレギナ王女のそれにもまして大々的な祭りになった。四つの国から参じた司祭らは王城に辿り着くより先に酔っぱらい、喧騒は山脈の奥深くまで響き渡り、昼間のそれがこだまして夜中になってもまだ聞こえてくるほどだった。
誰もが浮かれ騒いでいた。
そして、それが世界の最期を嘆く叫びに変わるまで、そう時間はかからなかった。
セイメルが生まれてから間もなく、三大国の一つ、南の王国で干ばつに端を発する大飢饉が起こった。当初は他の二国による支援でなんとか急場を凌いでいたが、干ばつは一向に収まる気配がなく、それどころかますます酷くなっていった。内政はまともに機能せず、領内の都市や街村は互いの生存圏を求めて紛争状態に陥った。遂には見かねた西の帝国が『支援』として軍事的な介入をするまでに至った。
難民の流入と軍事を含めた介入によってより多くの資源を欲した西の帝国は、以前にもまして北の小国との結びつきを深めた。
面白く無いのはもう一方の東の共和国だ。支援とは聞こえが良いが、西の帝国がやっていることはほとんど領地の拡大と同義である。折の干ばつと南の王国の騒乱の影響を少なからず受けている自国の現状を見れば、遅かれ早かれ苦境に立つのは必至と思われ、そうなればこれ好機とばかりに足元を見た『支援』をふっかけられ唯々諾々と飲まされることになるだろう――そういった危惧が高まるのも無理はなかった。
そこで西の帝国の増長を制するために、北の小国を引きこもうという動きが出るのは必定のことだった。
南方で巻き起こった砂嵐は四つの国を呑み込んで、先の見えない暗黒の時代が始まった。
「共和国軍の北方越境は、ちょうど俺が九つの頃だった。使節団の護衛なんて寝ぼけたことを言ってたけど、誰が見たって帝国への資源輸出に対する明確な脅しだ。――まあ、それもまた口実にすぎないんだけどもな。資源を輸出するにあたり、先王はまえもって共和国側と協議をし、彼らの了承を得たうえで事を動かしたんだ。だが奴らは密談をいいことに知らぬ存ぜぬ。――要するに、この気に乗じて北方を味方に引き入れようって魂胆さ」
そう言ってセイメルは茶を啜った。
「もちろん帝国も黙っちゃいない。すぐさま一個旅団を派遣し事あらば介入する構えを見せた。もう一触即発さ。そこで先王は開戦を避けるためにレギナを『担保』として帝国に預け、そちらへの輸出減を呑ませ、代わりに共和国側へは輸出増を確約することで場を収めようとした。……今思えばもっと他にやりようはあったのかもしれないが、母が――王妃が前の年に亡くなったことで少し気が萎えていたのかもしれない。まあ、ともかくその場はそれで収まった」
「ふーん、それで?」
と
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