禁止された異界召喚
「醜悪だわ」
目の前に広がる光景に、
どこまでも続く原野だった。
膝の高さくらいの草が見渡すかぎりに生い茂り、遠くのほうでは風がその透明な手を広げ、緑色のベロアのような大地を優しく撫でている。地平線から立ち上がる空は霞の気配すらなく、果てしなく透き通ったコントラストはその向こうにある宇宙の闇を写しとっているかのように黒々とした青さだった。
草原には人の体が打ち棄てられていた。
ばらばらになった人体の部位が、辺り一面に大量かつ無造作に転がっていた。その数は数千、もしかしたらもう一桁上かと思うくらいで、さらにいえばそのどれもが同じ形質を備えている、つまりは同一人物のものらしかった。
「全く同意だねえ」
テトは汚物でも見るような目を辺りにめぐらし、
「どれもこれも、人形みたいだよ。よく出来てはいるけど、全てが模造品だ。死体すら満足に作れないなんて、あきれちゃうね。だからこんなところに捨てていったのかな」
テトはテトで、なんだかズレている気がしないでもないが、その言葉はいくらか的を射ていると巡は思う。そこかしこに転がるそれは女性のものであり、しかもみたところそのどれもが本物であるらしかった。試しに腕――左肘から先と思われるもの――を手にとってみれば、それは確かに人の肉で出来ていた。
しかし、そこに生命の痕跡は一つもない。
無秩序に散らばったそれらは、今さっき運ばれてきたような新鮮さを残していたが、その断面からは血の一滴もこぼれ落ちはしなかった。これだけの死体があるというのに虫の一匹も寄り付かず、一筋の腐臭すら鼻に届かない。腕や胴体の切り口はMRI画像のようにフラットに整っている。それこそ人形のような、異様な無機質さがそこにあった。
「やっぱり禁止された異界召喚よね、これって」
巡の言葉にテトが頷く。
「そうだねえ。……多分、ここにあるのは形だけで、存在自体は別の世界にあるんだと思う。この世界の法則とは切り離されてているから、こんなことになってるんだ」
よくある巡回任務だった。
任務は具体的に目的が決まっているものもあれば、おおまかな状況だけが言い渡され、あとは現場の判断に委ねられるものもある。今回の二人の任務もそういった類のもので、ゆらぎが見られる世界の一群をパトロールして異変の有無を確かめるものだった。
「巡、跡を追える?」
「やってみる」
巡は手を掲げ、空中からヤドリギの杖を取り出し、展開する。辺りを飛び交う枝の動きを慎重に読んでいく。召喚物と空間に残された
「――だめだわ。すぐそこで立ち消えてて。出自世界が特定できない。相手もなかなか強力な召喚術使いのようね。処理がうまいわ。召喚物にも不自然なとこがあるし、直接ほかの世界に繋がっているというよりは、単純にこの世界に属していない……いわゆる埒外召喚ね」
「うーん……僕もイマイチ読めないなあ」テトは腕組みしてため息をこぼし、「ねえこれ、片付けなきゃだめかなあ」
「このままでいいんじゃない。とりあえず世界のほつれを直して、封印処理すれば」
巡は気だるげに応え、あらためて辺りを見回す。
同じ型の人体模型を山ほどかき集めて爆弾でふっ飛ばしたらこうなるのではないかと思う。すべて片付けるのはちと骨だ。というか正直気味が悪いのでとっと立ち去りたい。管理官として異世界を廻るなかで、地獄を煮詰めたような凄惨な光景は何度と無く見てきた。だがこの状況はそれらとは別の種類の、醜悪の一言では括りきれない何かがある……そんな予感がする。
「どこの誰が何の目的でこんな趣味の悪いものを召喚したのかしら」
「それを調べるのも僕たちの仕事だよねえ」
そりゃそうなんだけどさ。と巡は自分自身を慰めるように呟いた。
そして爽やかな草原の空気をたっぷりと胸に詰め込み、空を仰ぎ、
「ていうかさあ、頭はどこにあるのよ」
出来損ないの死体たちは、そのどれもが首から上を欠いており、頭は一つもみつからなかった。
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