異界管理官
結城わんこ
プロローグ:とある世界の終わりにて
虚無の王:1
世界の終わりが近づいていた。
万物の根源への扉を司る魔石。永きに渡り中つ国の地の底で眠りについていた大いなる力の結晶はいま、地上にある聖堂に姿を現し、限界にまで蓄えた力を解放しようとしていた。
全てを闇へと沈めるために。
しかし――
「貴様の思い通りにはさせない!」
「せいぜい吠えるがいい。すでに〈式〉は起動した。魔石の回路は我にも止められぬ」
空中で凄まじい魔力を輻射する魔石を挟んで対峙するのは、魔王と勇者だった。
勇者はすでにぼろぼろだった。神々の加護を受けた鎧は砕け、伝説の剣はなまくらになりはてていたが、しかしその両の眼には闘志と希望が燦然と燃え盛っている。
一方の魔王はといえば、その悪魔的な巨躯に何本もの剣と矢が突き刺ささり、立ち上がるのもままならないといった様子だったが、大事をやり遂げた安堵と晴れがましさをその口元に浮かべて穏やかだった。
「まだ方法はあります!」
不吉な地鳴りに満たされた聖堂に、凛とした声が響いた。
聖堂の入り口に、一人の騎士が立っていた。ガシャリ、と脱ぎ捨てた兜からこぼれたのは絹のように輝く銀髪。そしてその下から現れた、まだ幼さの残る白い頬。
「姫様! なぜこのようなところに!」
「ご無事で何よりです、勇者様」
「おお、久しくお目にかかりますな、殿下」
「魔王に成り変わった貴方とまみえるのは初めてですね」そう言って姫は残りの鎧も次々に脱ぎ捨てていく。「――ですが、これで最後です」
「――それは!」と勇者が息を呑む。
「異界の鍵!」と魔王が眼を見開く。
服をはだけたその胸元、真っ白な肌に埋め込まれた宝玉は宿主の血の色を飲み込んで更に紅く輝き、その周囲から走る血管のような術式が起動の命を待ち構えるように脈動している。
「まさか、姫様……ダメです!」その意図を悟った勇者が叫ぶ。
「もうこうするしかないのです」姫は己を蝕む禁忌の光を、そのか細い指でなぞる。「魔石を――根源への扉そのものを、異界へと葬り去るしか無いのです」
「ですがそれでは姫様も!」
「ハハハ」魔王は思わず嘲笑を漏らす。「もはや手遅れだ。いくら神族の血を引くとはいえ殿下、――それっぽっちの力で呼び寄せられるモノなどたかが知れております。無駄ですよ」
「それでも私はやってみせます。世界が終わるかどうかの瀬戸際で、我が身を惜しむ道理はありません。どのみち全てが終わるなら、なんでもやってみるものでしょう?」
姫は術式に力を込め、最終封印を解除する。
「ダメです……そんな……姫様がいなくなったら……この世界は完全に神から見放されてしまいます」
嘆く勇者に、姫は手を差し伸べる。
「神に見放されるよりも、貴方のいない世界のほうがよっぽど恐ろしいです。勇者様」
そして二人はそれぞれの瞳に、最愛の人の姿を焼き付ける。
「――私も、同じ気持ちです」
勇者は姫の手を握りしめた。
「ハハハ! なんとも、この期に及んで微笑ましいことよ! ならば勇者には最後の手向けとして、殿下には最後の奉公として、まとめて冥府に叩き落としてくれるわ!」
魔王が地の底までも揺るがすような咆哮をあげる。
「では行きますよ、姫様」
「ええ、最期まで一緒に」
勇者と姫は互いの身体を抱き寄せて、渾身の魔法力を回路に流し込んだ。
『召喚式起動! いでよ異界の門――解放!』
強大な力が空中に凝集し、時空の裂け目が口を開け、
「はいはいはい、すと―――――――――――っぷ!」
「そこまで! そこまでだよ―――――――――っ!」
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