〇メシと蛇王とリーフィの話
「リーフィ嬢は、料理がまことに上手だな」
例のごとく夕飯前になると、どこからともなく食材を持って来るザハークが、出来上がった料理に舌鼓を打ちつつ、そんなことを言った。
ザハークだってたまにはリップサービスぐらいするから、どこまで本気かわからないが、まんざら悪い気はしないものだ。
リーフィの家。時々、ザハークはリーフィが帰り着くころに、食材をもってニコニコ顔で玄関に立っていることがある。リーフィの家には、シャーもゼダもジャッキールも良く訪れてくるが、彼が最初にやってきたときはリーフィも少しは驚いたものだ。
「少し買い出ししすぎてしまってな。もし差しつかえなければ、リーフィ嬢の飯づくりに役立ててもらいたいなと思ったのだが大丈夫だろうか?」
できればご相伴に預かれれば幸い。
というところまで、ザハークはそれなりに遠慮はしながらだがハッキリ告げる。
シャーは、もちろんしょっちゅう遊びに来る。ゼダは差し入れをもって遊びに来るが、彼は意外に女の家を頻繁には訪れない。
ジャッキールとは意外とよく会っており、売り出しの情報の交換やら買い溜めしすぎた食材の交換などもするし、一緒に料理を作ったりもする。教えてあげたり教えられたりもするし、その際に彼の悩みをきいてあげたりすることもある。
ザハークがこうして遊びに来るようになったのは、間違いなくジャッキールを観察していた影響に違いないが、彼は多分ただ美味しいものが食べたいだけなのだろう。
今日彼が持参してきたのは、新鮮で大きな魚だった。
川魚だったが、どうやら本人が釣ってきた様子である。なんだかわからないが、彼はやたらと生活力がある。多分、この男、傭兵しかできないようなジャッキールのように荒事をしなくても、普通に漁師でも猟師でも職人でも、なんとか生きていけるのだろうな、とリーフィは漠然と思うのだ。
「ありがとう。でも、今日のは蛇王さんのお魚が美味しいからよ」
今日は魚の煮付け。臭みを消すのに香草と一緒に煮込んである。素朴だけど、結構なごちそうだ。
ああそうだ、とザハークが魚をつまみながら言った。
「三白眼の小僧にも食べさせてやったらどうだ。どうせこの近辺にいるのだろう? 俺は近頃姿を見ていないが、ちゃんとあの男栄養取っているのか?」
あんまりな言いぐさに、リーフィは思わず苦笑する。
「そうね、シャーが近くにいれば一緒に食べてもらうのもいいかしら。このお魚とても大きいし」
「そうだぞ。あの小僧、酒場でもメシより酒の男だろう? 一人で生きているとロクな食生活を送らんにきまっている」
ザハークは意外とよく物事を見ている。確かにシャーは、食べるより飲む方が多い男で、あまり味わって食べているのを見ない。
「リーフィ嬢がすすめてくれるから、多少の栄養を取れているようなものだろうな」
「でも、蛇王さん、私、シャーのご飯すすめるときに、結構気を遣うことが多いの」
リーフィは片付けを終えて、ザハークの向かいに座りながら言った。
「もともとあまり、ご飯食べない人だし、なんだか苦手なお料理あるみたいでしょう? 特に豪勢なお料理とか、綺麗に飾ってあるのとか、何だか苦手みたいで……」
「なんだ? あの小僧、生意気にもリーフィ嬢の料理にケチをつけるのか?」
「そんなのじゃないのよ。ただ、あまり好きそうじゃない感じの表情してて、勧めても顔が嬉しそうじゃないから……」
リーフィが伏し目がちにそういうと、ザハークは少し考えてからやや明るく言った。
「ははは、まあ、あの男も色々あるんだろ。そういうものが嫌いなのには、それなりの理由というものがな」
リーフィが目を瞬かせると、ザハークは前髪をかき上げつつ含んだ笑みを浮かべた。
「こんな風な俺でも色々あるんだからな。あの男となれば、それはそれで色々あるはずだ。まー、それでも俺はうまい飯食いたい主義だがな」
ザハークはそういいながら、頬杖をついて伸びてみたりする。普段はそんなでもないのだけれど、時々彼は大きなニシキ蛇が日向ぼっこしてる姿に似ている事がある。食後などは特にそうだ。
「まあまあ、でもリーフィ嬢の飯を食ってれば、奴もそれでも飯が食いたくなるようになるだろ。俺が保証するぞ」
ザハークは、にんまりと笑う。つられてリーフィが、ふっと微笑んだ。
「蛇王さんは、突然お口が上手くなる人ね」
「はは、世辞じゃないぞ。現に俺が厚かましくここに転がり込んでるのは、リーフィ嬢の飯がうまいからなんだからな」
と、不意にとんとんと扉が叩かれた。
「リーフィちゃーん、いるのー?」
例によって聞き覚えのある間延びしたような声が、扉の外から聞こえてきた。
「今日酒場、お昼からお休みだってきいたから、こっちきたんだけど」
「あら、シャーだわ」
リーフィはぱっと立ち上がると、玄関の方に向かった。
「はーい。ちょっと待ってねシャー」
「ははー、やれやれ。噂をすればなんとやらだな。せっかく、リーフィ嬢の料理を独り占めしようと思ったのに」
ザハークは、そう言いながら扉の前のリーフィの後ろ姿を、何か面白そうにニヤニヤしていた。
「あいつは魚の好きな猫のようだから、ちょっとわけてやるか」
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