◆夜道にて嘘をつく

※時系列的には、魔剣呪状終了後、笑うムルジムあたりの彼等の話。


 キラリと光る白刃に、素早く対応して跳ね上げる。

 弾ける火花が闇に咲き、そのまま流して切り抜ける。が追撃はすぐにやってくる。

 奴の剣筋は非常に狙いが正確で、そして独特のクセがある。唐突に相手をひっかけるように曲がるそれは、いまだに見切りきれていないが、かわせないわけではなかった。

 すんでのところで引いていた剣を手元を返して弾き上げる。ガチンと金属の噛み合う音が耳に響く。闇を透かして見える相手の目は、しかし、意外に冷静だった。

 ふと、間合いを取ったのは彼の方だった。

「はは、今日はこれまでだぞ」

 そういって、彼は闇にそれだけ浮かんで見える白い顔で微かに笑う。

「何だよ? アンタのが仕掛けてきたんだろ」

 軽く息を弾ませて、シャーは彼を睨み付けた。ジャッキールはというと、すでに剣を収めている。

「俺は今日はこれ以上やるつもりがない」

「ちッ、じゃあなんで応じたんだよ」

 シャーは腹立たしげにいいつつも、相手に剣を収められたので所在なさげにぶら下げていた刀を、渋々鞘におさめた。

 一方の、ジャッキールは涼しげな顔だ。

「貴様が剣の柄に手をかけたからだ。遊んでほしいのかと思ったまで」

「遊んでやったのはオレの方だよ!」

 今日は気分が高ぶっているのか、やや好戦的な印象のシャー=ルギィズは、例の三白眼をちょっと細めて言い捨てた。

 月明りを浴びると、危うげにシャーの瞳が青く光る。

 彼がこういう目をしているときは、少し本気の時なのだ。

 



 もとはと言えば夜道でただすれ違っただけの話だった。

 ジャッキールが何故か王都に住み着いてから、生活圏内がかぶるのか、時折そういうことがある。いわばただの通行人。

 しかし、ジャッキールの実力を知るシャーとしては、彼をただの通行人として受け止めることができない。どうしてもジャッキールの持つ殺気に当てられてしまう。特に夜の彼は、夜気に当てられてか雰囲気が違うのだ。

 もっとも、シャーとて人のことは言えない。

 ジャッキールは、その辺の壁に寄りかかって、珍しく煙管に煙草を詰めはじめていた。

 その所作を見ればわかる通り、これ以上”やる気がない”のだ。シャーはやや不満そうにしながらため息をついた。

「ったく、なんでアンタ、この街に居座ってるんだよ。怪我治ったらどっかいくんだろうなと思ってたのにさ」

「さあ、何故だろうな。気候がいいからかもしれないが」

 ジャッキールは気乗りしない様子で答え、例の緩慢な動作でシャーをちらりと見やった。戦闘中の彼とは違い、普段の彼は何かとゆっくりしている。

「別に問題ないだろう。俺がいたところで」

「あるわけじゃないが、オレが落ち着かねえんだよ」

「何故だ?」

 ジャッキールは、真顔で尋ねた。

「何故って、自覚あるだろ。アンタの存在が物騒すぎて、オレが落ち着かねえの」

 シャーはそういって、ジャッキールを睨んだ。

「今日も唐突に本気じゃねえとか言い出しやがってさ。オレは決着つける気なのかと思ってたからよ」

「決着とは?」

 ジャッキールは火種を取り出して、煙草に火をつけていた。緩やかに煙が上がる。それを見上げつつ、シャーは目を細めた。

「決まってんだろ。決着といえば決着さ」

 シャーは、そういって付け加えた。

「……言っとくけど、オレは今後敵対することがあって、どうしても話し合いじゃ無理そうだったら、アンタを殺すことになるぜ」

 物騒なシャーの言葉に、ジャッキールは無言で彼に視線を移す。

「どうせアンタだってそのつもりなんだろ。多少、オレに借りてるうちはやらないつもりだろうけどさ」

「ふっ」

 ジャッキールが笑うと同時に、唇から煙が漏れた。

「無論。殺しそびれているからな、貴様のことは」

 にっと唇をゆがめて笑いつつ、ジャッキールはつづけた。

「いずれはその首は貰い受ける。そんな風には思っている」

「だろうね。アンタみたいな奴はそう答えると思ってた」

 シャーはそういうと深々とため息をついた。

「だから、オレは夜道でアンタに会うのは嫌なんだよ」

「では会わないようにうろつかなければよいだろう」

「そうもいかねえから言ってんの。大体、なんでこんなとこうろついてやがるのさ」

 話しているうちに気が収まってきたらしい。シャーは呆れた様子でそういって、もう一度ため息をついた。そうしてようやく気持ちを切り替えるのだ。

「ったく、今日は帰ってのんびり寝るつもりだったのに、気ィ立っちまったよ」

「気が立ったのは、俺のせいでもないだろう?」

「何言ってんだよ、どう考えても、アンタのせいに決まってるだろ」

 シャーはそう吐き捨てると、ジャッキールに背を向けた。

「それじゃな」

 不愛想にそう言い捨てると、シャーはジャッキールに背を向けた。

 暗闇の中、ひたひたとサンダルを鳴らしながら帰る足音が響く。

 夜風に吐いた煙をさらわれながら、ジャッキールはふと夜空を見上げた。

 いつの間にか、シャー=ルギィズの気配はなくなっていた。



「いずれは殺す、か」

 そうぽつりと言って、彼はふっと笑った。

「はは、もう、そんなつもりもないくせにな」

 ジャッキールはひとしきり煙を吐くと、自嘲的に呟いた。

「まったく、あの小僧を騙せるとは、どうやら、俺も真顔で嘘がつけるようになったらしい」

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