第58話
産まれたばかりの娘はなかなか立ち上がれないでいた。
後ろ脚は立つけれど、なかなか前脚に力が入らないみたい。
お兄さんがミルクを飲ませてくれる。
わたしも娘の顔をなめて頑張ってって言ったら、なんとか立ってお乳を飲んでくれる。
……あれ?
娘の左の後ろ脚がおかしな動きしてる。
蹄の裏を上に向けて脚をついてる。
もしかして、ずっとこのままなのかな?
不安になってしまう。
「なんにも心配ないんやで」
壁さんのいつもの口癖。
「ほっといてもきちんと歩けるようになるやで。……おっと、お兄さんも気づいたようやで」
お兄さん、娘の左の後ろ脚に何かを巻いてくれた。
これで娘の脚が良くなるといいんだけど。
お姉ちゃんが、娘にくぅちゃんと呼びかけた。
それが娘の名前なんだね。
なんだかうれしい。
くぅは尻尾をブンブンと振ってわたしのお乳を吸ってる。
左の後ろ脚は気になるけれど、それ以外はとっても元気。
お兄さんがミルクを持ってきてくれたのに「いらない」って言うし、自分の脚でちゃんと歩きたいとばかりに部屋の中をあちこち歩いてる。
そして壁さんと何かお話をしてる。
何をお話したのと聞いても「ナイショ」としか言わないし、壁さんも「教えられないんやで」と笑ってる。
わたしだけのけものにされたみたいな気がして、つい牧草をいつもより多く食べてしまう。
それにしても、くぅはよく歩く。
わたしが戻っておいでと言えば戻ってくるけど、そうじゃなきゃ部屋の中を歩き回り、廊下の方まで出てったりもする。
「これだけ元気やったら脚の心配はいらんやで。それにずいぶんとがっしりした脚やで。こら大物になるやで」
壁さんが感心したように言う。
大物にならなくても、元気でいてくれればそれでいいんだけどな。
「せやなぁ……。それが一番やで」
壁さんもわたしも、どっかでたるこのことを思い出してる気がした。
少なくとも、わたしはそうだった。
くぅが産まれてから、お兄さんたちは部屋の入り口の棒を全部外してくれた。だからわたしも廊下に出られる。
くぅと一緒に廊下に出ると、ダヨーさんが声を掛けてくれた。
「ずいぶんと大きな仔ダヨー。きっと大きくなるんダヨー」
そうだといいな。上の仔は小さかったから。
「シュシュに似て大きくなるといいんダヨー」
そう言ってダヨーさんは笑う。
ダヨーさんはまだ産まれないのと聞くと、笑って「もうすぐだと思うんダヨー」と言う。
きっとダヨーさんは産まれそうな日を知ってるに違いない。
そんな顔してたもの。
「きっと日記にきちんと書いて計算してるんやで」と壁さんが言うと、「自分のお腹のことは自分がよくわかるんダヨー」と言う。
そして、にっこり笑ってこう言った。
「日記にはシュシュのことしか書いてないんダヨー」
それを聞いた壁さん、苦笑いしてた。
夜になって、くぅは横になって寝てしまった。
寝顔を見ると、たるこにも似てる気がする。
ということは、わたしにも似てるところあるのかな。
「大きな尻はシュシュそっくりやで」と壁さんは笑う。
ううん、そうじゃなくてね。
「まあ、似てても似てなくてもシュシュの仔やで。これから色々教えていかなあかんやで」
そうだね。色んなこと教えなくちゃだよね。
まずは何から教えようか。
考えてるうちに、わたしも寝てしまった。
わたし、サラブレッド。
名前はシュシュブリーズ。
娘はわたしに似てるかな?
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