第57話

なんだかお腹が痛い気がする。

お部屋に戻ってから、なんだかお腹が落ち着かない。

少し痛い感じもしてきてる。

もしかして、そろそろお腹の仔が出たいって言ってるのかな?


いつもなら籠の牧草を食べるところなんだけど、今日はそんな気になれない。

お兄さんが晩ご飯を持ってきてくれたけど、なんだかお腹に入っていかない感じ。

そのうちにお兄さんがご飯の桶を取りに来て、わたしのお乳を見ていく。

これは最近お兄さんもお姉ちゃんもやってること。

お乳に固まりがつくと、もうすぐ産まれるからそれを見てるんだって壁さんが教えてくれた。

桶の中身を見て、わたしのお乳を見て。

お兄さんはわたしのお尻も見て。

「今日あたり産まれるかもねぇ」と言いながら、わたしの尻尾の毛をまとめ始めた。

それからお部屋を掃除してくれた。

「こりゃあ今夜中かもしれんやで」と、壁さんがつぶやいてた。


……とはいえね。

そんなに痛いわけでもないの。

お腹の仔は動いてるんだけど、痛くてたまらないというわけでもなくて。

なんだか微妙な感じ。

これなら今夜は産まれて来ないかもしれない。

そう思ったらなんだかお腹が空いてきた。


でも、ご飯を食べようとしてもあんまり入っていかない。

少し食べるともうお腹がいっぱいになる。

「シュシュが飯を残してるやで。こらぁ今夜は寝られんやで」

壁さんが小声で言う。するとダヨーさんも「寝ながら聞き耳立ててるから何かあったら教えるんダヨー」って壁さんに言ってる。

大丈夫だよ。今夜は何もなさそう。

壁さんにそう言ってから、少しうとうとする。


……夢を見た。

たるこがすぐ目の前にいた。

「お母さん、わたしがついてるから大丈夫だよー。わたしの妹か弟かわかんないけど、早く顔が見たいよー」と笑いながら言う。

たるちゃんもお姉ちゃんだねと言うと、「お姉ちゃんが壁のおじちゃんに色々お願いしたからねー」と、また笑う。

何をお願いしたのと聞こうとして、目が覚めた。


朝になったけど、お腹の微妙な感じは相変わらず。

お兄さんが庭に出る前に、わたしのお乳をチェックして、なんとも言えない表情をした。

壁さんがそれを見て「だいぶ産まれるのが近そうやで」って言ってた。


庭ではいつも以上にゆっくりと過ごした。

ダヨーさんも気遣って側にいてくれる。

「多分今夜あたり産まれると思うんダヨー。産まれそうになったら教えるんダヨー」と言ってくれる。

ダヨーさんも何か助けてくれるの?

そう聞いたら「日記につけるんダヨー」と笑いながら言う。

そんなところだろうと思った。


夜になった。

お兄さんの他にもカメラを持った人が来てる。

きっとお産が近いからって呼ばれて来たんだと思った。

去年もそうだったから。


晩ご飯も牧草も少しずつしか入らない。

そうしてるうちに、お腹の痛みが強くなってきた。

痛くて落ち着いていられなくて、つい前掻きをしてしまう。

「こりゃあもうそろそろやで。シュシュ頑張りどころやで」

壁さんが元気づけてくれる。

ありがとう。たるこの時みたいに蹴ったらごめんなさい。

「ええんやで。今夜はなんぼ蹴ってもええんやで」

蹴ったら脚も痛いから遠慮しとこうかな……。


お兄さんのお父さんもやって来た。

壁さんが「これで何があっても安心やで」と、ホッとした声で言う。

「お父さんはベテランでお産もたくさん経験してるやで。せやから何の心配もないやで」

それなら安心だよね。

お父さんはわたしに手を当ててじっと見てる。

なにも言わないけど、「大丈夫だぞ」って言われた気がした。

わたしもホッとした。けどお腹痛い……。


ホッとしたからなのか、お腹痛いけどそのまま朝まで来てしまった。

またお兄さんたちに連れられて庭に出る。

少しずつ痛いのが来る間隔が短くなってるし、痛みも強くなってきてる。

突然、お腹がぎゅーっと痛くなってその場に倒れ込む。

お姉ちゃんたちがやって来て、わたしとダヨーさんを部屋に戻してくれた。

今度こそ産まれるかなと思ってたのに、痛みがすっと引いてしまう。

「今回は長くかかってるやで。お兄さんが獣医連れてくる言うてたやで」

壁さんも少し心配そうだ。

そうしてるうちにお医者さんがやって来て診察してくれる。

壁さんが言うには、順調なので運動してあげてと言われたらしい。

そこでお姉ちゃんに曳かれて庭を少し歩く。


今日はとてもいいお天気。

ふっと、たるこが産まれた日のことを思い出した。

あの日もこんな感じで、お日さまが気持ちよかったなあ。

赤ちゃん、そろそろ出てきてもいいのよ。

そう思ったんだけど、お腹の痛みは変わりない。

また今日もこのままかなぁと思ってたんだけど。


部屋に戻ってしばらくしてたら、今度こそぎゅーっとお腹が痛くなって、何かが流れ出た感じがした。

お兄さんが部屋に入ってきて手伝ってくれる。

わたしもなんとか踏ん張っていようと思うけど、なかなかうまくいかない。

お姉ちゃんも手伝いに入ってきた。

部屋の外ではお父さんが指示を出してる。

もちこちゃんもやって来て、がんばれーって言ってくれる。

それでもだんだん気が遠くなって、倒れ込んでしまう。

「前脚出たやで。もうすぐやで!」

壁さんが気合を入れてくれるけど、もう限界……。


気がついたら脚元に赤ちゃんがいた。

お父さんがタオルで拭いてくれてる。

お兄さんもお姉ちゃんも嬉しそうだ。

「でかいけど女の子やで。めっちゃ元気に産まれてホント良かったやで」

壁さんの声が少し潤んでる。また泣きそうになってるみたい。

よく見れば赤ちゃんのおでこに小さな星。顔もわたしに似てるかな。

はじめまして。わたしがお母さんですよ。


わたし、サラブレッド。

名前はシュシュブリーズ。

たるちゃん、妹だよ。

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