第33話

お兄さんたちが娘の体重をまた測ってくれた。

だけど、娘と戻ってきたお兄さん、少し難しい顔をしてた。

そういえば、娘は少し前からお腹を壊している。

お乳を飲む量もなんだか少ない気がする。

お兄さん、どこかへ連絡を取ってた。


この間まではすごく元気でわたしを蹴ってたのに、今の娘はなんだかおとなしすぎる。

お兄さんが着せてくれた馬着もお尻のところが汚れてる。

少し具合が悪いのかな。


「子供はお腹壊すよねえ。うちのミニーもこのくらいの時期は毎日人間にお尻拭いてもらってたよ」

隣の部屋からチョイナさんが声をかけてくる。

「そのうち人間がなんとかしてくれるから、少し待ってみたらいいかもよ」

子供はお腹が弱いんだねぇ。


お兄さんはお医者さんを連れてきてくれた。

お医者さんは娘を診て、難しい顔をしてる。

わたしにはわからないけど、お兄さんと難しい話をしてるみたい。

それを聞いてた壁さんが、「そんなこと……」と言ったきり、絶句してしまった。

ねえ、なにかわかったの?


「ん?ああ、大したことないやで。たるこはじきに良くなるやで」

壁さん、取り繕ったような返事をした。

きっと壁さんは何かを知ってる。でもわたしには教えてくれない。

いつだってそうだ。


お医者さんは娘に点滴をしてくれる。

お兄さんにいろいろと指示を出してくれてもいる。

しばらくは毎日点滴みたい。

廊下の仕切りもまたついたし、あったかいライトもつけてもらった。

部屋の前の棒にはなにかが掛けられてる。

娘の具合はあまり良くないのかもしれない。


でも。

「おかあさん、わたし大丈夫だよ」

娘はこう言ってわたしの脇を鼻先でつつく。

こう言ってはくれるけど、もしかしたら無理してるんじゃないのかな。

お姉ちゃんたちが娘のお尻拭いてくれるときも、娘は大丈夫だよーって言ってたし。

すごく心配だけど、わたしにはどうすることも出来ない。


こんな時、いつも壁さんは「なんにも心配ないんやで」って言ってくれた。

でも、今回は何も言ってくれない。

ううん、壁さんも誰かとお話してるみたいだけど、誰とお話してるのかわからないくらい小さな声しか聞こえない。

「……せやからまだ一ヶ月も経ってへんのやぞ……あんまりやんか……」

いったい、誰と話をしてるんだろう。


「おかあさん、あれはなあに?」

横になった娘が、部屋の前に掛けてあるものを気にしてる。

なんだろうね。壁さんに聞いてみようか。あれは何?

「あれは絨毯と言うんやで。人間が足の下に敷いて使うもんやで」

娘に伝えると、急に起き上がって「わたしも足の下に敷いてみたい」と言う。

そして絨毯を前脚で自分のところに引き寄せようとする。

お母さんも手伝うね。

わたしも前脚で絨毯を引き下ろすことにした。


ふたりでよいしょよいしょとやっていると、お兄さんが「やめろー」と言いながらやってきた。

どうやら、やっちゃいけないことみたい。

お兄さんは絨毯を戻して帰っていった。


お兄さんがいなくなったのを確認して、わたしたちはまた絨毯を引き下ろす。

今度はうまく行って、絨毯はわたしたちの足の下。

わたしもうまく出来てうれしかったけど、娘が「わぁいわぁい、わたしにも出来たー」って喜んでる。

それがうれしい。


またお兄さんがやってきて、今度は絨毯を取られてしまった。

そして、滅多に閉めない部屋の扉を締められてしまった。

金網だから外は見えるけど、外に顔も出せない。

それでも、わたしと娘は顔を見合わせて「楽しかったねー」と笑った。


寝る前に娘と横になって、「今度は何して遊ぼうか」と言う。

娘は「おかあさんが楽しいものがいい」と言う。

娘も少し元気を取り戻したみたい。

少し安心した。


わたし、サラブレッド。

名前はシュシュブリーズ。

これから起きることなんて考えもしなかった。

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