今日のシュシュ

@nozeki

第1話

「シュシュ、そろそろよ」

いつもご飯をくれるお姉さんがわたしに言った。

そうだ、今日は引っ越しの日。

「次は怖い子がいないといいね」

お姉さんはわたしに馬着を着せながら、少し寂しそうに言った。

「新しいとこはご飯がいっぱい食べられるの?」

わたしはそう聞いたけど、お姉さんは答えずどこかに行ってしまった。


この前、久しぶりに人の多いところへ連れ出された。

そうしてるうちに決まった引っ越し。

昨日お姉さんはわたしに「新しいところは馬が少ないから、きっとのんびり出来るよ」と言ってくれたけど、正直に言えば不安。

でも、そんなこと言っていられないから、わたしはすました顔を作った。

この前の時のように。

そうしてるうちに、メガネをかけた優しそうなお兄さんと小柄な女の人がやって来て、わたしを緑色をした車に乗せてくれた。

「なんにも心配することないんやで」

誰かがそんなことを言った気がしたなと思ったら、車のドアが閉まった。


もう何度目の引っ越しだろう。

生まれ故郷の牧場からトレーニングセンターというところに行かされたのが最初だったかな。

そこでは言われるままに走って、競馬場ってところでも走った。

先頭でゴールしたら周りの人たちがみんな喜んでくれた。

でも、みんなに喜んでもらいたくて走ったけど、なかなか先頭でゴールはできなかった。

たまにお休みをもらって生まれ故郷に帰ったりもしたけれど。


2年が経った頃、「もう走らなくていいんだよ」と言われてここに来た。

「しばらくはのんびりしてて」と言われて来たはずなのに、周りは怖いのがたくさんいて、いつもいじめられてた。

仕方ないので、周りの子たちからずっと離れたところにいつもいた。

新しいところに行ったら、きっと変われるかな。

そんなことを考えていたら、車が止まった。


ドアが開いて降りた先には、白黒の模様をしたかわいらしい生き物。

わたしを見るとすぐにお兄さんの元に走って行った。

それに、冬なのになんだかあたたかな感じがして、わたしの不安も少し軽くなった気がする。

用意された部屋は一番奥の角部屋。手入れが行き届いてて、なんだか実家に帰ってきたような気がした。

ご飯もおいしかったし。


わたし、サラブレッド。

名前はシュシュブリーズ。

まだ寒い2月だけど、気分は悪くなかった。

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