第三十一話 救世主 帰還す
「領民の領主館への避難を優先しろ。領内の重要施設は、最悪捨てても構わん」
領内に魔人と思われる危険な生命体が出現した。その報に私はフィールダー子爵としてすぐさま迎撃態勢をとった。なにより慌てたのは最前線でリリアが戦っていると聞かされて卒倒しかけたことである。慌てて領軍を編成し、出現場所に送り込んだタイミングで、娘が劇場の屋根から飛び出てきた時は本当に倒れかけた。
ともかく、ひとまずは娘が退避したのを確認すると、私も領主館で総指揮に移ったと言う訳だ。
「父さん、俺達はどうする」
「父上、私はどういたしましょうか」
「セリアは戦闘関連だ。ガルダ従士長の補佐につけ。シルバは領民たちの保護の指揮を頼む」
「分かった」
「了解しました」
私が指揮をしている執務室に飛び込んできた息子たちに指揮権の一部を渡すと、続けて入ってきた伝令から被害状況を確認する。
「現在の被害状況は」
「現在、民間人に死者三名、負傷者多数、領軍は死者、負傷者ともに正確な数はつかめません」
「そうか。……現在の戦場は」
「南側の大通りをゆっくり後退して時間を稼いでいます」
「分かった。念のため領民たちを北部から逃がすことも視野に入れておいてくれ」
「かしこまりまし……」
「大変です。魔人の大規模魔法により、前線部隊壊滅しました」
「何……」
戦況が安定していたと聞かされていた直後でこれだ、まったく頭が痛い。
「従士長はなんと」
「はい。現在の後退しながらの遅延戦闘を維持すると。けが人は後方支援の民間人で後方に下げると……」
「そうか」
「……それから、リリアお嬢様が転移魔法での兵士の回収を志願され、それを許可したと」
「何……あの従士長はなんてことを……」
「落ち着いてください。……それだけやってもあとどれくらい持つか分からない状況なんです」
「くっ、そうか……」
個人的な怒りに襲われたが、部下の言葉ですぐに正気に戻る。
「分かった。シルバに伝えろ、領民の北方への移動を開始させろと」
「……領地を捨てるのですか」
「何より領民の命だ」
「……分かりました」
そうして伝令の部下が出て行った後、一人になった部屋で私は呟いた。
「リリア、すまない。こんなときに前線に娘を立たせるしかない不甲斐ない父親だ。……そして」
娘への懺悔を述べると、私は最後の望みを願った。
「そして……クライス。私はもう、お前が帰ってくることを願うことしかできない。……頼む、街を救ってくれ」
その時、町の南から爆音がとどろいた。その方向に目を向けつつ、私はその先の空を見上げた。すると突然、その地点の上空で莫大な光が放たれた。咄嗟に目をつぶった私は、なぜだかその光の正体が分かった気がした。
「前線を崩すな。そのまま後退しろ。負傷者はそのままだ」
私は怒号と爆音が飛び交う戦場の最前線と後方をひたすら<
「リリア様。こちらです」
「ありがとう。じゃあ、次へ行くわね」
「魔力は持つのですか」
「大丈夫よ。さっき休んだ時に少し回復もしたし、なんとかなるわ」
「そうですか……無茶はしないでくださいね」
「ええ……<
そう言って再び前線に飛んだ私だったが、正直言って魔力はカツカツでした。途中に魔人の攻撃を受けそうになって、それを障壁で守ったり、自身に身体能力をかけ続けたり、さらに度重なる転移魔法の連続使用でもうほとんど魔力は残っていない。
「……でも、私が止まったらみなさんの命が……」
私がこれをやめれば常に劣勢で後退し続ける領軍に負傷兵を回収する余裕はないのです。だから動ける間は私が何とかしないと。
「リリア様、もう、十分です……」
「そう、です、よ。このままじゃ、あなたまで……」
「大丈夫、まだ魔力はあるから…<
既に水魔法の<
「……お兄様が帰ってくるまで、私が食い止めないと」
「リリア様、もう無茶です。もう十分ですよ。後は休んで……」
「まだ、行けます……あっ」
「あ、危ないですって」
どうやらそろそろ疲労が足に来ているようです。もう、うまく立てない。
「だから、休んで」
「そう、ですね。……少し、休みましょうか。魔力も回復するでしょうし」
「そうですよ。大丈夫です、少しぐらいなら時間もありますから」
「ええ……。避けて、大魔法が来ます」
「えっ、総員退避……」
「間に合いません…私が行きます」
「いや、無茶です。…リリア様」
「ごめんなさい…<
相手の魔法の発動速度が部隊の撤退よりもはるかに速いことに気づいた私は、即座に転移魔法で最前線に飛び、さらにそのまま、なけなしの魔力で結界を展開しました。
「…<
「マリョクガ、タリテ、オラン。…<
「くっ、きゃあ……」
しかし魔力不足で私の魔法は発動せず、かろうじて集まった魔力が相手の魔法の軌道をそらしたものの、私の体は木の葉のように跳ね飛ばされました。
「くっ……まだ……」
「オワリダ…<
「ごめんなさい、みんな。でも、まだ死にたくない……お兄ちゃん、助けて」
「<
私がすべてを諦め、目を瞑った瞬間でした。一番聞きたかったあの声が空から響いて、轟音とともに目の前の魔人が吹き飛ばされて……そしてしばらくして私の体が持ち上げられました。
「クライス、兄さま……」
「えっ……リリアか。……って、何でこんなところにいるんだよ」
「私も、魔導士、なんです」
「……そうか。今はゆっくり休んでていいよ」
「はい」
「…<
「お兄様、後は任せまし、た……」
「ああ、起きるころにはすべてを終わらせておく」
お兄さまの体温と温かい治癒魔法の光に包まれて、私はそっと目を閉じました。もう、私たちの勝利は揺るがないと信じて。
「さてと、そこの兵士」
「あっ、はい。……ええっと、クライス様ですよね」
「ああ。リリアを頼む」
「分かりました。丁重に後方に送り届けます」
「後、軍は離れさせてくれ。……余波でどうなるか分からないからな」
「……分かりました。ただちに」
さて、ひとまずリリアと軍が離れたら戦闘開始といこうか。一応、すでにこの周辺は星魔法の結界で囲っているのだが、念のためにな。さて、時間稼ぎに情報でも聞き出すとするか。
「それにしても、丈夫な体だな」
「キサマ。マジンヲ、ナメテ、イルノカ」
「いや、全然。ただ、結構本気で撃ったんだがな、<
事実、俺があの時に撃った<
「タカガ、アノテイドノ、マホウデ、ワタシヲ、ガイセルト、デモ、オモッテ、イタノカ」
「いや、ちょっと失敗したな。人が襲われてるのを見て、少し焦りすぎた」
「ホウ、アマイナ、ヒトノコヨ」
「そうなんだろうな、きっと」
俺が甘い人間だとかいうことはとうに自覚している。そうでなければ、大学へ隠れて研究した上にその場で半ば自殺するような真似までして、詩帆を助けたりしなかっただろうから。
「それで、魔神は復活したのか」
「マジンサマハ、マモナク、フッカツスル。ワレラガ、チカラヲ、アツメサエ、スレバ」
「なるほど……復活までは秒読みってことか。じゃあ、お前を今この場で吹き飛ばせば、少しは復活が遅れさせられるのかな」
「フッ、ワレヲ、ナモナキ、マリョクノ、カタマリニ、デキルノナラナ」
こういう会話をしていると、魔人が発声が苦手なだけで知能はそれなりに高いことが伝わってきた。千年前はそうでもなかったようだから、この千年で魔人も進歩したのかな。
「他の魔人は、もうこの世界にいるのか」
「コタエルトデモ、オモッタカ」
「いや、全然」
「ナラ、ソロソロイイカ。ジカンカセギハ」
「はあ、そこまで理解して付き合ってくれていたのか」
「ワレラヲ、ソコマデ、ナメテ、クレルナ」
「分かったよ。…<
兵士たちが十分に離れたところで、俺は魔人に促されるようにして周囲に新たな結界を張った。
「コレハ……」
「物理魔法第六階位<
「ナルホド……キサマ、ナハ」
「名前か。クライス・フォン・ヴェルディド・フィールダー。少しばかり魔術をかじった物理学者だよ」
「ソウカ。サキホドノ、コトバ、テイセイシヨウ。マホウヲ、カジタット、イウ、チカラデハ、ナイゾ」
「そうらしい。魔法の才能はあるって師匠に言われたよ。で、あんたの名前は」
「マジンニ、ナナド、ナイ」
「そうか……」
どうやら、和やかに会話ができるのはここまでのようだ。魔人が魔力を高めだしたのを見て、俺はゆっくりと距離を取った。
「じゃあ、行こうかな」
「イツデモ、コイ」
「はあ、別に降参するなら、してもらってもいいけど」
「インペイシテ、イルノダロウ、ガ、セイゼイ、ジョウキュウ、マジュツシ、テイドダロウ、タカガ、ソノ、テイドデ、ワレノ、マジュツハ、ウケトメキレンゾ」
「へっ、上級……あっ、魔力隠蔽しっぱなしだったわ。……<
そういえば、街に帰るから目立ちたくないと思ったのと、魔物に襲われないように師匠の家を出てすぐに、自身の魔力量を隠蔽していたことを忘れていた。戦闘前に気づけて良かったよ。と、思ったら魔人が震えてるな。
「ナ、ナンナノダ、ソノ、バカゲタ、マリョクハ……」
「ああ、魔神並みらしいぞ」
「クッ、マサカ、コンナ、トコロニ、ケンジャガ、イルトハ」
「あっ、それ名乗りに使おうかな。八番目の賢者、クライスです。って……そんな場合じゃないか」
「キサマ、タカガ、マリョクリョウガ、オオイダケデ、チョウシニ、ノルナ」
そう言って、俺に飛び込んできた魔人を杖で払う。続けさまに手元で<
「お前、本気でやってるのか」
「ワレヲ、グロウ、スルカ」
いや、実際ものすごく弱く感じたのだ。いや、体感で赤竜よりはるかに強いことは分かる。……ただ
「手応えがないんだよな……師匠とセーラさんに毒されすぎたかな」
「ナメルナ……ガホウウッツ」
「あら、やりすぎたかな」
俺が軽い気で放った杖の一振りは、簡単に魔人を数十メートル程吹き飛ばした。メビウスさん作成の<
「じゃあ、魔人」
「ナ、ナンダ……」
「ちょうどいいから、俺の新魔法の実験台になってもらおうか」
後に「英雄の狂気的魔術実験」として歴史書に残ることとなる、魔法実験……もとい一方的な虐殺が始まろうとしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます