第三章 魔人の復活と王都への旅編
第二十九話 フィールダー子爵領は平和……とはいかないようで
「ねえ、アレクス君」
「なんだい、マリー」
春のフィールダー子爵領の街並みでは、多くの人々が行きかっていた。そんな中、俺の隣を歩いていたマリーが俺を見上げて言った。
しかしこの数年で美少女から美人と言われるまでに成長した彼女に上目づかいで見上げられると、少しドキッと来るものがあるなあ、うん。
「あの、今日ってさあ」
「ああ、クライスの誕生日だろ」
「うん、十五歳のね。だからさあ……」
「分かってるよ。たぶん戻って来るだろうし、今日は中心街のあたりでも散策しようか」
「うん、そうしよう」
クライス・フォン・ヴェルディド・フィールダー。俺たちが仕えるフィールダー子爵家の三男であり、魔法の天才。そして俺とマリーを婚約させてくれる一因となった、俺の親友だ。
「クライス、どんなふうになってるのかなあ」
「仙人みたいに髭生やしてたりとか」
「それはないだろうけど。なんかさらに化け物になってる気はするんだよなあ」
「フフ、それはそうかも」
「だろう。……そうだリサは今日空いてるって言ってたか」
「空けてるって言ってたよ。クライス君の成長が気になるからって」
「だろうな。あいつならそう言いそうだよ」
「でしょう。あっ、リサちゃんいたよ」
などと話しながら歩いていくと、通りに面した広場でリサが待っていた。
「二人とも、仲が良いようで何よりだけど……公衆の面前で、これ見よがしにイチャつくな」
「キャア。もう、リサちゃん私、そこ弱いん、だか、ら」
いつものように俺たちのイチャつきに突っかかったリサがマリーをくすぐり始め、女子同士でじゃれ合い始めたのを見て手持ち無沙汰になった俺は仕方なく一言、声をかけてから一人でその辺を散策してくることにした。
「ハア、まったくいつまでたってもリサはマイペースだというか何と言うか。おっ、この人だかりは何だ」
さて、通りに戻ってしばらく歩くと人だかりができていた。そこを覗き込むと、どうやらその奥の店で劇をやるようだ。
「ええと、タイトルは……「赤竜殺しの英雄」。これクライスが見たら卒倒するだろうなあ」
まあタイトル通りこの町を救った英雄の話だ。その主人公となっているのが俺の親友クライスだった。五年前にこの領地はAランクという小国程度なら一体で壊滅させることのできるほどの脅威度を持った赤竜に襲われたのだ。
後で父から聞いた話によると、仮に騎士団が最速で間に合ったとしても、この領の犠牲者は軽く四桁に達していただろうとのことだ。ところが実際に出たのは重傷者が三人だけ。一人は俺で、もう一人が門の守備隊長であるラムスさん。そして最後の一人がクライスだった。
クライスは十歳にして災害クラスの化け物、赤竜をたった一人で討伐してしまったのだ。その赤竜を討伐した功績によってこの領は男爵領から子爵領に格上げされたわけだから、そういう意味でもあいつは英雄と言う訳だ。
「おっ、そろそろ始まるな。……うーん、全部見るには時間が足りないか。まあ、少し見てから帰ろう」
クライスのことを思い返していたら、かなり時間が経っていたようで気が付いたら十分ほど経過していた。と、それと同時に劇が始まるようで、司会役の男が舞台上に出てきた。
「お集りの皆様、今日はショーステージにお集まりいただき、ありがとうございます。それではごゆっくりお楽しみくださいませ」
「……これは厄災を退けた英雄の話。たった数年前の英雄譚……この地を襲った赤竜を撃退した青年の話…」
同時刻 フィールダー子爵邸内執務室
「ミレニア」
「はい、今日はクライスが帰ってくる日だったと記憶しているのだが……」
「ええ、あの子の十五歳の誕生日ですからね」
「ああ。そこで今日はすこし宴会としようか」
「もちろんそのつもりで、すでに各所に用意させています」
「うむさすがだな」
私の治めるフィールダー子爵領はとても穏やかで平和な土地だ。さらに五年前に起こった赤竜襲来も私の息子が人的損失を一人も出さずに、単独で討伐してしまった。おかげでその爵位が上がったとも言えるわけで、私は息子に頭が上がらないのだ。おそらくそれは他の兄妹達も同じだとは思うのだが……んっ、そういえば
「ミレニア。セリアは修練場に、シルバは自室に籠っていると聞いていたが……リリアはどうしたんだ」
「ええ、確かあなたが今日はクライスが戻って来るから家にいろと言っていましたから、自室にいるかと……」
「そうか……」
「旦那様、奥様。大変です」
「どうした、何があった」
「じ、実はリリア様の部屋にこんな置手紙が……」
その使用人の反応で内容はだいたい掴めたが、一応その手紙の内容を確認することにした。
「……クライスお兄様を門まで迎えに行ってきます。そこで見つからなければ館に戻りますのでご心配なさらず……あの子は本当に、面倒なことを」
「すぐに捜索を……」
「待ってちょうだい。いいから、落ち着いて」
「いえ、しかし……」
「大丈夫よ、あの子は放っておいて。ねえ、あなた」
「……まあ、街の中なら何もないだろうしな」
「で、ですが……」
それでも慌てる使用人に妻が言った。
「大丈夫よ。だってあの子はあのクライスの妹だから」
使用人をなだめる役をミレニアに任せると、私は執務に戻った。
二十分後……俺は必死に笑いをこらえながら劇を見ていた。
「プフ……お父様、僕があの赤竜を打ち取ってみせます。さあ、赤竜覚悟しろ、この僕が相手だ……だ、誰だよあれ」
その劇中のクライス役はもう、英雄的脚色がされすぎて全くの別人となっていた。と思っていた矢先、後ろから声がかけられた。
「こら、アレクス。婚約者をほっぽってどこに行ったのかと思えば……」
「本当ですよ。しかもこれ、クライス君の劇ですか。……帰ってきたら、卒倒しそうですね」
「ああ、俺も同じことを思った」
「二人揃って、話を逸らすな」
「悪い悪い。それよりもう劇も終わるから、少し待てって」
「はあ……逃げないでよ」
「逃げるわけがないだろ」
さて、バカなことを言いあっている間に、劇はクライマックスシーンであるクライスが赤竜の口に杖を差し込むシーンに移っていた。
「赤竜よ永遠に眠れ」
「グアワー――」
「ああ、こうして死闘の末、クライス様は赤竜を打倒されたのだった。これが我々の記憶に残る最も新しい英雄譚である」
「我々の勝利だあ……ゴボッツ」
「……おい、どうした。まったく最後の最後でむせるな……よ」
そして勝どきを上げたクライス役の青年の体が突如崩れ落ちた。……瞬間、少年の腹部から血がほとばしった。
「キャー」
誰かが叫んだのを皮切りに、誰もが我先にと出口から出ようとした時だった。青年の後ろから右手を鮮血に染めたローブ姿の人物が現れた。だがその人物の顔はとても人の物とは思えなかった。
「ま、魔人……」
「ホウ、ソノナヲ、シッテ、イルノカ」
その人物の姿を見てリサが呟くと、その言葉に反応してその人物は聞き取りづらい声で話した。
「ま、魔人ってあの魔人か」
「ええ、たぶん。千年前に魔神が滅んだ時に消えたはずなんだけど……」
「ホロンデナド、イナイ。マジンサマハ、フッカツ、スル」
「ど、どういう意味……」
「リサちゃん。それより逃げよう」
「ああ、二人とも逃げろ。殿は俺だ」
そのまま、さらに前に出て魔人に剣を向ける。正直言って、勝てそうもない相手だ。だが、それでもフィールダー子爵領軍の末席にいる者なら、領民をこの状況でも守り抜くのが責務だろう。
「ホホウ、ソノ、ジツリョク、デ、ワガマエニタツカ。オマエナド、タテニモ、ナラン。ケシトベ……<
「くそっ、こんな数防ぎきれない」
「……<
魔人が劇場内全体に数えきれないほど放った<
「フム、マサカ、キサマガ、セキリュウゴロシカ」
「えっ、クライスか」
「違います。私はお兄様ではありません」
「んっ、お兄様。……そしてこの聞き覚えのある声はまさか……リリア様」
「はい、アレクスさん。それより急いでみなさんを連れてこの劇場を出てください」
ローブのフードを取ると、中に見えた顔は子爵家の長女リリア様だった。
「むしろ逆だ。僕が食い止めるから君が逃げてくれ」
「じゃあ、この魔人をアレクスさんはどうにかできるんですか」
「うう、でも君はまだ……」
「もう十三歳です。それを言うならお兄様は十歳で赤竜と戦っています」
「……分かった」
「ちょっ、アレクス。リリア様に殿を務めさせるって、本気で言ってるの」
「それが最善だ」
他の領民たちはすでに逃げ去ってしまっていたが、俺の傍を離れないマリーとリサはまだ残っていた。そんな二人にリリア様は笑って言った。
「二人とも、大丈夫ですよ」
「し、しかし……」
「魔人に光魔法は有効です。なにより、私は殲滅する必要はありません。押さえ込む……というか最悪、時間を稼げれば……お兄様が帰ってきます」
「そうだな。ついでに、さっさと俺たちが戻って救援を呼ぶこと……後は、俺たちがいない方が全力が出せるだろうし、な」
「……分かりました。行こう、リサちゃん」
そうして俺が最後に劇場のドアをくぐった。そのまま一気に俺は領主館へと急いだ。
「ワカレノ、アイサツハ、スンダカ」
「あら、それはあなたが必要なのでは」
「イウナ、コムスメヨ」
アレクスさんが劇場を出た後、私は自身の体に徐々に水魔法の身体能力強化をかけて、さらに自動回復魔法も展開した。ああ啖呵を切ったものの、私の使える魔法は光と水と風だけだ。攻撃や防御に適した火や土を扱えない以上、水魔法や風魔法で攻撃を受け流しながら光魔法で削っていくしかない。
「フム……<
「…<
魔人が発動してきた<
「ウエ、カ…<
「…<
もう一度、魔人の魔法を回避してから劇場の屋根を突き破って上空に逃げる。その数秒後、魔人も天井を突き破って現れた。
「フム、ニゲルダケカ。オモシロミノナイ」
「いいですよ、別に。……私の役割は時間稼ぎですから…<
「ナニヲ……」
私が<
「リリア様、ご無事でしたか」
「リリア様、大丈夫ですか」
「ええ、無事です。……まあ少し疲れましたけど」
「とにかくお怪我がなくて何よりです」
さて転移した瞬間、従士長とリサとマリーに囲まれてしまった。まあ当然ですよね。一応貴族子女ですし、そういうところには気を付けないと。
「さて、後は領軍で時間を稼いでクライス様が帰ってくるのを待ちましょうか」
「そうですね。まあ、遅れていたとしても、この分なら時間をかければ討伐できそうで……」
「従士長、大変です。弓部隊、全滅です」
「何、どういうことだ」
「それが、いきなり魔法で両側の住居を破壊されて、とっさに避けたのですが、その先にも魔法を撃ち込まれまして……」
「重傷者は、死者は」
「現時点で死者三名。重傷者十四名です」
「くそっ。原状復帰可能な兵は」
「治癒魔法無しで行けるとしたら二、三名ですかね」
そのとき、再び遠くから爆音が響いた。
「まずいですよ。このままだと隊列が組めなくなります」
「くっ、戦闘を中断して領民の避難を優先しろ。少しづつ下がって時間稼げ」
「分かりました。……重傷者は」
「遅延戦闘でなら余力があるはずだ。後方支援部隊に担がせて下げろ」
「待って下さい。……私が前線に立ちます。そして転移で重傷者を回収します」
「し、しかし……」
「心配ないですよ」
もちろん私はだって不安だった。でも……
「だって、少し時間を稼げば兄様が来てくれるはずでしょう」
「……分かりました。しかしあくまで回収だけです」
「それは分かっています」
私は震える足を押さえつけて、転移で爆音の方向へと飛んだ。
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