第二十八話 再びの旅立ちと師匠からの餞別


「ふう。そろそろ終わりにしようかな」


俺は早朝、雪原の上で一人たたずんでいた。何もない白銀の空間はとても美しかった。


「この光景もしばらく見納めかあ……」


そのまま黄昏ていた俺だったが、ふと後ろに気配を感じ、それに悟られないように手の中で魔力を練り上げた。だが、その気配の背後にもう一つ、気配があるのに気が付いた俺はすぐに魔力を霧散させた。


「師匠、いるのは分かってます。後、そいつは消してから来てくださいよ」

「……<霊炎の槍フレイムジャベリン>」


その瞬間、俺の背後にいたスノードラゴンが一瞬にして灰となった。そのまま振り返ると、呆れた顔をした師匠が立っていた。


「まったく、師匠をこき使う弟子だねえ」

「いや、師匠ならそれぐらい朝飯前でしょう」

「まあ、そうなんだが。…というか本当に朝ごはんができたから君を呼んで来いとセーラに言われたんだがね」

「ああ、そうなんですか。じゃあ行きましょうか。後、ついでに…<火球ファイアボール>」


師匠と話しながらも後ろからの気配に気づいていた俺は、凝縮させた<火球ファイアボール>をスノードラゴンの脳髄に打ち込んで、瞬殺しておいた。

それを見て、師匠が自嘲気味に言った。


「はあ、私はとんでもない化け物魔術師を育ててしまった気がするよ」

「今さらですか。既存の全ての魔術を叩き込んだのも、物理魔法のアドバイスをくれたのも全て師匠ですからね」

「……分かってるから、こういう言い方なんだろう。それより、さっさと帰るよ」

「確かに。……セーラさんを怒らせると怖い……でも、俺は関係ないか」

「後で気まずくなる私のことも考えてくれ」

「冗談ですよ。じゃあ帰りましょうか」


俺はゆっくりと師匠とともに雪原を歩き始めた。


「あら、転移は使わないのかい」

「最後の日ですし。師匠とスノードラゴンを狩りながら、のんびりお話ししようかと」

「そうかい。…<麻痺の雷撃スタンボム>。クライス君」

「もう、とどめぐらい刺してくださいよ…<爆炎弾マグマボム>」


師匠が動きを止めた魔物数匹を、爆発魔法で吹き飛ばして先に進む。


「いやあ、雪に被害を出さない的確な魔法だ」

「師匠がそのレベルのコントロールができるまで、僕を魔術の結界内に閉じ込めましたからね」

「……そういえば、そんなこともあったねえ」

「セーラさんに、俺がいないことをうまく誤魔化してましたから、黙っていたんですが……出発前に言っちゃおうかな」

「ま、待ってくれ。それは三日や四日の折檻じゃすまなくなる…<爆炎弾マグマボム>」

「冗談ですよ」

「ふう。……ああ、そういえば言い忘れてた」


焦りながらも横から飛び掛かってきたスノードラゴンを灰にした師匠が立ち止まって言った。


「なんですか、いきなり」

「いや、このタイミングで言うと賄賂みたいだから言いたくないんだが」

「賄賂を渡すのなら、速攻でセーラさんにあの件報告しますけど」

「いや、賄賂じゃないから。餞別だよ、餞別。師匠から君へのね」

「ふーん。……やばいものが出てくるんじゃないでしょうね」

「たぶん大丈夫だろうとは思うよ。セーラも納得してくれるだろうから。……というわけでまずはこいつらを吹き飛ばしてから朝食といこうか」

「……はあ。まあセーラさんがいいっていう物なら大丈夫でしょうし……確かに先にこいつらですか」


俺と師匠の正面には片っ端から惨殺したせいで、集まって来ていた魔物の大群がいた。……その数は千弱というところかな。


「……まあ、この程度は速攻で片づけましょうか。師匠は右半分を一撃でお願いします」

「分かってるよ。まったく面倒くさいことを」

「あれ、できませんでした」

「攻撃魔法の賢者を舐めないでくれ。なんなら一撃でこの程度は吹き飛ばせるからね」

「分かってますよ。……じゃあ一撃でいきますよ…<神炎空間創造ビッグバンフレア>」

「では私も行こうか…<七柱の神撃セブンスヘブン>」


当然この二人にとっては足を止めることすらできず、この日の早朝だけでこの山の八割方の魔物は狩りつくされたという。





「クライス君。君の最後の日だから奮発しちゃった」

「いや、奮発って……」


師匠と魔物を殲滅してから帰った俺の目の前にはこれでもかと言うほどの豪勢な料理が並んでいた。高級ホテルのバイキング、といった感じだ。


「なあ、セーラ。いくらなんでもこれは多すぎないか」

「さすがに張り切って作りすぎちゃったのよね」

「いや、これ朝に食べる料理にしては重過ぎるというか……」

「大丈夫よ。余ったらクライス君のお弁当にするし、それでも余ったら、今日の私達の昼と夜の手間が省けるから」

「……じゃあ、ありがたくいただきますか」

「ええ、是非満足するまで食べていって」


一時間後……


「セーラさん、もうギブ、です」

「ああ、私もな」

「そう、まだかなり残ってるわよ。……まあ、お弁当と今日のご飯にすればいいわね」


セーラさんが山のように俺と師匠の皿に料理を置いてきたために、それをすべて処理した俺と師匠の腹は限界を迎えていた。これでも水属性の治癒魔法で内臓機能を向上させていたんだけどな。たぶん師匠も同じことをしているのだが、今日はそれ以上にセーラさんの注ぐペースが早かったという訳だ。



「ふう。……やっと落ち着いた。クライス君、大丈夫かい」

「ええ、なんとか」

「それで、マーリスさん。私に話しておきたいことって何かしら」

「クライス君に七賢者の杖とローブを預けてもいいか」

「ええ、好きなのを持っていくのがいいわ」

「すみません。話について行けないんですが」


食後、水属性の治療魔法で消化を促進し、お茶を飲んで一息ついたタイミングだった。師匠が先ほどの餞別の話をしだした。


「だいたい分かるだろう。さっきの餞別の件だよ」

「いや、それは分かるんですけど……七賢者の装備をいただけるんですか」

「そういうことだね。……とりあえず私の部屋に来なさい」


そう言いながら師匠が部屋に入っていったのをセーラさんと一緒に追いかけた。すると、師匠の部屋の本棚の一つが消えていた。


「えっ、本棚が消えてる」

「あれはただ<変異空間イリュージョンルーム>に入れただけでしょ」

「えっ、でもあの中にあるのって貴重な魔導書ですよね。消えたらまずいんじゃ」

「短時間なら絶対に消えないわよ。それにあそこにあるのは全て写本。原本はその奥の部屋よ」

「……なるほど、隠し部屋。ですか」


そして消えた本棚の後ろにはぽっかりと空間が開いていた。そのままその先に進むと、そこには魔導書や装備品が整然と並べられていた。


「これが七賢者の装備ですか」

「ああ、あの日に七賢者全員の装備は私がすべて回収した。……性能の面で表に出すには危険が多すぎたからね」

「そうでしたか……その真ん中の石柱は何ですか」

「その下には……みんなが眠っている」

「そうですか……」


おそらく七賢者の遺骨や思い出の品などが収められているのだろうと想像して、そっと目を閉じ黙とうをささげた。


そして十分な間を開けてから師匠に尋ねた。


「それでこの中のどの杖とローブを持ち出してもいいんですか」

「ああ、君にもっとも適したものをね」

「じゃあ、さっそく右から順に見ていきましょうか」


そう言って、一番右に目を向けるとこげ茶のローブと、手にすっぽり収まるような細身の金属製の杖が立てかけてあった。


「これはジェニスさんの物よ。彼の専門であった<錬金アルケミス>とかの物質の合成魔法の微細な操作に向いている杖よ。ローブの方は土魔法の権威であった彼らしい、金属鎧の数倍の物理防御力を持っているわ」

「へー。持ってみてもいいですか」

「ああ、どうぞ」


杖自体は軽いし、かなり細かい魔力の調節が行えるようだ。後、ローブの方の耐久性はかなり高そうだ。近接戦闘も行うのでこれはかなりありがたい。

ちなみに魔術師は杖なしでも、もちろん魔法が使える。が、杖に限らず魔力を増幅するものがあった方が、威力や精度が上昇するので、高位の魔術師は杖を持つのが普通なんだとか。


「いいですけど……この杖、たぶん俺の全力の魔力を流すのには向いてませんね」

「まあ、そうよね」

「そう言うだろうと思っていたから、最初に見て正解だな。ローブの方は候補に残しておくかい」

「そうします」

「じゃあ、次はその隣だね」


さて、その隣には真紅のローブと、先端に青い大きな魔石が付き、さらに全体に細かい透明な魔石を散りばめた青い杖があった。


「この杖は……ラニアさんの、ですかね」

「正解だよ。ローブも杖も彼女の開発した星魔法の強化用に環境魔力をすさまじい勢いで吸って行く杖だよ」

「あっ、これ試さなくていいです」

「えっ、いいの?」

「はい、見ただけで攻撃力、魔法威力特化型ですし、真紅のローブは派手すぎて……」

「まあ、君がそういうのならいいよ」

「じゃあ、こっからはバランス型だから。たぶん、いいのが見つかると思うんだが」


さて、そのまま隣を見ると、他の物と比べてひときわ小さい黒のローブと、先端についている魔石だけが馬鹿でかい小さな杖があった。


「これはスリフちゃんのよ」

「でしょうね」

「性能は結界魔法の仕様に適して、広範囲への魔力を展開するのに向いた杖だから……あなたの物理魔法とも相性がいいと思うけど」

「持てると思いますか、着れると思いますか」

「思わないよ。だから、これはあくまで紹介するだけだから」

「はあ、こんなときでもしょうもないことしないでくださいよ」

「ゴメン、ゴメン」

「はあ……さてと、残っているのはメビウスさんのと、大賢者グラスリーさんのか」


さて残っているのを見渡すと、一セットは淡い紺色のローブと、金属で装飾が施された木の杖。もう一セットは純黒のローブと、先端に透明な魔石の付いた武骨な木の杖だった。


「師匠たちの話から、紺色のローブの方がメビウスさんのですよね」

「ああ、そうだよ」

「じゃあ、ちょっと失礼して……」


まずはメビウスさんの杖を手に持ってみることにした。重さはそこまで重くないし、デザインもそこまで派手ではないし、何より付与魔法と結界魔法という制御の細かい魔法を扱うのに適した杖である上に、大規模な結界魔法などの行使のためか、魔力もそれなりに通せるので……これはかなり使い勝手がいいな。


「なんか、今までとの差が激しすぎませんか」

「そうだろうね。メビウスは付与・結界魔法とかの補助魔法が得意ではあったけど、普通に攻撃魔法も超越級とかガンガン使ってたからねえ」

「あっ、そうなんですか。それにローブの方も耐久性も高そうですし……」

「ああ、そうよ。たしかメビウス君のローブって不死鳥フェニックスの尾羽を縫い込んであるから自動再生も効くわよ」

「能力が異常ですね」

「大丈夫よ。他のメンバーのローブや杖にも少なからず、おかしな素材が使われてるから」

「へー。……聞くのは止めておきます」

「それで、メビウスのにするかい」

「いや、一応最後に大賢者様のを見てから考えます」


その大賢者の杖は武骨な木の杖だったが、妙に持ち重りがした。


「師匠、なんかこれ……重くないですか」

「ああ、私たちも大賢者様の装備はよく知らないんだよね。たぶん、魔力の伝導性の高さ的にその杖の木が魔物由来の物であるだけじゃなく、持ち重り的に中にミスリルやオリハルコンとかの魔法金属が埋め込まれてるんだとは思うんだけど……」

「そうなんですか……って、師匠。な、なんか俺の魔力を通したらこの魔石が光りだしたんですけど」


そのとき、俺の魔力を通した大賢者様の杖の魔石が淡く光りだした。


「なるほど、クライス君との魔力の親和性の高さで魔石が反応したみたいね。ということはあの魔石って世界の外側の魔力を固めて作っていたみたいね」

「外側って……魔力空間のことですか」

「たぶんね。だから君の魔力に反応して……その杖はより君の魔力を高めるだろう」

「……杖、もう決まりですね」


自身との親和性がそこまで高いのなら、魔法威力の増加にもなるだろうし願ってもないことだ。……メビウスさんの杖と悩むところではあるが、師匠たちも太鼓判を押してくれたしこれに決めておこう。


「ローブはどうするんだい」

「うーん、ジェニスさんのとメビウスさんの、後は大賢者様の次第……だったんですが」

「一つ言っておくと、大賢者様のローブはメビウスのローブの上位互換だよ。だから私はこれを勧めるね」

「はい、分かりました。じゃあ大賢者様の装備、もらっていきますよ」

「少し待ってね、クライス君。丈を合わせるから」


そう言って、いつのまにか俺の背後に回っていたセーラさんが、俺にローブを着せた。そのままそれの下の方を高速で裾上げしていた。


「よし、終わりよ。……どう着心地は」

「いいですね。そんなに暑くないですし」

「昔、七賢者のローブは私が風魔法で温度調整がされるように改良したのよ。まあ、その術式を作ってくれたのはメビウス君なんだけどね」

「そうなんですか……」


さて自分で着てみると、このローブと杖の俺に対する魔力の親和性が非常に高いことがよく分かる。大賢者様はおそらくこの装備で自身の魔力質を世界の原質に近づけて、魔法行使をしやすくしていたのだろう。そしてその能力は俺が着るとさらに増幅されると言う訳だ。




「じゃあ、クライス君」

「ええ、五年間お世話になりました」

「フフ、いいのよ。私たちも楽しかったから」


数分後、俺は自身の部屋によってから家の外に出ていた。そろそろ出発の時間だったからだ。


「さて、君の誕生日プレゼント代わりにもなっているそのローブと杖。大切にしてくれよ」

「分かってますよ。それと大賢者様の名に恥じない使い方をしますから」

「そうかい」

「二人とも、表情が硬いわね。そろそろ普通に戻したらどう」


俺と師匠の顔はこの時、かなり仏頂面をしていたと思う。……お堅い別れのシーンを演出していたからだ。


「冗談ですよ。それより師匠」

「どうかしたかい」

「いえ、僕がいなくなってもセーラさんにひどい真似しないでくださいよ」

「いや、されるのは私の方じゃないかな」

「あら、それはどういう意味かしら」

「まあまあ、その話は僕が行ってからにしましょう」

「そうね。……マーリスさん、逃げないでね」

「……はい」


俺がこの時言いたかったのは、夜にセーラさんを襲うな、という意味だったのだが……まあ、場も和んだしそれでいいとしようか。


「じゃあ、そろそろ行きますよ」

「ああ。気を付けるんだよ」

「お弁当も食べておいてね」

「了解です。まあ、いつも訓練している山ですから危険はないですよ」

「そうかい。じゃあ、また近々会いに行くから」

「……いや、僕から行きますよ」


師匠が最後に言った言葉が俺を戦慄させた。町で会ったときにノリで上級魔法でも撃たれた日にはたまらないし。


「じゃあ、僕そろそろ行きますよ」

「何を焦っているのか知れないけれど……まあ気を付けて」

「クライス君、この人がそんなことをしないよう、きっちり見張っておくから」

「分かりました。……ではまた…<身体能力強化ステータスアップ>…<空中歩行ウィンドウォーク>…<転移テレポート>」


そのまま俺は上空へ転移し、空の上を走りだした。





「行っちゃたわね」

「ああ。あっという間にね」

「心配はしていないけれど、あの子に重いものを背負わせてしまったかしらね」

「気にするな。クライス君ならあの程度、鼻で笑って成し遂げるだろうよ」

「そうね」

「それに私たちも、もう一度戦うんだ。……今度こそ魔神を消滅させるために」


後に残された二人は、消えた少年の方向をしばらく見つめていた。

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