おのみちのみち
やましん(テンパー)
『おのみちのみち』
ある日、仕事場でぼくは崩壊しました。
けっこう混乱していて、もう、先は全く見えていませんでした。
『もうだめです。病院行きます!』
お客様も見ていたであろう中で、ぼくは上司や部下や同僚たちに告げてまわりました。
そうして、その後、駆け込むように、お医者様に助けを求めました。
それからぼくは、いったい何を思ったのか、えんえんと尾道の街まで、さまよいました。
そう滅多には行けないところだけれど、ここは良い街です。
しかし、またここは、長崎と同様に坂道の街です。
神戸のように、広い道路が縦横に走っているわけでもなく、人間がやっと上り下りできるくらいの道が、沢山あるようです。
山と海と、そうして、お寺の街です。
なんとなく、ふらふらで、夢うつつで、ごむ草履履きだったぼくは、千光寺から降りてくる途中で、つまづいて転びました。
***** *****
気が付くと、ぼくは、どこかのお寺の、広い法堂のようなところに寝ておりました。
ふと見ると、小さな男の子が、目の前にいるのです。
「おじさんは、天国に行きたいのかな?」
少年は、そう尋ねてきました。
「どうして、そう聞くのかな?」
彼は首を少し斜めにしながら答えたのです。
「だって、死にたいとか言って、山道を歩いていたから。」
なぜ、ぼくがそんなことをつぶやいていたのを、この子は知っているのでしょうか。
不思議な少年です。
「君は、ここの子供さん?」
「まあ、そうかなあ・・・ぼくはどこの子供でもあり、また、ここの子供でもない。そういう位置ずけだから。」
「ふうん、さすがお寺の子供さんだけのことはありますかなあ、それは禅問答ですか?」
「いやいや、そうじゃやないけどね。おじさんが、天国に行きたいと言うのならば、可哀そうだから連れてってあげるよ。」
「わわわ、きみは、かみさまとかほとけさまとか、はたまた、ゆうれいさんとか?」
「ううん・・・そうだね、全てが正解ですが、すべてが間違いかな。」
「わからないなあ、ぼくには。まったく。意味不明です。」
「意味がまだよく解らないから、人間には大切なことなんだよ。ときに、天国に行く前に、ご質問があれば、どうぞ。」
「では、ぼくは、仏教徒の家柄ですが、モーツアルトさんの『アヴェ・ヴェルム・コルプス』のほうが、お経より好きです。それだと、天国に入れないですか?」
「おおお、それはまた、おじさんて、けっこう面白い人だね。そう言う質問は、ひさしぶりだもの。」
「じゃあ、初めてでも無いんだね。」
「そうそう、人間の質問事項に、これが初めてというものは、滅多にないものな。」
「まあ、やはり、そうなんだろうけどもなあ。でも、気にはなるでしょう? もし、天国があるならばね。」
「ふうん・・・おじさんは、天国の存在を、確信していないんだ。」
「そうだなあ。たぶんね。」
「うん。それならそれでいいのさ。さっきの質問ならば、問題ないよ。天国には境目がない。見えない人には全く見えず、見たくない人は見なくてよい。天国は生きているあなたの中にだけある。地獄もね!! ちょっと、キャッチフレーズっぽいけどな。」
「そうなのか。じゃあ、やはり天国ではモーツアルトさんは、聞けないのかなあ。それなら、いやだなあ・・・・」
少年は、少し笑いました。
***** *****
もう一回気が付いたら、ぼくは、自動車の中で伸びていました。
足にはすり傷があって、まだ血がにじんでいるので、転んだことは確かなようです。
***** *****
帰り路では、どこかで道を間違えて、向島に行ってしまいました。
せっかくだから、スーパーで、缶ブラック・コーヒーを買いました。
『あの、どうやら、道に迷ったんですけど・・・』
とは、さすがに、誰にも言えませんでしたから。
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おのみちのみち やましん(テンパー) @yamashin-2
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