異世界召喚部

羽鳥紘

第1話

 ドンッ!


 全く警戒していない方向からの突然の衝撃に、俺はあえなくバランスを崩し、顔面から派手にすっ転んだ。


 何だ、何事だ。あまりに突然のことに理解が追いつかない。地面にはいつくばりながら呆然としていると、これまた突然、頭上から女の子の声が降ってきた。


「あー、あー。私は神じゃ。お前は今トラックに跳ねられて死亡した」


 ……そんな馬鹿な。

 愕然とする俺をよそに、声は先を続ける。


「しかしこれは私の手違いであって、本当はお前は死ぬ予定ではなかったのじゃ。そんなわけでお前に第二の人生を――」

「んなわけあるかーい!」


 勢い良くツッこみながら起き上がる。しかし、二度目の強い衝撃が後頭部を襲い、俺は再び地面に顔を叩きつけることになった。


 一体なんだ、何が起こったのだ。俺は学校の敷地内を歩いていたのであって、車が通っているわけがない。そんなことがあれば騒ぎになるし、いくら俺がぼんやりしていたとはいえ、気付かないはずがない。そしてトラックに轢かれたならすっ転んだだけで済む筈がないし、元気に起き上がれるわけがない。


 あちこち痛むのを我慢して起き上がると、俺の周りを数人の男女が取り囲んでいた。……否、訂正。数人の変人がいた。


 どう変人かというと、皆首から大きなプラカードを下げている。そこに書かれているのは『通行人1』『通行人2』『友達1』などなど……なんの意味があるのか知らないが、そいつらより目立って変なのが、底のない段ボールを身にまとった長い髪の女の子だった。とても小柄で、段ボールを両手で支えるのも大変そうである。


 その段ボールには、油性マジックで大きく『トラック』と書かれていた。因みに、少し気が強そうではあるけれど、とても可愛い顔立ちをしている。美少女と言って差し支えない。ただしそんな妙すぎる格好をしているため、トキメキはない。これが普通に曲がり角などでぶつかったのなら、キュンとするかもしれないが。


 その彼女が、突如ボトリと段ボールを落として絶望的な声を上げた。


「神が死んだ……」


 彼女の視線を追うと、足元に女の子がもう一人倒れていた。


 その理由が、俺が起き上がったときに勢いよく後頭部で一撃食らわせてしまったからだと気付くのには、少し時間がかかった。



   ◇



「ようこそ我が部へ!」


 俺が一撃昏倒させてしまったらしい女の子は、首に『神』と書かれたプラカードを下げていた。そんなことはどうでもいいのだが、その『神』と『トラック』の女の子に無理やり引きずられるようにして、誰もいない教室に連れ込まれたところだ。


 正直、こんなわけのわからないおかしな人達と関わり合いになりたくなかったが、大人しくついてきたのは決して、『神』の女の子も可愛かったから、それも好みドストライクな顔だったからというわけではない。決してない。


 ともあれ、彼女が口にしたセリフで、彼らが部活団体だとわかってほっとした。そうか、演劇部か。劇の練習中で、役が足りなくて探しているとかか。


「えっと、演劇部?」

「ううん、異世界転生部」

「あ、帰ります」


 即答すると、俺はサッと片手をあげて挨拶し、何事もなく教室を出ようとした。しかし、ささっとそれを止めるように先回りされ、進路を塞がれる。


「まあ、話くらい聞いていってよ。私は部長の春野陽風ハルノハルカ

「なんかゴロがいいような悪いような名前ですね」

「私の親のネーミングセンスがないって言いたいなら伝えておくわ」

「結構です」


 率直な感想を述べると、抑揚のない声が返ってきた。

 春野……先輩、かな。学年は名札の字によって色分けされているが、彼女のそれは三年を示す赤だ。


「自分だって似たようなものじゃないの。トーサキトールくん」

「いや、冬崎透フユサキトオルだし」


 自分の青字の名札を指して答えると、しばらく場は静寂に包まれた。


 ……まさか今の、素だったのか?


「コホン、まあいいわ。で、あっちが副部長」


 取り繕うようにそう言いつつ、先輩はトラックの少女の方を指した。それを受けて、彼女が口を開く。


八月ヤツキオーガストよ」


 ……はい?


 聞き間違いかと彼女の名札を見ると、確かにピンクの文字で『八月オーガスト』と書かれていた。

 っていうか、ピンクって何だ? 今年は青が一年、黒が二年、赤が三年のはずだ。


 ……ピンクって……何だ……?


「えっと、何年生ですか?」

「別に何年でもないわ。というか学生でもないし、地球人でもないわ!」


 そう口にして、彼女は背伸びして俺を見上げた。その顔は、文句なく可愛いんだけど。


「ワタシは異世界から来たのよ」

「帰ります!」


 ダッシュで教室から出ようとしたが、それまで空気のように存在感のなかった他の部員達がここで俊敏な動きを見せた。前後両側の扉の前に立ち塞がり、そして同時に窓を指し示す。


『お帰りならあちらからドウゾ』

「ちょっとまてぇぇぇい!」


 綺麗にハモった声に、またまた突っ込みを入れてしまった……うう、自分が憎い。


「高い所から落ちて気が付いたら異世界コースはご不満?」

「ええもうすっぱりきっぱり不満ですねッ! っていうかなんなんですかその異世界召喚とかなんとかって!」


 困惑したように問いかけてくる先輩に、ここぞとばかりに俺は叫んだ。困惑してるのはこっちの方だ。

 問いかけると、彼女は困り顔のまま小首を傾げた。


「知らないの? ホラ、ライトノベルとかネット小説によくあるアレよ。平凡な高校生が異世界に転移したり転生したりしてオレツエーとかオレスゲーとかなるアレ」

「いや、まあ、そりゃそーゆーの読んだことはありますよ」

「だと思ったー。だってトーサキ君、昨日本屋さんで買ってたでしょ、異世界ラノベ」


 ずさっと俺は先輩から距離を取った。その態度で察したのだろう、先輩がパタパタと顔の前で片手を振る。


「違う違う、ストーカーとかしてたわけじゃないから。そもそもトーサキ君ぜんぜん好みじゃないから安心して?」


 いくら変人とはいっても、好みド真ん中系の可愛い女の子からそのセリフはキツい。例え俺を安心させるための思いやりだとしてもだ。

 地味にダメージを受けている俺に気付くことなく、先輩はニコニコと笑いながら続ける。


「たまたまわたしも同じ本屋にいただけよ。同じ本を買いにね。だって昨日が発売日だもの、不思議じゃないよね」

「……じゃあ、なんで俺のことを知ってたんですか?」

「違う違う、逆だよ。今日トーサキ君を学校で見掛けて、あ、昨日同じ本買ってた人だって思ったんだよ」


 なるほど、そこまでは合点が行った。だがその後がわからない。


「で、なんで段ボールで突っ込んできたんですか……?」

「やっだなー、勧誘に決まってるじゃない」


 笑ってこともなげに言う先輩に、俺は一応、ほんとうに一応だけ、尋ねてみることにした。


「で、この部は何をする部なんですか?」


 途端、先輩はよくぞ聞いてくれた、と言うように得意げに手を腰に置き、胸を張ってふんぞり帰った。


「その名の通り、異世界モノが好きな人達が集って、実際に異世界に転生すべく日々研鑽を重ねる部よ!」

「帰りますね!!」


 俺はにっこり笑って叫びながら、三度目の正直で廊下側の窓を開けて教室を飛び出した。

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