素敵な物語の作り方
海乃ぐり
第1話 エマ・マーティン
――――イギリス・ロンドン 12月12日 16時5分 ―――――
『誕生日おめでとう。一緒にお祝い出来なくて父さんは悲しいよ。ケーキ冷蔵庫に入ってます。』
テーブルの上に置かれたメモには走り書きでそう書かれていた。
「・・・ふぅ、父さんは今日も仕事か・・・んっとー・・・ケーキ、ケーキ」
先程帰宅してそのままシャワーを浴びたエマは、ゴシゴシと濡れた栗色の髪を拭きながら冷蔵庫の扉を開けた。
冷蔵庫の中には大きなホールケーキの箱があり、その存在感を放っている。
箱の上部にある透明のビニールフィルムから中を少し見てみると、
<Happy 14th Birthday Emma 〉っと書かれたチョコレートの板がちょこんと乗っていた。
そう今日12月12日はエマの14歳の誕生日だ。
「っと、ケーキの前にご飯だよねー。今日は何を作ろうか・・?」
大きなケーキの箱を一度テーブルに取り出し、ごそごそと料理に使えそうな食材を物色する。
「あぁー・・・もう、父さぁんー、昨日買い出し当番だったよね?さては、行ってないなー」
はぁ。 っと少し大きな溜息が思わず漏れてしまう。
使いかけの人参、使いかけの玉ねぎ、そしてジャガイモがいくつかが出てきた。
「これは・・・・うぅーーん、普段なら確実に野菜スープになっちゃうんだろうけど・・・」
今日は一年に一度しかない自分の誕生日、もう少し豪華な食事にしたいものだ。
それも一人っきりで過ごす誕生日、その食事が野菜スープのみだなんて余計虚しさを加速させるだけだ。
「しょうがない・・・・買い出しに行こう。」
部屋の窓から見える街の景色はチラホラ雪が降っている。
せっかく温かいシャワーを浴びてホカホカに温まった体もすぐに冷えてしまうだろう。
これは父さんに何にか罰を与えなければ。
そう考えながら厚手のコートを着込み外に出る。
「うぅっ!やっぱり冷えるなぁ〜。ささっと済ませて帰ろう。」
シャリシャリと雪の積った通りを出てメインストリートに向かうと、街中に色とりどりの装飾とイルミネーションが見えてきた。
もうすぐクリスマスなのだ。
その為、パーティ用の雑貨や、パーティで使う料理の素材なんかのお店が多く、それを求める人達でいつもよりごった返していた。
人混みの中を縫うようにして目的のスーパーまで歩いていると、不意にコートに入れておいたスマホが着信を知らせる。
ディスプレイに表示される発信者の名前を見て少し気後れしてしまうが、この人はきっと出るまでかけ続けるのだろう。
そう思いながらスマホの通話ボタンを押した。
「もしもしかあさ『エーーーーーマぁ~~~~~!!お誕生日おめでとぉ~~~~!』」
「・・・・・。」
『ごめんねえ~~~折角の誕生日なのに一緒にお祝い出来なくて~~~~!急に急ぎのお仕事が入っちゃったの~!』
「かあさっ『もぉ~~~~!!ほんとだったら今頃※▽×○※ΔΦ......」
母さんはいつもこんな感じだ。
こっちの話なんか聞きやしない。
いつも強引に自分のペースに持っていくのだ。
イギリス人の父と日本人の母の間にエマ・マーティンは生まれた。
父はイギリスで弁護士をしており、毎日忙しいらしく帰宅も遅い事が多い。
その為、顔を合わせるのはほぼほぼ朝食を食べる短い時間ぐらいだ。
母はイベントプランナ―をしている。
特に最近はファンショーなんかを担当することが多いらしく、世界中を股にかけて仕事をしている。
今は母の母国、日本での仕事の為にこちらにはいないのだ。
そんな日々忙しく働いている両親に育てられたエマは、幼少期か積極的に家の事は手伝ってきたし、
ここ最近は何でも一人でこなす様になってきた。
寂しさを感じる事もあるが、多忙な仕事だと理解はしているし両親を誇りに思っている。
それに、いつも通り電話でマシンガンの様に話す母にたくさんの愛情を感じていた。
『Δ※○#▽δ※......』
「かあさん。かあさんっ!!ちょっと落ち着いて」
『はっ!エ、エマ!? やだ~ママったらまた一人でしゃべってたわぁ~』
ほおっておくと永遠にでもしゃべっていそうな母をなんとか落ち着かせる。
確か今、日本は朝だと思うんだけど・・・。
まったく、元気な母だ。
「ふう。で、かあさんはいつこっちに帰ってこれそうなの?」
『ん~~そうねぇ~~クリスマスには帰れると思うんだけどぉ~~・・・・』
「・・・ん。そっか、じゃ、今年のクリスマスは少し豪華な食事にしようか」
『やったぁ~~~~!ママ楽しみぃ~~~』
電話越しの声だけで小躍りしている母が容易に想像できて少し苦笑いしてしまう。
そういえば、去年もこんな話をしたなぁ・・・。
あ、一昨年もか。
結局、両親の仕事の都合で一人きりのクリスマスを過ごしたのだ。
今年もあまり期待はしない方がいいかな。
『ところでエマ。何でママの事を<かあさん>って呼ぶのぉ~~? ちゃんとママって呼んでくれなきゃやだやだやだぁ~』
「うっ、でもかあさ『マ~マ~!!』っ!」
エマからするとそろそろその呼び方はもう恥ずかしいと思っているのだが、普段中々会えない両親からすると、エマへの扱いが幼少期のままあまり進んでいないのかもしれない。
父さんも初めて呼び方を変えた時は、少し茫然とした後泣きながら「パ、パパは・・・パパだろう?そうだ!パパだ!パパと呼んでくれえええええ」っと少しパニックになっていたっけ。
あの時はそのまま流したけどかあさんは中々手ごわい。
未だに『ママじゃないとやぁ~だ~』と電話越しに駄々をこねてるし、
はぁ、今回も自分が折れるしかないようだ。
『☆※×○※!!!!Δ※○#▽δ※......』
「わかったよ・・・ママ」
『よろしいっ!!それでね~この前パパと電話したんだけどぉ~~パパったらねぇ~~Δ※○#▽δ※.....」
呼び方を訂正されて満足したのか続けて夫婦のノロケ話を永遠と語りだした。
実の娘にノロケるのもどうかと思うが、これもいつも通りである。
「うん・・・・うん」
っと適当に相槌を返しながら歩いていると一軒の店が目に入った。
辺りはキラキラとしたクリスマスの装飾が施された店が建ち並ぶ中、その店はひっそりとそこにあった。
あんなお店あったっけ?
毎日のように通る道であるはずなのに、エマの記憶にはなぜかその店はなかった。
まだしゃべり続けているスマホを耳に当てながらおもむろに店の看板を見上げてみる。
んん?読めない。
何語かも分からない言葉で文字が書かれていた。
店の扉の横には中が伺えるほどの大きな窓が設けられており、中を覗くことがでた。
「ここはー・・・本屋さん?かな?」
外から見る店内はそう広くはないが、所狭しと本棚が並べられ、本がぎっしりと詰められていた。
見るからに埃っぽい店内だが何故かエマは心が奪われそうになりジーっと見入ってしまった。
『あーーっ!エマったらママの話聞いてなぁ~~い!』
そんな間延びした声で引き戻される。
「あぁ、ごめんママ。」
『もうっ!エマったら『恵梨香さーーーん!そろそろこっち確認お願いしますー!』あっ!!はぁ~い』
抗議しようとしていたが、仕事仲間に呼ばれたようだ。
「ママ、呼んでるよ?」
『あ~~んもうっ!そうみたい。ママそろそろ行かなきゃ~』
「うん。お仕事がんばってね」
そう言って電話を切ろうとした時、
『あぁ、エマ!』
「うん?」
『エマなら大丈夫~。きっとうまくいくわぁ~。だって・・・ママとパパの子供だもんっ!』
「え?なんの話?」
『うふふ。じゃ~ね~』
プッツ―プープー
一方的に切られてしまった。
「まったく・・・せわしないなぁ~かあさんは」
相変わらず嵐のような人だと自分の母親の事を思う。
最後に言っていた母の言葉も少し気になったが、今はもっと気になることがある。
目の前の妙な看板を掲げたこの本屋だ。
さいわい、まだ夕食を作るには少し早い時間なのでスーパーの前にこの謎の本屋に少し寄って行くことにした。
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