4-8 社長は死んでいたのにやってくる

 火村ひむらさんはますますピリピリつばさくんに対して笑っていた。

「だったら、もう一つの質問をするぜ。あんたなんで生きてるんだ?」

「そこはまあ企業秘密というヤツさ。単純な強度で言えば私と君の能力は比べものにならないが、これでも一度は忘却社ぼうきゃくしゃの社長を正式に継承した人間だからね」

「つまり俺の知らない能力の使い方をして俺を騙したってわけか」

「まあ、そういうことだね」

「そういうことなら、容赦はしないぜ」

 急に翼くんが構えを取った。葉桜はざくらくんの時とは違って、今度はべた足ではなくつま先立ちで火村さんの周りを一定の距離を開けたまま歩く。

 火村さんは火村さんでそれに合わせて常に正面でとらえるように回る。

 火村さんはともかく翼くんからは殺気と言っていいくらいの気迫が感じられた。

「さっきまで普通に話してたのに、なんで? やめてよ、翼くん!」

 何か恐ろしいことが始まりそうで私は必死に訴えかける。

「恩人には変わりないが、この人は俺が始末をつけないといけない人間なんだよ」

 でも翼くんは聞き入れてくれそうにない。

「仲直りできないの? 翼くんだって火村さんが生きてて嬉しいんじゃないの?」

「それとこれとは話が別だ。俺は忘却社の社長代行なんだ」

 翼くんが無理ならと私は火村さんの方を見るのだが、彼女は苦笑していた。

「無理だろうねえ。翼くんは肝心なところで頑なだからね。まあ、私がそういう風に教育したから、そんな彼を否定する気もないが」

 火村さんは笑いながら、不意に長い足で翼くんの顔の高さを蹴る。しかしそれは全く届かず、翼くんにはかすりもしない。

 でもそれが合図だった。翼くんの顔から表情が消えた。

「やめてよ、二人とも! こんなのおかしいよ!」

 このままじゃ大変なことになる。それがわかったけど、私には止められなかった。

「下がってろ!」

 翼くんの声には有無を言わせぬ迫力があった。

「そうした方がいいな。私が君を人質に取ったりするかもしれないからね」

 火村さんの言葉に私はゾッと後ずさった。その声は優しさを感じさせたが、彼女が私の命をどうとも思ってないことがわかったからだ。

 翼くんがそれで警戒したのか回る向きを変えて私の方へと戻ってくる。

「もう一度だけ言う。お嬢ちゃんは下がっててくれ」

 翼くんの言い方はさっきよりも随分とやわらかだった。でもそれが逆に私には彼が必死なのだと感じられた。

「……う、うん」

 私がここにいるのは邪魔なんだ。それを理解して私は言うとおり下がることにした。


   ○


 もはや説得とかそんなことを考える情況じゃなかった。

 少なくとも火村さんが俺を殺そうとしているのは明らかだ。そしてそうである以上、俺も手加減する余裕はない。

 つまり、どちらもが無事で帰れるという未来はないということだ。

「らしくないな。俺とまともにぶつかって勝てるわけがないことくらいわかるはずだ」

 それでも俺には腑に落ちないことがあった。どちらかだけとなれば、それはまずもって火村さんの方だということだ。

「それでも挑んだのだから、勝つ方法があるとなぜ想像しないのか、不思議だね」

 火村さんは左足を前に構えた。右手を耳の辺りまで、それに添えるように左手も挙げる。示現流じげんりゅう蜻蛉とんぼの構えというヤツだろうか。しかしそれにしては彼女の手には何の武器も握られていない。

「なんの冗談ですか、それは」

「さあ、ねえ」

 ジリジリと火村さんは俺の方へと寄ってきた。俺はそれをその場に立ったまま見ていた。わざとらしいほどに大きな構え。その意味を俺は計りかねていた。

「チェストォーーー!」

 さっきと一緒だった。明らかにまだ届くはずもない間合いで火村さんは攻撃を始めた。それで虚を突かれる俺ではなかったが、避ける必要を感じなかった。

 仮に透明な刀を火村さんが持ってても到底当たる間合いじゃなかったからだ。

「ぐっ……」

 だが、俺の左腕が肩から切断されて宙を舞った。それは回転して血を辺りにまき散らしながら地面に転がった。

「ぐわああ!」

 遅れて痛みが走り、俺は悲鳴を上げる。

「翼くん、君は好奇心が強すぎるんだよ」

 気付くと妙に長い木刀が火村さんの手の中にあった。

「……何の話だ」

「君は自分の知らない闘い方を見ると、ついそこから学ぼうとしてしまう。君は圧倒的に強くて負けない自信があるからだろうね。だから私の攻撃がどういうものか見極めようとしてしまった。その結果がそれだ」

 火村さんは転がった腕を木刀で示す。

「そんなことより、その木刀は?」

 確かに火村さんの指摘には心当たりがある。まともにぶつかってこないのはわかってきたのだから、様子など見ず、こっちからかかって先に潰してしまえばよかったのだ。

「気付かなかったようだね。ここはもう《固有世界セルフリアリティ》なんだよ。より正確には君の世界だ。君があの娘に注意を向けた一瞬で移動してたんだ」

「他人ごと《固有世界》に移動させる能力ってことですか」

「なかなか察しがいい。その名を《認識共有リールシンクロ》と言う。君が私を殺したと思ってたのも、この能力によるものだよ」

 火村さんはもはや勝利を確信してるようだった。それはそうだろう。俺は左手を切断されて、そこから今も血が出ている。放っておいても出血多量でリタイアだ。

「翼くん、君は私が死んだと思っていたから、こんな風にまた戦うなんて夢にも思ってなかっただろうね。だが私は違う。いつかはこういう日が来ると思って準備をしていた」

「そして勝てると確信したから俺の前に姿を現したわけですね」

「その通り。翼くん、君は不破圓明流ふわえんめいりゅうって知ってるかい? 陸奥圓明流という不敗の格闘術から分かれた、陸奥むつ圓明流を倒すために練られた流派だよ」

「どうせあんたのことだ、それも漫画の話なんですよね」

 俺の質問に火村さんは答えなかったが、そうなのは俺にはわかっていた。

「本流から外れた私はね、いつか本流を倒すための技を磨いていたんだよ!」

「それがこのだまし討ちかよっ!」

「しょうがないだろ、まともにやったら勝てないんだから」

 火村さんは今度は下段に構えた。そこから突きを繰り出してくる。

 見えている木刀による攻撃。それなら俺に払えないはずはなかった。右手で俺は木刀を外側に払いへし折る。そしてそのまま間合いに飛び込もうとしたのだが。

「なにぃ……」

 折れた木刀から光が伸びて俺の右腿を貫いていた。

「想像力が足りないんじゃないのかね、翼くん。言ったはずだよ、ここは《固有世界》なんだとね」

 火村さんは刺さった木刀を抜くとまた距離を取った。

「いくら君でも右足に穴が空いていては自由には動けないよなあ」

「……ですかねえ」

 俺はそう言いながらも体の重さを支えきれず崩れる。そこに火村さんが木刀を振る。今度はその振りに合わせて光の剣が飛んで来た。

「がはっ」

 それが胸に刺さった。

「予定通り! 予想通り!」

 火村さんの攻撃はなおも続く。俺が動けないと確信してるくせに近づくこともしない。距離を置いて木刀を振り、光の剣を投げ続ける。

 右腕。左足。腹。右手。次々に光の剣は俺に刺さり、戦闘力を確実に奪っていく。

「だったら少しは手加減してくれませんかね」

「ははっ。その負け惜しみも想像通りだよ、翼くん」

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