4-7 社長は死んでいたのにやってくる

 電車は混み始めていたけど、駅から病院までの道はそんなでもなかった。

 それで余裕が出来たせいか、私はまた火村ひむらさんのことを翼くんに尋ねる。

「一言で言えば、変人だった」

 どうもつばさくんの中で火村さんという人はそこまでいいイメージでもないらしい。

「……悪人で変人ってけっこうヤバいレベルだけど」

 というか、かなり悪いんじゃないかとすら思う。それともすごく認めてるので少しくらい悪く言ってもいいと思ってる感じなんだろうか。なんかそれもなさそう。

「実際、ヤバい人だったよ」

「そうなんだ」

 私としては翼くんと前社長さんの素敵なエピソードが聞きたいのだけど、その辺を翼くんに期待するのは難しいようだ。

「……何かいいところはなかったの?」

 これで無いと言われたら途方に暮れるところだ。

「火村さんのいいところねえ……美人は美人だったよ。スタイルもモデルみたいにスラッとしてたし。日常的な感覚で見ると痩せすぎだったけど」

 やっと良さそうな情報が聞けたと思ったけど、私は膨らませつつあった火村さんのイメージが根本的に間違ってるのに気付かされた。

「女の人だったの?」

「あれ? 言ってなかったっけ? 言ったと思ったけど」

 翼くんは私が知ってるものと思っていたみたいだ。

「聞いてないし」

「まあ、綺麗な人ではあったよ。目力とか凄くてさ。本当、モデルとかしてた方が良かったんじゃないかな。ま、あの性分じゃ無理かもしれないけど」

「性分って?」

「理髪店の娘なのに人に髪を切られるのが嫌いでさ、思いついた時に自分でバッサリ髪を切ったりとか。そのせいでいつも変な髪型してたな」

「……私、その人に会ったことがあるかも」

 何か思い当たるところのある人物像だった。

「いつだ? 随分前だろ?」

「ううん。最近。翼くんと会った後……」

 それから今までの間。それはわかるのに、思い出そうとするとハッキリしない。

 翼くんの関係者だからだろうか。私の《固有世界》から翼くんが消えた前後だったので、その時に一緒になくなってしまったとか?

「そんな最近に会ってるはずがない」

「でも会った。その時、私、その人にハンカチを借りて……」

 自分で言って、紺色のハンカチのことを思い出した。ずっとカバンの中に入れたままになっていたけど、その人に返すつもりだったのだ。

「これ、見覚えない? その人、男の人にもらったって言ってたけど」

「俺があげたものではないな」

「じゃあ誰があげたものなの? あの人が火村さんなら忘却社の人にもらったってことじゃないの?」

「単に火村さんじゃないんだろ」

「そうかもしれないけど」

「依頼者にもらったのかもしれないし、単にプライベートでもらったのかもしれない。あれで意外とモテる人だったからな」

「翼くんに心当たりがないなら、関係ない人だったのかな……」

 私がそう納得しかけた時だった。視界の端に見覚えのあるシルエットが飛び込んできた。長身長髪の女性。後ろ姿だったけど、独特な髪型は間違いない。それは私がハンカチをもらった人だ。

「あの人なんだけど」

 私の視線の先を追った翼くんの顔色が変わった。驚きと怒り。そんな表情を浮かべて、翼くんが駆け出した。

「ちょ、どうしたのよ!?」

 それに気付いて慌てて追いかける。

「あれ、火村さんだ! 本人だよ!」

「え? 嘘? なんでこんなところに?」

「偶然……ってことはないよな、さすがに」

 翼くんのその声か、私の走る音なのか。何かに気付いて火村さんが振り返った。

「おや、見つかってしまったようだね」

 火村さんはニッと笑うだけで逃げ出したりはしなかった。だから翼くんはすぐに彼女に追いつく。私も少し遅れて追いついた。

「火村さん、なんで、あんたがここにいるんだ?」

「偶然と言っても信じてはくれまいね」

「そりゃそうだ」

 翼くんが明らかに怒ってることもあって私は二人の会話に参加出来そうになかった。

「じゃあ、少しもっともらしいことを言ってあげよう。能力者の仕業らしき重体者が出たと聞いてね、君が凶行に走ったかと思って真偽を確かめにきた。その帰りさ」

「実にもっともらしいが、事実じゃないんだろ?」

「事実だよ――と言ったら信じてくれるかい?」

 火村さんという人はどこまでもふざけてるように見えた。ピリピリしたままの翼くんとは対照的だ。

「じゃあ一連の患者は火村さんの仕業ではないんですね?」

「私にはそんなことをする理由がない。それに、これは情けない告白になってしまうが――私にはあそこまで徹底的に壊すような強い力はない」

「……でしょうね」

「私が知る限り、あんなことが出来るのは君だけだ」

「俺は――」

「わかってる。君にもあんなことをする理由はない」

 私は二人のやりとりを落ち着かない気分で見ていた。二人は敵同士みたいなのだけど、その割に二人は互いのことを理解し信頼してるようでもあった。

「私の説は二つ。我々の知らない能力者がいる。もしくは、君がもう一人いる」

 さらに火村さんは奇妙なことを言い始める。

「俺も全く同感だね。むしろ後者の方を疑ってるくらいだ」

「翼くんの能力は歴代の社長たちの中でも飛び抜けているからね」

 火村さんは少し喜んだようだった。意見が同じだったのが嬉しかったみたいだ。

「それはそうと火村さん、質問をしてもいいかな?」

「なんで生きてるかって?」

「そう、それ!」

 私はやっと二人の会話に入り込めたと思ったのだけど。

「それもあるが、俺の記憶のことだ」

 翼くんが聞きたいのは違うことだった。おかげで私の言葉は宙に浮く。また私は様子を見るしか無くなった。

「ふむ。君が再会を願う謎の人物のことかな」

「やっぱり知ってるんだな、火村さん」

「そりゃそうさ。君の中のその人物を殺したのは、私だからね」

「なぜ、そんなことを?」

「やむを得なかった――と言ったら、信じてくれるかい?」

「元に戻すことは?」

「出来ないし、したくないね」

 火村さんの言葉に強い否定的な感情が乗っていた。二人の間に緊張が走る。

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