起伏のない胸と高ヶ峰先輩

HaやCa

第1話

 駅から電車に乗って遠くの街を目指す。僕が通っている高校は県と県の間に位置しており、やや都会の雰囲気をまとった場所にある。そこに着くまでは時間があるので、たいていの場合読書をしている。朝の電車内の喧騒を耳に電車に揺られ、僕は静かに読書をするのが好きなのだ。今日もまた、そうしてうとうとするぐらいには本を読み進めて眠気を催していた。


 寝ぼけまなこの僕の前の席に、衣擦れの音とともにだれかが座った。それを目と耳で確認してから、僕はだんだんと血の気を失っていく。胸の動悸というか高鳴りがひっきりなしにする。

彼女がこちらに目配せをしてきたのでしかたなく僕もちらりと視線を返す。体が急にこわばったのがわかった。

 前の席に座った女性は、高ヶ峰藍佳。彼女は僕が通う高校の生徒会に務めている。僕の学校の生徒会は、基本的に成績優秀者しか入ることを許されない。生徒という枠組みの代表をする者は常に研鑽を怠ってはいけないのだという。

 

 僕を見る彼女の目はいつになく冷徹さを見せている。何か悪いことでも考えているのだろう。僕は緊張のあまり、その場から逃げてしまいそうになる。が、彼女の足が邪魔をして逃げ口をふさいでいる。

僕は若干の冷や汗を感じつつ、ふたたび彼女と目線を合わせる。

「おはよう深見くん」

 たった一言、それだけなのに僕は笑ってしまう。思わず噴き出したくらいだ。

「おはようございます。先輩」

「ええ、今日はいつになくいい天気ね。ガッコウなんてサボタージュして、このままおでかけしようかしら」

「なに言ってるんですか。先輩がいなくなったら、あんなのただの箱庭になちゃいますよ。先輩がいてこそのガッコウなんです。だから、ちゃんと来てください」

 僕が言うと、先輩はとたんに相好を崩す。にんまりと笑い、僕の手に手を重ねた。同時にカーテンの隙間から差し込む光が僕たちの間に割り込むように入ってくる。

「そう。深見くんは阿呆だと思ってたのに、気の利いたことも言えるのね」

「だって先輩のこと好きですから。思ってることは言葉にしないと伝わらないと思って」

「ふふ、そうね。ほんとそう」

高ヶ峰藍佳は自分に言い聞かせるように言う。そんな表情は少し儚げに映った。

先輩と僕はガッコウの最寄り駅に着くまで、ずっと手を繋いでいた。日の光よりもあたたかくて、でも少しだけひんやりしている。


「深見くん」

「はいなんですか?」

「私最近悩んでることあるんだけど」

「僕でよければ聞きます。なんでも言ってください」

「そう。なら言うわ。私の胸ってそんなに起伏がないかしら?」

「えっ」

「えっ」

「……、えっと。制服の上から見るだけじゃよくわからないので、ちょっと触らせてもらいますね」


「ぺたん」

 先輩の胸に触れたとたんになる物騒な音。今は夏だというのに、こんなにも空気が冷たくなるなんて思いもしなかった。

「深見くん、一体何をしてるの? それに誰がまな板ですってぇ!」

「何も言ってませんてばーっ!}

 鬼のように血相を変えて全力で追いかけてくる先輩。僕はしりもちを突きながら逃げ出す。駅の中を走り回る僕と高ヶ峰先輩は、最終的に駅員さんにお説教をもらいました。

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起伏のない胸と高ヶ峰先輩 HaやCa @aiueoaiueo0098

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