誠実な虚言
彼女から別れを告げられた。
セエノではない。世間一般で言うところの、『彼女』であったあの女性だ。
理由は、僕が一人でセエノのバイトするバーを訪れたこと、そしてセエノが実は女性であることを僕から告げたことだ。
「タカイさん」
「やあ」
月光の下ではなく、今日は陽光の下でセエノと遭う。初めて彼女と出逢った池袋のオープンカフェだ。
今度はぼくたちは最初から『相席』した。
「今日もきれいですね」
「ん?」
「花が」
セエノが僕に仕返ししてきた。
今日、僕たちの座るテーブルの一輪挿しは、白い、花びらの小さな可憐な花だった。またしても僕は花の名前を知らない。
「彼女とは別れたよ」
「え・・・」
「振られた」
「どうして?」
「変かい?」
「変ですよ。だって、タカイさんを振る理由がないでしょう。あの程度の普通の女の人が」
「・・・僕が女の子の自殺のトラウマを今でも引きずってるから・・・それが理由だよ」
言ってて胸がチクチクと痛んだ。
僕は嘘を付いている。
理由はそれじゃない。けれどもとてももっともらしく聞こえるし、セエノに要らぬ気を遣わせることもない。
真面目に僕は事実を避けた。
「タカイさんはそんなに責任を感じなくてもいいと思いますよ」
「え。何に?」
「女の子の自殺に」
「・・・気休めかい?」
「いいえ。本心です。だって、その女の子はタカイさんが殺したんじゃない。彼女をいじめた子たちが殺した」
「でも、僕は助けを求めて来たその子を救えなかった」
「救おうとしたじゃないですか。学校から逃げることを勧めましたよね?」
「ああ・・・そうだけど」
「じゃあ、救えなかったのはタカイさんじゃなくてその子の父親でしょう? だって、その子を無理やりまたいじめの地獄の中に放り込もうとしたんだから」
セエノの言葉に恐らく嘘はない。
多分自分の容姿を認めざるを得ないと悟ったその幼少の頃から、あらゆる事実そのものをありのまま受け入れるように自らの精神が習い性になっているのだろう。
胸の辺りという広範囲ではなく、心臓そのものが梗塞を起こしそうなぐらいに痛くなってきた。
セエノが嘘を見抜ける訳はないだろうが、僕自身が彼女の前で嘘をつくことが物理的に耐えきれない。
「ごめん」
「? え。何がですか?」
「彼女に振られたのはそれが理由じゃない」
「・・・はい」
「君のバーに一人で行ったことが理由だ。そして、君が女性であることも彼女に伝えた」
「そう、ですか・・・」
ダメだ。
ここまで言ってもまだ僕の心臓が収縮して血管がペタッと潰れそうなぐらいに痛い。
心の中でセエノに一言謝ってから事実をすべて話した。
「君への嫉妬じゃないんだ」
「・・・・・」
「彼女は君が女性だって知ると、こう言った。『あんなキモい女に見とれるなんて、アンタもキモい』って」
「・・・はあ・・・」
セエノは車と人がごちゃごちゃに行き交う大通りを見る。
「ゲスな女」
そう一言つぶやいて、彼女は白い花に焦点を定めた。
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