引きこもりを外に出す108の方法
クロ
第1話
一般的に雨が降れば傘をさすのは当たり前の事だろう。大抵の人間は雨が降れば衣服が濡れる事を防ぐために傘をさす。
だがここに雨が降る中、傘を刺さしていない人間がいた。
それも二人。
一人は衣服が濡れることも気にせず呆然と立ち尽くし、もう一人は既に濡れ鼠となって倒れている。
二人の共通点は雨に濡れている事だけ、性別も違い姿勢も色も違う。
色が違う。
色が違うのだ、身体を濡らしている色が決定的に違った。
携帯電話を握り締め倒れる少女を染め上げるのは雨粒と自らの血液。
少年を濡らすモノは、纏わり付くような雨と頬を濡らす涙。
少年の前には銀色の車が止まっていた。
車のヘッドライトの光が雨で乱反射される中、少年は少女を見下ろしている。
「ああ……」
――またか……またなのか……一体、俺にどうしろっていうんだよ……。
他に言葉を知らず、少年は爪が手のひらに食い込むほど拳を握り締め立ち尽くした。
※
須賀峰 芽衣(すがみね めい)は高田仲 孝一(たかたなか こういち)の事が好きだった。
もちろんそれは友達関係における友情的な意味合いの、いわゆるライクということではなく――愛しているという意味での好き、だ。
彼女は中学生ながらに彼を愛していたのである。
孝一と芽衣はいわゆる幼馴染という間柄であった。
小学校の低学年から今まで長年幼馴染を続けてきたのだ。その幼馴染という壁を壊し恋人へクラスアップしたいと考えても不思議ではなかった。
「好きです」
芽衣はこの言葉を孝一に伝えたくても伝えられずにいた。
その理由は恥ずかしさからくるものではなく、もっと単純で明確な理由があった。
伝える言葉自体は一言。
そうたった一言である。
噛みようもない、簡単な言葉。
幼馴染という枠組みを越えて恋人同士になるためには必要不可欠な言葉でもある。
だが、告白に失敗すれば幼馴染という今の立場すらも危うくする諸刃の剣ならぬ、諸刃の言葉でもあった。
芽衣の口からその一言を奪うのは今の立場を失いたくないという保身だ。
芽衣はその事を十分に理解していた。
理解しているからこそ行動に中々移れないでいたのである。
告白を断られる場合はどういう理由で断られるのか、毎日そればかりを考えていた。
芽衣の頭の中で多種多様な断られるパターンが再生されてはまた巻き戻される。
告白の失敗は決して許されない。一戦必勝の心構えで告白に挑む芽衣はあらゆる断りの言葉に対する対策を練らなければならなかった。
芽衣からすればふられる理由は学年が孝一よりも一つ上だからとは思いたくなかったし、身長が孝一よりも少しばかり大きい事もあまり関係がないと思いたかった。
ふられる理由は学年や身長などの個人の努力だけではどう仕様も無い理由であって欲しくはなかったのだ。こればかりは対策の練りようがないからだ。
何種類かの断りの言葉に対しての言葉は考えられていた。
あと必要なものは――
シチュエーションと言葉。
告白を成功させるにはこの二つが重要だろう。
この二つを完璧に揃えられる事が出来れば、芽衣は負けないだろうと確信していた。
だが、現実に目を向ければ。
一緒に学校に行こうと誘うと、断られる。
一緒に昼食を食べようと誘えば、断られる。
一緒に下校しようと言うとこれまた、断られる。
傍目から見ても芽衣が孝一に無下に扱われているのは明白だった。
だが、孝一にとって芽衣は無下で無駄な存在なのか――と問われた場合、恐らく否と答えるだろう。
マイナスではなくプラス。
ある理由から両親を失った孝一に毎日食弁当を作り献身的に尽くしてきたのだから、嫌われている事などあろうはずもない。もし芽衣が嫌われているのであれば幼馴染とはいえ弁当など受け取ってくれるはずもないからだ。
芽衣には孝一が一緒に登下校や昼食を取ってくれない理由に見当は付いていた。
表立って女性と仲良くしているところを他人に見られる事が恥ずかしいのではないだろうか?
その考えもベテラン幼馴染であるところの芽衣がそう思うのだから、当たらずとも遠からずといったところだろう。
風の噂で孝一が芽衣との仲をクラスではやし立てられていたという情報も耳にした事がある。芽衣の予想は幼馴染だから相手の考えがわかる、といった曖昧なものではなく色々な情報も吟味した上での考えであった。
恥ずかしくて異性を遠ざけるという思春期の男子にありがちな孝一のそういう部分も芽衣は愛おしく感じていた。
もっと色んなシチュエーションで告白してみよう、と芽衣は気合いを入れ直す。
食事の最中に告白しようか。
休み時間に誰もいない所に呼び出して告白しようか。
それとも家に洗濯しに行ったついでに告白しようか。
食パンをくわえながら強くぶつかってあとは流れで告白しようか。
妄想ともとれる想像が芽衣の頭を埋め尽くす。
良く言えば、純真無垢、努力家。
悪く言えば、傍若無人、傍迷惑。
これが須賀峰芽衣(すがみね めい)であった。
数カ月ほど前から死ぬ直前まで、芽衣は毎日欠かさず告白のシチュエーションを考え続けた。
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