サイドストーリー
沙耶
第1話
私は主人公にはなれない。
いつからその事に気づいたのかは定かではないけれど、少なくともこれから先何かを成し遂げたり、誰かに強く必要とされたりなんてことはないだろうと断言できる。
鏡に映る自分はとにかく醜くて、絶望に似た色の瞳をしている。幾度となくブスだと言われ、自分自身にもそう呪いをかけ続け、最早傷つくことすらなくなった。
社会的地位も金も職歴も学歴もない。家族も友人も恋人も趣味も、「生き甲斐」と成りうる全てのものも持ち合わせていない。それはブスだからだけではなく、自分の中身が腐りきっていることに由来する。ブスはあくまで+αの要素だ。
学生時代はいじめられるかクラスから浮くか。どのみちなんの思い出も出会いもなく、全く振り返りたくもない。
高校卒業後は入った会社を1年足らずで辞め、職を転々とするうちにどんどん待遇は悪化していった。
新卒ルートから外れ、正社員ルートから外れ、派遣すらままならなくなるのに時間はかからなかった。
私は大の字になり天井を仰いだ。染みだらけの天井板は、正午の日差しを受けてなお暗くじめっとしている。
築40年、和室4畳家賃3万円のアパートは概して若い女性が住むような環境ではないだろう。しかし世間の片隅で、生きていても死んでいるかのような自分には「若い」も「女性」も適用されない。どこからも必要とされなければ、カテゴリーは「無」になる。
かといって、勝手に死ぬわけにもいかない。「無」が死ぬと言うのは、大変に迷惑のかかるものなのだ。更に言えば、そんな痛いもしくは苦しいことを自ら進んでやりたくはない。
そう考えると、いつも私は「消えたい」と願う。死んだときのように死体が残るのではなく、肉体も精神も跡形もなく消え去ってしまえばいい。夜眠って、気がつかないうちにそのまま霧消してしまえたらいいのに。
けれどもそんなことは起こり得ない。生きたくもないのに、死ぬこともできないから、結局毎日を消化していくしかない。そして生きるにはお金がかかり、楽しくもなんともない日々を消化するために働いて肉体と精神を削る。辛い思いをする。意味不明だ。
無職になって1ヶ月くらいは経っただろうか。この部屋にはカレンダーなんてものはなく、今が何月何日かも把握していない。
しかしアルバイトですら続かなくなっていたのには、ひとつだけ言い訳がある。
息が切れる。咳が止まらない。ずっと微熱がある。
辞める前から体はおかしくて、辞めたらよくなるかと思ったのにそうは問屋が卸さなかった。病院に行かねばならないのは明らかだったが、金もやる気もない私にはハードルが高すぎた。
壁が薄すぎるアパートの隣室からは、お昼の情報番組らしきゆるいテレビ音声が聞こえてくる。辛うじてそれが今、私が正午頃だと判断する要因だった。この部屋にはテレビすらない。
私はのろのろと上体を起こした。微熱のせいか頭が一瞬フラつくものの、頭痛はそんなにひどくない。
元々なかった食糧も底をつき、財布の中身は373円。さすがにこのままでは立ちゆかないことも分かっている。
口座にあるお金などたかが知れているが、373円よりは残っているはずだ。
私は窓辺に転がっていたトレーナーを羽織る。ウエストがゆるゆるのジーンズを無理矢理ベルトで止め、何日ぶりかの買い出しに出ることにした。
立て付けの悪い木造ドアを開けると、眩しすぎる太陽の光。部屋に戻りそうになる自分を奮い立たせ、なんとか一歩を踏み出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。