透明な小説

Wakei Yada(ぽんきち)

登場人物一覧

 イマニュエル

 いつも夢を見ている。リビングにいても、ベッドルームでも、夢を見ている。夢の中で彼は勇者となり、魔王を倒す。その成果として手に入れた『火星の書』を使って、亜空間物質転送装置を起動させ、夢の中からこちら側へと物を運んでくる。結果として世界は滅茶苦茶なことになり、夢が夢でなくなるその境目までくるのだ。そこから先はお楽しみである。もちろん、夢と現実が一致してしまえば、そこから先はもはや夢でも現実でもなんでもない、ただの無であることは言うまでもない。そしてまた、ただの無として存在する以上は、イマニュエルはいないものとして考えてよい。歯があまりにも汚く、発声する度に唾が飛ぶ上に発音もよくないため、物語の語り手にはふさわしくなく、仕方がないのでザムザが語り手という設定になっている。しかしながら、しばしば語り手は交代するため、この規定はあまり厳密ではない。むしろ、こういうべきなのだ。「語り手は存在しない!」なぜなら、みんな夢を見ているからである。


 ザムザ

 物語の語り手を自称している。ピンク・レディーに影響を受けてウィリアム・ギブスンのサイバーパンク小説『あいどる』を読み始めるも、サイバーパンクの概念についていけずに挫折を経験する。しかし晩年になるとサイバーパンクを肯定し始め、老成した人はみなアイドルになるべきだという過激な主張を持ち始める。およそ小説というものを書いたことがなく、しかし書こうとして失敗したことはある。その残骸が、物語の語り手によっていずれ語られるであろう。夢から覚めた後は彼はバンドマンになっていて、「たこやきオールスターズ」というパンクバンドを結成するのだが、歌い手の不在という現象によって解散せざるを得なくなる。象徴的なのが、この歌い手をみな眠らせたままにしておこうという彼の発想で、これがために活動開始からわずか15分で有名人になり、そして解散している。長々と書いたが、物語の中では夢から覚めないので、いっこうに本名がわからないアノニマス的存在である。


 神楽弓月

 哲学科の大学院生。数多いる哲学者の中から誰か一人を選ぶべき立場に立たされた結果、プラトン主義者を自称しようと考え、プラトンの文献を大量に読み漁るうちに、いつしか文献に埋もれてそのまま圧死してしまうという不愉快な夢に延々悩まされる。そこで亜空間物質転送装置を利用して、夢の中の最強の書物である『火星の書』の第39章を引用しようと考える。しかしながら『火星の書』の解読中に腎臓病でその生涯を終えてしまい、彼の書こうとしていた『透明な小説――プラトン対話篇の世界的擁護』は未完のまま終わった。


 榊

 すべての人が夢を見ている中で、唯一夢を見ていない登場人物である。亜空間物質転送装置で夢の中の世界にやってきているのだが、本人は現実の世界と区別がついておらず、もはやその辺の峻別は諦めている。

 現実世界での彼は典型的なナードであり、発言は極めて屈折的なのだが、こと憲法改正の議論になると右翼的とも左翼的とも取れないことを言い始める。つまり、彼の単純な主張としては憲法は改正すべきなのだが、改正した案としては現行の制度を維持するべきだという主張になっていて、すなわち表面上の改正という形態を取るべきだという、複雑な主張になっている。

 しかしながら、夢世界における彼を取り巻く状況が改憲に動き出すと、果たしてその憲法の内実は何なのかということを自問し始め、彼が改憲の本質を理解したところで、夢が終わってしまい、現実の世界に引き戻されるのだ。

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