不眠休暇でエンドレス幸せ生活

ちびまるフォイ

世界で2番目に日本人の睡眠時間は短いらしい

「え、こ……これだけ?」


「不眠休暇申請ですよ、それ以外ありますか?」


俺は部長に不眠休暇申請を突きつけた。


「君、これのことわかってるの?」


「ええわかっています。

 寝ない限りは休み続けられる休暇ですよね。

 一度でも寝た段階で休暇終了となる新しい休暇形式……。


 し か も 有 給!!!」



「じゃあ……」



「この権利は法律で認められています。

 いかに仕事がめちゃくちゃ忙しくて人が抜けられるのが困るとしても

 この申し出を断ることは労働法○○条の違反になるので、

 俺としても心が痛みますが労働相談センターに報告を……」


「わかったよわかったよ! 承認するよ!!」


かくして、不眠休暇が受理された。


不眠休暇の前日はしっかりと眠っておいてコンディションを整える。

栄養ドリンクも箱買いしておいて準備は万端。


「5……4、3、2、1……不眠休暇、開始だ!!」


日付が変わった瞬間、不眠休暇の幕が上がった。


といってもやることと言えば、最近仕事が忙しくてプレイできなかったゲームの消化。

ネットの動画を見たりと過ごし方は普通の休日となんら変わらない。


1日くらいは徹夜で楽に過ごせた。


2日目の午前7時。

ここにきて初めての強烈な睡魔が襲い掛かる。


「うおおお! 寝てたまるものかぁぁぁ!!

 俺が寝た瞬間に休暇が終わっちまうんだ!!

 寝さえしなければお金をもらいながら永久に働かなないで済むんだーー!!」


気合と根性と栄養ドリンクの力でパワーアップ。

再び元気を取り戻して休暇を楽しんだ。


数日もすると体に異変がおきはじめた。


もはや目を覚ますためのドリンクを秒刻みで飲まないと起きていられない。

そんな調子なので食事もろくに取れないし栄養も偏る。


頭はぼーっとして何も考えられないので

ゲームも何もあったもんじゃない。何もできない。


「や、やばいぞ……このままじゃ寝てしまいそうだ……永遠の眠りの方に……」


千鳥足で向かった先は病院だった。

医者は俺の顔色を見るなり「ひぃ」と悲鳴をあげた。


「人間眠らないとこんな妖怪人間みたいな顔になるんですね……」


「先生、それは看護師さんです」


医者は看護師にボディーブローを入れられた。

栄養ドリンクグレートで復活させると診断してもらった。


「睡眠不足がもろに体に悪影響を出していますね。

 もう不眠休暇なんてやめて寝ちゃった方がいいですよ」


「そしたら働かなくちゃいけなくなるじゃないですか!!」


「でも、こんな調子で休日を過ごしてなんになるんです。

 不健康な休日が永遠に続くよりも

 健康的な平日のほうがずっといいでしょう?」


「そのために病院に来たんですよ」

「は?」


医者を何とか説得して専用の部屋を用意してもらった。


体につながれたチューブから定期的に栄養と不眠剤が投与される。

これなら健康的に置き続けていられる。


理論上は。


「ここまでして休みたいんですか?

 そりゃ有給だから、病院としては嬉しいですけど……」


「いいから黙って、俺を起こし続けろください」


ベッドの上で起きているだけの生活が何日も続いた。

病院側も観念したのかもうごちゃごちゃ言ってこなくなった。


と、思っていた。



――カチャ。



夜中、ドアが開く音が聞こえて目を覚ました。


もともと眠ってはいないが、ずっと起きていると思われると

病院のほかの人から気味悪がられるので寝たふりをするようになっていた。


まぶたの裏で暗闇になれた目からは人影が誰かすぐにとらえることができた。


「先生、いったいどうしたんですか」


「……君に言っておきたいことがある」


医者はなにか気まずそうに切り出した。


「私はひとりでも多くの患者を救うために医療業界へと入った。

 人を救う父の姿にあこがれてね」


「……は?」


「だが、私がやっていることはなんだ。

 患者をお金を作る装置のように薬でしばっているだけじゃないか。

 こんなのは医者ではない。ただの守銭奴だ」


「いや、ちょっと先生!?」


医者は俺につながれている不眠剤のチューブに手をかけた。


「人間が健康的に生きるためには睡眠は不可欠なんだ!」


「ちょっと待っ――」



ぶちっ。


今まで絶えず供給していた不眠剤が床に流れ落ちてしまった。


「あ……あ……!!」


「すまないね、君はゆっくりと眠るといい」








「あれ? 眠くない」


「えっ」


「不眠剤入ってないのに、全然眠くないぞ!! やったー!」


「ええええええ!!」


薬がなくなっても平気だった。


毎日決まった時間に目覚ましをかけていると、

いつしか体が目覚まし時計なしでも起きられる体になるように

俺の体は眠らない用に調教されてしまった。


「これで病院のベッド生活からも解放されるし、

 睡眠の恐怖からも解放されるし最高だーー!」


不眠症ばんざい。


不眠休暇との相性がここまでいいとは思わなかった。

毎日遊び回っても全然眠くならない。


ある日、コンビニで買い物をしているときだった。


「あれ? あれれれ……?」


体中の力が抜けてその場に倒れてしまった。

そのまま病院に運ばれて、また先生に感動の再会を果たす。


「先生、いったい俺の体どうなってるんですか?」


「人間は眠ることで脳内を整理して、体の疲れを取ることは知ってますよね」


「ええ、まあ」


「あなたはずっと起きられる体になったせいで

 脳内に情報が貯まりすぎて体は疲れが蓄積しすぎたんですよ」


「それってどういう……」



「もっとあと、数日の命です」



「うそぉ!?」


「数日後、あなたの体は耐えきれなくなって、内側から爆発します」


「思った以上にグロテスク!!」


「残りの数日はあなたの好きに過ごしてください。

 お金にならないし、病院で死なれたら演技悪いんで」


「先生、俺が死ぬからって、なんでも明かしていいわけじゃないっすよ」


残り数日の命となったわけで、何をやろうか。

考えてもエンドレスの不眠休暇でやりたいことはやり尽くしてしまった。


最後に思いついたのは職場だった。



「お疲れ様でーーす」



再び俺が出社すると部長は驚きのあまり2階から飛び降りた。


「君、いったいどうしたんだ。不眠休暇中じゃないのか」


「ええ、そうです。でもなんだか行く場所がなくって。

 死ぬ前に部長にはお世話になった感謝を伝えようかと思いまして」


「死ぬ!? 君、死んじゃうのかい!?」


「はい。どうやら寝なさ過ぎたのが原因みたいです。

 でももう悔いはありません。本当にお世話になりました」


「そうか、実はあの時言え無かったが、君に言っておきたいことが私もあるんだ……」


「はい、なんですか?」


部長は口を開いた。




「不眠休暇とは別に、睡眠休暇という寝ている限り休みの制度があるんだ……。

 普通はど2つ1セットで休暇申請するものなんだけど

 君みたいに片方だけ休み続けたら、やっぱり死んじゃうんだね……」



あまりのショックに俺は意識を失った。

床に頭を打ち付けて目を覚ますと、社員がにぃと笑って迎えた。



「おはよう、数秒眠れたようだね。不眠休暇は終了だよ。さぁ仕事をはじめようか」

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