11. 赤い大地

 見渡す限りの赤い砂丘のど真ん中で、二人の男が機器の最終チェックに勤しんでいた。

 砂嵐の風音がうるさいが、気密服には通信機が内蔵されているため、会話には支障が無い。


「これで最後だ。上手く行くかは、大気生成器の働き次第だな」

「結果が出るのは、俺たちの死んだずっと先か……」


 テラフォーミング、人の住める地を増やす試みは、月に集積された資材を投じて進められた。

 火星改造計画は改修され、限界まで施行期間を短縮されたものの、それでも百年は要する大事業だ。


 ナノマシンの拡散状況をチェックするナカタは、車両に戻ったニノシギに呼ばれた。


「嵐が来る。撤収を急ごう」

「了解、ベースと連絡は付いたか?」

「イオン濃度が高すぎて、音声通信は厳しいな。妨害電波並みだよ」


 無限軌道で駆動する荒れ地踏破用の車両は、砂地でも悠々と踏破してくれた。ただ、最高でも時速百二十キロ程度しか出せないのが、少しもどかしい。


 相方が乗り込むのを待って、車を発信させたニノシギが、前方に天高く浮かぶ赤い太陽に目を細めた。


永遠の夕暮れエターナル・サンセット、か」

「百年後には青くなるんだろ。青い空なんて、映像でしか見たことないけどな」

「一度ナマで拝みたいが、無理な願いか」


 砂漠を抜けるのに二時間、短い休憩後、そこからさらに一時間半の道程を走った頃、地平線に基地のシルエットが浮かんだ。


 保管庫に車両を納めると、二人は歩いてベースの正面ゲートへ向かう。遠くに稲妻が光ったところを見るに、この基地周辺にも嵐は迫っているようだ。


 三重の扉に守られた基地の中には、簡単には入れてもらえない。

 一つ目のドアを潜った二人は、細い通路を横に逸れて、受け入れ用の検疫施設へと赴いた。


 滅菌と熱水洗浄を済ませ、更に奥へと進むと、待機していた係員がスーツを脱ぐのを手伝ってくれる。


 重い駆動スーツを脱ぎ、身軽になったはずの男たちは、脇のベンチにへたり込んでしまった。


「補助動力が無いと、やっぱり重しを背負ったようだな」


 うんざりした顔のナカタへ、ニノシギも「全くだ」と同意する。根が生えたように動かなくなった二人へ、係員が微笑んだ。


「半年ほどで、筋力は向上します。お二人とも鍛えられてますから、いずれ慣れますよ」

「それまでは杖が欲しいくらいだ」


 ナカタは彼の腕を掴んで、なんとか立ち上がり、待機室へ案内してもらう。

 壁伝いに歩く相棒に比べれば、廊下をソロリと進む彼の方が、いくらか適応は早そうだった。


 月面で落ちた筋力では、事前にトレーニングを積んでいたとしても、暫く日常生活で難儀するだろう。

 先を歩くM型の軽快な足運びを恨めしげに見つつ、男たちは簡素な部屋に入って行く。


 スーツを着用していたので大丈夫だとは言え、一応の血液検査の結果を待つ必要があった。

 疫病の感染者をドーム内に入れないように、こればかりは細心の注意が払われている。


「二時間ほどで結果が出ますので、少々お待ちください」

「了解」


 部屋を出ようとしたM型の青年は、早速簡易ベッドに横たわろうとする二人へ、壁面の大きな窓を指した。


「シャッターを開けますか?」

「嵐が来るんだろ? 開けたところで、砂ばかりじゃなあ……」

「雷嵐は、中なら安全です。通過は一時間後くらいですから、それくらいに開けましょう」


 息苦しさを感じないように配慮したのかもしれないが、ナカタたちには無用の心配だ。

 月面都市生活に順応した二人には、狭い部屋くらいどうということはない。曖昧に礼を言うと、人当たりの良い係員は部屋を出て行った。


 寝転がったニノシギが、未だ重力に悪態を付くのを、ナカタが笑って揶揄する。


「地球行きを一番に志願した男が、ホームシックか?」

「馬鹿言え、長旅疲れだよ」


 地球をもう一度、人の住める星にする改造計画のために、月から百名近くが送り込まれた。

 これは第一陣であり、今後千人以上に増える予定である。

 地球とは違い、月の人口は増加・・しているのだ。


 彼らは計画の主導者であると同時に、人類が再び星の覇権を取れるかの試金石でもあった。

 ――産めよ、増やせよ、地に満ちよ。


 バリバリと雷鳴が轟く中で、今後の計画や、地球産の食事について、他愛のない話が続く。


 会話が途切れたのは、壁面ウインドウのシャッターが引き上げられ始めた時だった。


 雷嵐は通り過ぎ、風は完全に凪いだ。地球に降りて、ここまで空気が澄んだのは初めてだろう。


 重たい体を起こして、男二人は窓に近寄り、外へ目を凝らした。


「おい、ニノシギ……」

「見えてる」


 嵐の後の一瞬だけ現れる、かつての地球。

 数分で消える幻の如き空であったが、彼らは満足そうに笑い合う。


 遠くまで見通せる紺碧の空を目に焼き付けようと、二人は窓枠にかじりついて離れなかった。

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