第七話 小さな家にお嫁さんと可愛いワンちゃん♡
前回のあらすじ
なるほど完璧な監禁っスねーっ
力技で脱出できる点に目をつぶればよぉ~~
※建造物損壊罪が適用される恐れがあります。
危険ですし、絶対に真似しないでください。
お昼ご飯を済ませておなかもいっぱい、部屋の室温も快適で、手錠を外してもらえた安心感からかちょっと眠くなってしまいましたが、うつらうつらとしつつふと思い出しました。
「そういえば、ボイは元気でしょうか」
「そうだったわ。あの子、放っておいても普通に適応しちゃうから忘れてたわね」
薄情な、とお思いかもしれませんが、私たちの馬車を曳いてくれる馬こと
いえ、けっしてボイのことをないがしろにしているわけではないんですよ。
むしろ馬というものは旅人にとって、重要な資産の一つなんです。単純な価値だけにあらず、心を通わせ、いざというときには頼りにする、仲間とも家族ともいえる存在なのです。
なのですけれど。
「実際問題として、あたしたちより賢いんじゃないかってくらい頭いいから……」
「私たちがどうかなっても、ボイは割と平気で生き延びてそうな気はしてますよね」
「だいいちウルウがボイをどうこうするのって想像できないのよね」
「下手すると私たち以上に大事にしてるのでは疑惑ありますね」
「あるわよね」
日の傾きとかから野営時間を逆算して、ちょうどいい感じの野営場所見つけたら自分で止まってくれますし、私たちが野営準備してたら薪集めたりちょっとしたりとかしてくれますし、なんなら火を恐れないので自分で薪を
いくらなんでも賢すぎる……ってウルウが真顔になってましたもんね。
こんだけ賢いんなら隣人種ってやつじゃないのってウルウは言うんですけれど、
賢さはともかく体つきは人族に似てる
って解説したらなぜかドン引きされましたけれど、なんででしょうね?
まあともあれ。
開放感からかちょっと余裕が出たのか、ようやくボイのことを思い出せたんですけれど。
そうしたら洗い物してたウルウが手を拭きながら戻ってきました。関係ないですけれど、こういう手を拭いてる仕草ってなんかいいですよね。
「そうだね。そろそろ寂しいよね」
「いや寂しくはないんだけど」
「ええ……それはそれでどうなの……?」
「いや、元気でいるなら、まあ……」
「君たちそこらへん結構ドライだよね……辺境人の死生観なの?」
「まあ知らない間に死んでるとかザラなので……」
「うーん、この中世感」
何やかやと言いながら、なんと勝手口から外に出してくれました。
とはいっても、手錠でウルウとつながれた状態で、ですけれどね。
右手の鎖には私。左手の鎖にはトルンペート。扉を開けたとたんにとりあえず出てみるのが私。周囲を確認しながら出てくるのがトルンペート。そして引っ張られて出てくるウルウ。なんか犬の散歩に出る光景みたいですね。
久しぶりの外気は、まだいくらか肌寒さを感じました。
暦の上ではもうすっかり春なんですけれど、大寒波の影響でしょうか。
これは夏も冷夏になってしまいそうですね。冷夏は作物の実りもよろしくないので、いまから心配です。
さて、勝手口からすぐの厩舎に、ボイはごろんと横たわっていました。
別に倒れてるとか死んでるとかではなく、もう完全に油断しきっておなか出してごろんとしてました。野営中は絶対に見せないような弛緩具合ですよこれは。なんならすぴょすぴょ寝息立ててだらけてますもの。
辺境生まれの私が肌寒く感じる程度の気温は、たっぷりとした毛皮のボイにはむしろ快適なくらいのようでした。
「まあ悪いようにはされてないと思ったけど、元気そうでよかったわ」
「思ったより快適そうまでありますもんね」
考えてみれば当然といえば当然なのかもしれません。
ボイからしてみたら、重たい馬車を曳いて一日中歩いたりしないでいいですし、あれこれ考えなくてもいいですし、ちょっとした長期休暇みたいなものでしょう。
以前の思いがけない長期休暇の時は、主人である私たちが姿を消してしまった上にいつ帰ってくるかわからないという、考えてみたらかなりひどい状況でしたね。その状況で
うん、普通に薄情でしたね我々は。
「しかし……元気なのはいいことですけれど、やけに毛並みが良くありませんか」
「毛艶もいいわね。なんならちょっと肥えた?」
「まあ、私もちゃんと動物のお世話もできるようになったってことだね」
以前は動物に触ることさえおびえていたようなウルウが、胸を張るではないですか。
いいえ、きちんと動物に向き合い、触れ合い、お世話できるようにまでなったのです。それは立派に胸を張れる成長といっていいでしょう。
「毎食栄養バランスに気を遣ってるし、厩舎全部使った広めの寝床も、毎日藁変えてるし。運動だって、畑っていうか庭を駆け回って存分にできる。あ、昨日のウサギはボイが獲ってきてくれたんだ。頑張ってさばいたよ」
ボイの健康的な生活とウルウの頑張りがよくわかりますね。解体も苦手だったのに、ウサギとはいえ立派にさばいて料理できるなんてすばらしいですよウルウ。
「それに野営中はどうせ汚れるしって思ってたけど、いまは時間あるから毎日ブラッシングもしてあげられるしね。品評会とか出せるんじゃないかな」
ふふん、と言わんばかりの胸の張りっぷりです。
いや本当に、自信を持てるくらいのその頑張りは素晴らしいものなんですよ。
もうたっぷり一日くらい使って褒め称えて褒め倒して押し倒したいくらいなんですよ。
なーんーでーすーけーれーどー。
「……これあたしたちより待遇よくない?」
「絶対待遇いいですよね……」
「なんかごめん……あとで髪とかして、マッサージもする……?」
「そうではないんですよ。そうではないんですけれどそれはそれとしてお願いします」
などとごちゃごちゃ話していたら、さすがにだらけていたボイも目を覚ましたようでした。
のそのそ起き上がると、私たちにすり寄って手のにおいをかいできます。
うーん、かわいい。しかもウルウのかいがいしいお世話のおかげで毛並みももっふもふです。これは延々といつまでも撫でられますよ。
ボイはボイで、ただただウルウのお世話を堪能して快適な生活を送っていただけではなく、私たち三人がなんだか妙なことになっているなというのは察していたようで、すり寄ってくる姿には何となく慰めとかの空気を感じます。
うーん、馬に心配かけさせているというのは、なんとも情けない話です。
馬は賢いですからね、こういうときの察しの良さは、私以上かもしれません。
そうして私とトルンペートがボイのモフモフ分を味わっている間、ウルウは椅子に腰を下ろして私たちをぼんやりと眺めていました。
眺めているというよりは、ほとんど呆けていて、私たちの方に目を向けてはいますけれど、視線はなんだか散漫で、焦点が合っていないような感じはします。
手足もだらんと投げ出して、背中もなんとなく曲がっていて、普段のウルウが見せないような脱力ぶりです。それも安心した脱力ではなく、疲れ切った脱力でした。
そっとうかがってみれば、あれほど化粧いらずだったお肌は少し荒れてきていて、目の下の
髪もなんだか艶がなく、ほつれが目立ち、唇もかさかさと乾燥しています。普段から血の気のいいほうではないですけれど、いまは
まじまじと見つめ過ぎたのか、ウルウの視線が不意に私の視線とかち合いました。
ウルウはしばらくの間ぼんやりと目を合わせて、それからきしむ体を無理に動かすようにして立ち上がりました。
「少し、冷えてきたね。戻ろうか」
そういって小屋に戻っていくウルウ。
その背中はなんだかひどく小さく見えました。
用語解説
・ボイ
《三輪百合》の馬車を曳く馬。もう一人のメンバーといってもいいだろう。
細かい計算はできないが、お小遣いを渡すと自分でお肉を買いに行けるくらいには賢い。
・
大型の四つ足の犬。犬というより熊のようなサイズである。
性格は賢く大人しく、食性は雑食。
北から南まで様々な環境に対応でき、戦闘能力も高い。
丙種魔獣相手に十分に戦え、乙種相手でも相性による。
・隣人種
ざっくりした定義は「
なので
神は含まないが、精霊などを含めるかは諸説あり。
・
小柄な魔獣。子供程度の体長だが、簡単な道具を扱う知恵があり、群れで行動する。環境による変化の大きな魔獣で、人里との付き合いの長い群れでは簡単な人語を解するものも出てくるという。
この人語を解するというのは、犬猫がなんとなく言いたいことを察するとか、インコが人間の言葉を真似するとかいう程度の意味であり、隣人種としては認められていない。
・メザーガ・ブランクハーラ
人間族。リリオの母親の従兄妹にあたる。四十がらみの冒険屋。
ヴォーストの街で冒険屋事務所を経営している。
リリオとの関係をしばしば「叔父」「姪」と簡便化して書いているが、正確には「従叔父(いとこおじ)」「従姪(いとこめい)」である。
リリオから見ると母方の祖父の弟の子供にあたる。
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