最終話 そして《伝説》へ…

前回のあらすじ


ゲーミングお嬢様(蛮族エディション)。

ゆうべは おたのしみでしたね!




 窓を開くと、山際を切り開き始めた朝日が、眩しくも鮮烈に差し込んできました。

 朝の空気はまだまだ冷たく、思わず身震いするほどでしたけれど、寒気のために少し開けておきましょうか。

 寝間着越しの肌に少し寒く、しかしさわやかな朝の風が、部屋を撫で上げていきます。


 窓辺でその風を一身に受けて、ひんやりとした空気を呼吸すると、きしむように疲れた全身が少しずつ目覚めていくのを感じました。


 ああ、なんて気持ちのいい朝なのでしょう。


 私はすぐ後ろで燃え尽きてうめき声を漏らすいかにも不健康な寝姿×2をしり目に、朝日に目を細めました。

 ああ、本当に。朝日が眩しいですね。眠い。誰ですかこんなバカなことはじめたの。


 結局、私たちは一晩中ガチンコ格付け帝国将棋シャーコ勝負に興じ、力尽きたように意識を落としたのは多分一時間か二時間前くらいだと思います。眠い。

 頭を使いすぎてくらくらしますし、声を張り上げすぎて喉もいたいです。羽交い絞めにしたり取り押さえたり、それにあらがったりと筋肉も疲れました。


 ええ。ええ、帝国将棋シャーコの話です。帝国将棋シャーコの話のはずです。

 まあ帝国将棋シャーコというか、後半はこう、なんと言いますか、盛り上がり過ぎたと言いますか、もっぱら煽りの応酬に終始した気がします。

 ウルウいわくのチンパン同士の民度の低い罵り合いが一晩続いた感じです。

 喧嘩っていうんじゃないんですよ。口論でもない。正当性とかは欠片ほどもなかったですね。ただもうひたすらに相手をおとしめて言い負かしてやり込めて、すこしでも相手の『上』を獲ろうとやりあってたわけです。

 もはや帝国将棋シャーコの勝ち負け以外のところで争ってましたもんね、最後は。


 勝てば盛大に煽り散らして、負ければ負け惜しみで噛みついて、多分猿のほうがもうちょっと紳士的な争いをしますよ、っていうくらい酷い有様でしたね。

 帝国将棋シャーコを指していただけのはずなのに、髪はぼさぼさに乱れて、あっちこっち爪痕残ってますし。なんて嬉しくない夜の痕跡でしょうか。


 私たち辺境出身者は、日ごろからウルウに煽り耐性が低いとか蛮族仕草とか暴力が基幹言語とかさんざん言われてきましたが、今回のことでウルウもたいがいだなっていうのがよくわかりましたね。

 喧騒から距離をとるっていうか、当事者にならないようにしてるから気づきづらいですけれど、ウルウってなんだかんだ沸点低いですよ。

 ウルウ語録が普段の十五割増しくらいで飛び出た気がします。


 結局、最終的な勝敗ってどうなったんでしたっけ。

 盤と駒はウルウの下敷きになっていますし、そのウルウはトルンペートの下敷きになってますし最終的な盤面なんて全く覚えていません。

 まあ、下手に勝敗を決めちゃうとまたこの醜い争いが再燃しそうなので、忘れてしまったほうが平和かもしれません。


 それにしても、私たちがあんなにもいがみ合うことがあるなんて思いませんでした。

 そりゃあ、私たちも若い娘で、枯れ切ってるわけでもないですから、意見がぶつかることもありますし、気に食わないなってときもあります。

 馬鹿にしたり、反発したり、喧嘩したことだって何度もありますし、いまだに分かり合えないなっていうことだって多いくらいです。


 でもチンパンは初でした。

 初チンパンです。


 もうこれが最後でいいと心底思いますが、私たちは自分の中にチンパンが潜んでいることに気づかされてしまいましたからね。そしてそのチンパンを解放することがどんなに心地よく爽快で愉快であるかということも。これが最後のチンパンだとは私にはとても思えません。

 それは邪悪な喜びであり、非文明的な悪しき愉悦です。

 しかし、同時にそれは私たちが自然に持っている本性でもあるのです。


 私たちは心のチンパンと向き合い、対話を試み、そして飼いならしていかなければならないのかもしれません。


「っていうあたりで、ほら、そろそろ起きてくださいよ」

「うう……全然寝れてない……」

「自業自得ですからねこれ。眠くっても出発しないといけないんですから」

「うう……おっぱい……」

「半分は私のですよトルンペート!」

「全部私のなんだよなあ……」


 私たちは気だるい体を引きずって朝風呂を浴び、なんとか無理に体を覚醒させて、目を覚ましました。

 冷や水で顔を洗えば無理にでも意識は立ち上がりますし、体温を上げれば体は活動し始めるものです。

 まあそれでも全身バッキバキで疲労感がすさまじいものでしたけれど。


 風呂から上がると、すぐに朝食を用意してくれました。


「昨夜はお楽しみでしたね」


 アッハイ、すみません。

 疲れただろうから軽めにしましょうかなんて気遣われてしまいましたけれど、ちゃんとたっぷりといただきました。

 体が資本ですから、食べられるときには食べておかないといけませんからね。


 山盛りの蒸かし芋に、煮豆に根菜、目玉焼きに燻製肉ラルド小腸詰コルバセート、キノコの炒め、片面焼きの麺麭パーノなどなど、実に素敵な朝食です。

 私もトルンペートも、体は小さいですけれど、食べるときにはしっかり食べます。

 ウルウは以前と同じく、げんなりしたような顔でそれを見ながら麦粥で済ませていますが、私たちからすると相変わらず小食で不安ですね。


 ただ、私たちが小腸詰コルバセートだのを差し出すと、仕方ないなあって顔で食べてくれるので、これはこれでかわいくていいですね。餌付けしてる感じが楽しいです。二人が私に色々食べさせるのもわかる気がします。


「さて、宿場まで来たけど、この後はどうしようか」

「ヴォースト辺りはもうだいぶひどいってことでしたから、次の宿場も危ないかもですね」

「うーん、旅籠のひとが言うには、ここも例年に比べたら厳しいらしいわね」

「じゃあもう、ここで道を変えて南下しはじめましょうか。道は悪くなりますけど、一応街道はありますし」

「この辺りなんかあるの?」

「何にもありません……というとさすがに地元の方に失礼ですけれど、観光名所としては特に何もないですね」

「まあ、畑と牧場とって感じよね」

「あー……人より牛が多いやつ」

「なのでしばらくはのんびり南下して、適当なところで川下りして東部まで一気に進みましょう」

「まあある程度行けば、凍ってるってこともないでしょうしね」

「東部かあ。東部も何にもないっていえば何にもないんじゃないの?」

「目立つ感じではないですけど、観光名所は多いんですよ。ムジコだって、普通だったら音楽の都として華やかだったんですから」

「何気に生活水準も高いのよね、東部。機械とか発展してるし」

「そういえば時計も東部産が多いんだっけ」

「そうですそうです。機械式時計は東部が主流ですね。せっかくですから時計で有名な町なんかにもよりましょうか」

「いいねえ。前に通ったのとは別のルートで行こうよ」

「芸術、景勝地、それに美味しいもののあるところでね」


 私たちは観光雑誌を広げて、さっそくあれやこれやと言い合って計画を練り始めるのでした。

 旅というものは、その計画を立てるところからしてもう楽しいものです。

 ともすれば、この瞬間が一番楽しいと思える時もあります。


「私としては《忘れられた都》は一度見てみたいですね」

「それって観光地になってる遺跡群でしょ? どうせ死んでるんだし、見たってねえ」

「生きてる遺跡なんてそうそう見つかりませんよ。廃墟だけでも見てみたいじゃないですか」

「君んちも遺跡利用してるんじゃなかったっけ」

「言っても実家ですしねえ……」

「あたしは《白の森》を推すわね。見てよし、味わってよしよ」

「蜂蜜の名所ですもんねえ」

「そして蜂蜜酒メディトリンコの名所でもあるわ」

「トルンペート、結構呑兵衛のんべえだもんねえ」


 《白の森》の蜂蜜酒メディトリンコは人気も高く、最上級のものはよそでは出回らないというくらいですから、現地まで呑みに行きたいというのもわかる話です。

 また名前の通り、白い花を咲かせる針槐ロビニオの木々が立ち並ぶ森も素晴らしい光景で、季節になると観光客の団体が見物したりするそうです。

 でも遺跡群だって、魅力的だとは思いませんか?

 そりゃあ、もうあらかた発掘済みで、目新しいものはないらしいですけれど、でも、浪漫ロマンだと思うんですよねえ。


「んー……私こっちの、《竜骸塔りゅうがいとう》ってのが気になるかなあ」

「お、渋いところ来ますねえ。エルデーロの森の《竜骸塔》と言えば、魔術師の聖地ですよ」

「名所っていえば名所だけど、ほとんど史跡旧跡に片足突っ込んでるわよね」

「ふぅん……でも名前が格好いい」

「ウルウって結構そういうところあるわよね」

「わかりみですね」

「わかんないでほしい」


 ウルウが不思議なまじないを使うとはいえ、私たちは基本的に魔法・魔術の類は補助的にしか使わない一党です。私やトルンペートが使うものは、装備に宿った精に頼ったものですしね。

 なんて言いましたっけ、ウルウが言うところの脳筋物理アタッカーズですね。殴ったほうが実際ハヤイというやつです。

 なのであんまり学べることはなさそうですけれど、かなりの歴史がある塔なので、単純に史跡などとして考えれば見どころがあると言えるでしょう。文化的にも興味深いですし、そのたたずまいも全く見事なものだと聞きます。


「うーん……そのあたりをつないでいくと……結構沿岸まで行くわね」

「帝都に行くって考えたら、ぐるっと大回りになっちゃうね」

「まあ、急ぐ旅でもないですし、夏か秋くらいについてればいいかなーくらいでいいんじゃないですか」

「そうねえ。帝都は季節関係なく、色々見どころあるものね」

「帝都かあ。帝都ではなに見るの?」

「お店巡るだけで結構楽しめるとは思いますけど、個人的に行きたいお店があります」

「おっ、なによ。武具店とか言わないわよね」

「それはちょっと気になりますけど、辺境以上のものはそうないでしょうしねえ」

「無意識のマウントがえっぐいよねえ」

「なんとですね、帝都にはものすごーく美味しい、《伝説》のお菓子があるらしいんです」

「へえ、そりゃまたじゃない。どんだけすごいってのよ」

「まあ都会って進んでるだろうから、期待してもいいかもね」

「いえ、味についてはよく知らないんですけれど」

「ですけれど?」

「───店名が《伝説ラ・レゲンド》なんだそうです」

「なんじゃそりゃ」


 そんなに壮大な名前だったら、本当においしくても、肩透かしでも、どちらでも話の種になりそうじゃあないですか。

 私たちはそのあまりのくだらなさにしばらくけらけら笑って、ひとまずの目的をその《伝説》に定めることにしたのでした。


 無計画で、ぐだぐだで、でも楽しくて、時々危なっかしくて。

 美味しいものを食べて、温泉を楽しんで、三人でわちゃわちゃして。

 私たちの、《三輪百合トリ・リリオイ》の旅は、きっとこんな感じで続くのです。

 いつかくる旅の終わりまで、私たちの旅は終わらないのです。


 そのいつかが、どうかできるだけ遠い明日でありますようにと。

 そんな私たちの願いを聞き届けてくださいますようにと。

 私はそっと祈りをささげるのでした。






用語解説


・《忘れられた都》(L'Urbo de Forgesita)

 帝国東部に所在する古代聖王国時代の遺跡群。

 複数の遺跡を含む一帯の総称であり、国の特別管理指定地でもある。

 いまも発掘作業は続けられているが、叛乱戦争時にほとんどが打ち砕かれ、遺物などはほとんど持ち去られてしまっており、目新しい発見はここ数十年見つかっていない。

 また、複数発見されている遺跡都市の内、比較的状態がよかったために現代まで大規模に残っていたに過ぎず、古代聖王国の重要拠点でもなかったため、考古学的調査以上の意味はないとされる。

 それでも、生きている遺跡の発掘を夢見るものがいまだにあちこち掘り返してはもめているらしい。


・《白の森》(La Blanka Arbaro)

 帝国東部の蜂蜜の名所。

 針槐ロビニオが計画的に植樹された養蜂場であり、花の咲く時期には真っ白な花が咲き誇り、観光客に人気のスポット。

 養蜂場では蜂蜜や蜂蜜酒メディトリンコの直売も行っており、最上級の蜂蜜酒メディトリンコは貴族でもなければここでしか飲めないという。


針槐ロビニオ(Robinio)

 ハリエンジュ。本邦ではアカシア(ニセアカシア)としてよく知られる。

 白い花を咲かせ、良質な蜂蜜の原料となる。


・《竜骸塔》(La Fuorto de Mortadrako)

 帝国東部エルデーロの森(La Erdelo)に所在する歴史ある魔術師養成所。

 地竜の遺骸を建材にして建造したとされるが、内部の詳細は部外者には秘匿されており、不明な点が多い。

 この地竜は塔の開祖らが討ち取ったものであると伝えられ、伝承通りであれば最大五十メートルを超えていたとされるが、文書により大きく異なり正確性は疑わしい。

 事実であれば伝説上でも数値の証言がおおむね一致している最大個体ラボリストターゴの二十五メートルをゆうに超えている。

 おそらく塔全体の外観から必要な建材を推測して逆算した数値と思われる。


・《伝説ラ・レゲンド

 帝都に店舗を構える知る人ぞ知る名菓子店。

 開店日にむらがある上に予告もなく、また陳列商品が少ないために開店早々売り切れで閉めてしまうことも多く、そういう意味でも伝説扱いされている。

 元宮廷菓子職人の店であるとの噂もあるが、取材は一切お断りで詳細は全くの不明。

 運よく購入できた客の証言では、味は文句なしによいという。

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