第十二話 亡霊とかがやくもの

前回のあらすじ


日本人にコズミックホラー渡してもこうなるってわかってたろ!

あいつら未来に生きてんだよ……。






 いやぁ、毬藻マンピルカルゴヴィーロはやばかった。

 この世界に来てからけっこうピンチあったけど、もしかしたら最大のピンチだったかもしれない。

 ヴィジュアル的にはシンプルなやつだったけど、あれ絶対ごちゃごちゃした感じの滅茶苦茶強いボス倒した後に出てくる、一周回ってシンプルなデザインできた裏ボス感あるもん。

 まともに戦ってたら限界社畜OL転生譚、完!みたいになってたかもしんない。

 早々に逃げてよかった。

 リリオもトルンペートもあれはやばいしか言わないし、あとで村長さんに聞いても「あんたたづアレを見ただか!?」みたいな反応するし、もはやオカルト板かアブノーマル・オブジェクト扱いなんだよなあ。


 まあ、あれが何であったのかは今は考えないでおこう。

 この完全記憶能力持ちの私が、思い出そうとするだけで頭痛がするしな……これ、プルプラちゃん様の顔を思い出そうとする時と同じ頭痛っぽいから、多分本当にヤバい奴なんだろうなあ。


 私たちは大螺旋貝マシーヴァヘリカーゴとかいうクソでかアンモナイトを何とか担いで岸辺に避難していた。

 こんなバケモノ巻貝がそう何匹もいるとは思わないけど、また氷を割られても疲れるしね。メンタルと言うか、SAN値も削られたし。

 タコとかで慣れてると思ってたけど、ランタンの明かりひとつとかいう暗がりの中で、百本近い大小の触手がうぞうぞしてるのは普通に精神衛生上よろしくない。


 うう、それにしても、結局ぬちょぬちょを浴びることになってしまった。さすがにリリオひとりに担がせるわけにもいかなくて、三人で担いで慌てて逃げてきたからなあ。

 一応タオルで拭ったけど、乾いたところがちょっとカピカピして気持ち悪い。別に毒って言うわけじゃないんだろうけど、気持ちよくはない。

 もったいないけど、強めのお酒で肌だけは拭かせてもらった。


 はあ、しかし、疲れた。

 リリオもトルンペートも、ぐでーんと横たわってしまってる。冷えるから適当なところで起きなよね。

 このクソでかアンモナイト、見た目よりは大分軽いんだけど、それでもまあ生き物として妥当な重さはしてるし、かさばるんだよね。貝殻はでかいし、触手はぶらぶらするし。


「一応この貝殻売れるんだっけ?」

「ええ、まあ、売れるは売れますよ」

「これだけ大きいのは珍しいし、さっき叩きつけた時の傷も目立たないし、割といいお値段つくと思うわよ」

「へえ……」


 うん。

 へえ、なんだよなあ、私たちの場合。

 冒険屋としてはこういう降ってわいたような収入は大喜びするべきなんだろうけど、そこらへん私たちの金銭感覚は狂いに狂ってるからなあ。

 一時期荒稼ぎしたし、私の時間経過しないうえに容量がアホみたいにあるインベントリのおかげで、適当な荷物転がしてるだけでもそれなりに儲かるし。旅商人どころか卸売業者だよこれ。


 あと最近は町で生活するより旅してる時間の方が長かったから、お金使う機会なかったんだよね。脳筋蛮族ガールズのおかげでご飯は森で捕れるし。この大地が食卓なんだね、とかいうと詩的だけど、現実は狩猟採取時代から脱していないだけなんだよなあ。

 辺境ついてからは、いよいよ代金向こう持ちの至れり尽くせりどころか、お小遣い(お小遣いという額ではない)ももらっちゃったし……。

 完全に貴族の道楽旅行道中なんだよなこれ。


「多分、世の中の冒険屋が聞いたら全力でぶん殴られても仕方ないと思う」

「まあ、そろいもそろって普通の面子じゃないもんね、うちって」

「そうですね。貴族令嬢の私が一番普通なくらいで……」

「いや女中のあたしの方が普通でしょ」

「いやいや限界社畜OLだった私の方が普通でしょ」


 不毛な争いはさておき、私たちはこの高額だという貝殻を村に寄贈してしまうことにした。

 宿代としては高すぎるかもしれないけど、私たちそこら辺の感覚バグってるからなあ……。

 それにいくら私のインベントリに入れられると言っても、このクッソかさばる代物をいつまでも持ち歩いていたところで、私たちには売りさばく当てがないのだ。辺境には冒険屋組合ないし、かといって内地の組合に持って行っても辺境の素材はお値段青天井になりかねない。

 もしかしたら将来的にどこかで何かに使えるかもしれなくもなくもないけど、私その理屈でエリクサー最後まで使えない人種だしね。持ってない方がまだましだ。

 そもそもイベントアイテムにしちゃでかすぎんだよこれ。お城から兵士呼んで回収してもらうレベルだぞこれ。


 中身を丁寧に引きはがした後、村長に貝殻を寄贈すると、ご家族にも大いに喜ばれた。っていうかご家族ちっちゃいなおい。リリオより小さい大人久し振りに見た。

 なんでもラッコの獣人ナワルとかいう皆さんは、大喜びで貝殻を担いで、わちゃわちゃと運んで行った。こういう小さいキャラがわちゃわちゃしてるゲーム好きだな……癒される。


「私も小さいですよ!」

「こういう時ばかり推してくる……はいはいかわいいかわいい」

「むふー」


 えっ、ていうか村長もあれの仲間なの?

 思わず二度見してしまったが、まあ、うん、そういうこともあるだろう。

 あったかいものを頂いて少し話をしてみたところ、あれだけ大きいのは珍しいそうで、売らずに展示して観光資源にするとのことだった。たくましいことだ。


「いやはや、素晴らしい贈り物をありがとうございます。ささやかな品ですが、名産の瓶詰毬藻ピルカルゴなどお土産にいかがでしょうか」

「ああ、いえ、旅の身ですので、割れ物はご遠慮しておきます……気持ちだけ」


 これ修学旅行のお土産で売ってるやつだとか思わなかったわけではないけど、おばちゃんが手で丸めたマリモでも何でもない藻だとか思ってしまわなかったわけではないけど、それ以上にあのアレを思い出してしまいそうだったのでやめておいた。あのあいつってこれの進化系なんだろうか。どういう関係なんだろう。


 ああ、でも、ラッコ獣人ナワルのみなさんが、あの小さなおててでむぎゅむぎゅ丸めたマリモは普通にプレミア付きそうだ。

 生産者の顔写真張ったらバズるんじゃなかろうか。


 なんて考えてぼんやりしてたら、段々身体も冷えてきた。

 トルンペートが手際よく火を熾して、リリオがクソでかアンモナイトを剣で適当に刻む。でかすぎるので包丁で一本一本切るより、剣でやっちゃった方が確かに楽そうだ。

 どちゃぬちゃと雪の上に落ちた触手はまだ気持ち悪いかったけど、三人できもいきもい言いながら雪で洗って、適当な串にさしてやる頃には、なかなかどうして、普通に食材として見れるようになっていた。

 あれだ。おでんとかのタコ串みたいになってる。

 なんだかんだ言って日本人てゲテモノ食いと言うか、食べられると見るや目線がすぐに変わる生き物だよなあとは思う。


 私たちは焚火でアンモナイト串をあぶりながら、内職するみたいにちまちまと触手を刻んで串にさしていった。先っぽの方はそれこそタコ串みたいだし、根元の方はぶつ切りにしてコロコロした感じ。この辺りは煮てもいいかも、


「……刺し身」

「ウルウって人のこと言いますけど、自分もたいがいですよね」

「まあ、こいつで当たったって話は聞かないけど……」


 うーん、そう、だよなあ。一応湖水のものだしなあ。

 川とか湖のものは、寄生虫が怖いんだよなあ。辺境の寒さ的に凍らせて寄生虫殺すってのもありかもしれないけど、マイナス二十℃以下で二十四時間以上とか、結構時間がかかるらしいんだよね。

 私はいま食べてみたいんだよなあ。


「うーん……寄生虫、なあ……」

「口では悩みながらも手はすでにさばいてるんですよねえ……」

「こいつが悩んでるときってほぼほぼ内定状態よね」


 ええい、うるさい。

 いざとなればゲームのアイテムで解毒しちゃえばいいし、試さないのももったいない。

 私は部位ごとに適当に引いてみて、皿に盛ってみた。

 薬味は……とりあえずはいいか。醤油だけで。


「触手はなんかかたいですね」

「食べるんじゃん。言いながら食べるんじゃん」

「そりゃあんたひとりには食べさせないわよ」

「あ、身はいいですよこれ。やわこい」

「あー……いいね。はるかにいい。イカっぽい、ような、貝みたいな」

「歯応えは烏賊セピオっぽいわよね。ちょっとこりこり、くにくに、より少し強め」

「味が結構濃いね。淡水なのに、意外」

「くちばし周り、かなりおいしいのでは……?」

「あ、あたしもあたしも」

「私の分まで取らないでよ」


 そうして刺し身で一杯やってるうちに、半凍りの触手串も解凍されて、いい感じに炙られてきた。

 イカっぽい香り、と言えばイカっぽい。でも貝とか焼いた時の感じもする。感がないから、貝よりかなあ。

 刺し身だと強すぎた歯応えも、炙るとほどよく顎に心地い。噛んでる感じが気持ちいい。

 イカ焼きだ。でも、結構お高めの貝とか食べた時の、ああいう美味しさが舌の根にじわっと染みてくる。


「余った分は、濃い目の味付けで炒めたり、煮込んでもいいわね」

「絶対おいしい奴じゃん」

「あと、肝よ」

「あ、内臓の刺し身はしないよ」

「させないわよ。さすがに。そうじゃなくて、肝もね、濃厚で美味しいのよ。前に食べたのは炒め物だったわ」

「手で抱えられるくらいのは漁で捕れるんですよ。一応高級食品ですよこれ」

「うっわー……すごい雑に食べてる」

「いくらとれるかしらね、これ……この大きさだし、肝もかなり大きいから、いろいろできるわよ」


 美味しいクソでかアンモナイトを雑に食い散らかして、ほどほどにお酒もきこしめして、いい感じにあったまって心地よくなった私たちは、焚火の傍で横になって空を眺めた。

 そう、そう言えば私たちはオーロラを見に来たのだった。

 一応、毛皮とか毛布とかをたっぷり下に敷いてるけど、クソ寒い。

 それで自然に寄り添い合って、っていうかお互いの体温を奪い合って団子になったけど、アホほど寒い。

 ロマンも色気もあったもんじゃない。

 でも仕方ない。寒いものは寒い。

 私は自然を楽しもうという高尚な考えを早々に捨てて、さっさと《ミスリル懐炉》で三人まとめてあったまった。


 しっかし、寒いは寒いけど、それはそれとしてというか、そのおかげというか、空気は驚くほど澄んでいて、星々がよく見えた。

 湖に釣りに出ていた人たちももう家に帰って、その家ももう明かりを消してしまっていて、あたりは深い湖の底に沈んでしまったように真っ暗だった。

 その中に私たちの焚火だけが、浮島のようにぽつんと浮いている。


 手を伸ばせば届きそうな、なんて使い古したフレーズだけど、寝転んだ私の見上げた先には、まさしくそんな星空がひろがっていた。届きそうで、零れ落ちそうで、そしてどうしようもなく遠い。

 見知らぬ星座が、見知らぬ夜空で、見知らぬ物語を人知れずに語り続けていた。

 赤い目のさそりは追いかけてこず、オリオンはここでは歌わない。

 空の巡りのその先を、私は知らない。

 私の星がどこにあって、そこはここからどれくらい遠いのか、きっと知ることもない。


 とっぷりと闇に沈んだ岸辺に、こうして横たわっていると、なんだか自分のちっぽけな体が浮き上がって、夜空の中を漂っているような気持ちさえした。

 不思議な解放感と、怖いくらいの寂しさ、そして言い知れぬ満足感があった


 そんな私の肩を揺さぶるものがある。


「ウルウ、ウルウ」

「ん、ふ……?」

「寝ると死にますよ」

「ロマンが死んだよ、いま」

「ロマンは疲れてるんでしょう、起こさないであげましょう」

「あたしたちは普通に死ぬから、交代で休みましょう」


 うん、まあ、そうだね。私のロマンを返せ、と言いたいところだけど仕方ない。

 《ミスリル懐炉》は触れてないと発動しないから、うっかり寝てる間に手放したらお陀仏だ。

 実際、この眠気は寒さもあると思うし。


 私たちは適当に時間を区切って、三人でかわりばんこに休んだ。こういうのも慣れたもんだ。

 いや、慣れたかな。いや全然慣れてないな。私が大人気なくゲームアイテムで快適さを優先するから、こういう不便さとは基本的に縁がないんだよね。


 何度目かの交代か、眠るとも眠れずに、うとうととしていると、なんだか音がした。

 ちりしり、ちりしり、とノイズみたいな音が、どこか遠くで、静かに響いているような気がした。

 あたりは風もなく、どこまでも澄んだ空気が、奇妙な音を私に聞かせていた。

 その不思議な声にあわい夢を揺さぶられて、私はゆっくりと目を開いた。


 そこには、いままさに北の空を覆うように揺れる、光の幕が横切っていくところだった。

 手で触れることができそうなほどに、はっきりとしたひだの一つ一つまでが、私の目には見えた。

 その色を何とたとえたものだろうか。天の高い所では赤く、そして中ほどにいたるにつれて緑白に輝き、ゆらりゆらりと揺れる裾の方では、青白くたゆたうようにも見えた。

 その不思議にかがやくものが、ちりしり、ちりしり、私の知らない言葉で、私の知らない歌をうたいながら、宇宙の風に揺れていた。


 ぎゅう、と私の手を握るものがあった。

 私の右手と、左手を、左右から握るものがあった。

 小さなそのぬくもりを握り返してしまったから、私はいつのまにかまなじりに膨らんだ涙をぬぐうこともできなかった。


 ああ、思えば、ずいぶん遠くまで来たものだ。


 不器用な生き方をしてきた。

 奇妙な道のりを歩いてきた。

 思いがけない出会いをした。

 信じられない幸運を掴めた。


 死んでいないだけで、生きていることさえできなかった亡霊の私が、ここまで歩いてきた。歩いてこれた。

 もういいかなって何度も思いながら、その度に君たちが手を引いてくれた。

 おまけみたいなものだと思っていた、余生みたいなものだと思っていた、この二度目の人生は、どうしてだろう、こんなに遠くまで歩いてきてしまったよ。


「ねえ」


 私は、どこまでいけるんだろう。

 私たち、どこまでいけるんだろう。


 涙は、零れる前に凍ってしまったよ。






用語解説

・ロマンが死んだよ、いま

 実際よく死ぬ。現実を突きつけられたり、現実に追いつかれたり、人理を守ったりして。

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