最終話 辺境女はしたたか小町

前回のあらすじ


まさかの初ダウンが「過労」という笑えない元社畜である。






 暖炉の火が燃えているのをずっと映してるだけの動画が結構人気あるらしいんだけど、いまならなんとなくわからないでもない。

 暖かな暖炉の傍。柔らかく沈み込む上等なソファからちょっと足をはみ出させながらも、メイドさんの膝枕を満喫する。前世ならいくら払えば叶えられそうかな。結構お高くつきそうだ。


「ねえトルンペート」

「んー? なあに?」

「昇格祝い、本当にこれでいいの?」

「いいのよ。もちろん、なんか貰えるなら遠慮なく貰うけど」

「そりゃ用意するし、あげるけどさあ」


 うーん。

 膝枕される側はなかなか心地いいし嬉しいものだけど、膝枕する側って別にいいことない気がするんだよね。トルンペートは肉がちょっと薄いところあるから頭の下に骨を感じるし、それってつまりトルンペートも私の頭の重みが食い込んでつらいんじゃないかと思う。

 私は寝てるだけだけど、トルンペートは姿勢も変えられないし。


「結構悪いもんじゃないわよ、これ。こうしてまじまじと眺める機会ってそんなにないし。それに独り占めできるってのも気分がいいし」

「そんなもんかなあ」

「そんなもんよ。そりゃリリオと二人占めもいいけど、時々は独り占めしたくなるの。あんたのことも。リリオのこともね」

「そりゃまた、贅沢なことで」

「だから後で、リリオもかまうわ。ご褒美にね」


 リリオの時に足がしびれないように、負担を軽くしてあげた方がいいんだろうか。

 それともトルンペートは重い方がいいみたいなそう言う性癖なんだろうか。難しいところだ。


 トルンペートは膝枕を提供するだけでなく、かいがいしく私の面倒を見た。いや、トルンペートの言い方をするなら、「かまう」ってやつだね。猫とかといっしょかな。

 お菓子をあーんして食べさせたり、髪を梳いたり、耳かきしたり、トルンペートはそう言うのがたまらなく楽しいらしい。私も心地いいのでウィンウィンだ。


「……自分の考えが自分じゃないみたいだ」

「そう?」

「前だったら、膝枕とか絶対嫌がってたと思う。あーんとか論外だし、髪とか耳とか触られたら吐いてたかもしんない」

「繊細っていうか潔癖っていうか」

「なんか今はそう言うの感じないから、麻痺しちゃったのかなって」

「今の方が健康なのよ、それ」


 そうなのだろうか。

 私としてはいまの自分は異常だけど。


「いいのよ。あんた、疲れてたのよ。それで、いまは心が落ち着いて、ちょっと丸くなったの」

「そんなもの、かなあ」

「そんなものそんなもの。そういうことにしちゃいましょ」


 うーん。誘惑に堕落しちゃいそうだ。しちゃっていいらしいけど。

 私はもぞもぞと頭を動かして、トルンペートのお腹に耳をぴったりあてた。鼓動とか、お腹の中の音とか、聞こえる気がする。その温度が、いまは、ちょっと落ち着くような気がするし、ちょっと気持ちの悪いような気もする。総じてちょっともぞもぞする。


 見上げる私の視線を、トルンペートはまっすぐに見下ろしてくる。それで、ちょっと悪戯っぽい笑顔をして、私の頬を撫でたり、鼻先をなぞったり、目元を押さえたりする。

 なんだか楽しそうな彼女を眺めながら、私はぼんやりと湧き上がってくる思いを、ぼんやりしたまま口にした。


「あのね」

「なあに?」

「うん。あの……なんかね。面倒なこととか、さ……あるかもしれないんだって」

「どこ情報よ」

「どこっていうか……なんかそんな感じなんだって」

「ふうん?」

「それで、それで、なんだろな……なんか困ることになったり、するかもしんないんだって」

「ふんわりしてるわね」

「うん。きっとそうなるってわけじゃないみたいなんだけど、なるかもって」

「まあ、そうね、リリオは喜ぶんじゃない」

「トルンペートは嫌でしょ」

「どんなのかわかんないから何とも言えないけど、でもまあ冒険でリリオが喜ぶなら、あたしはそれでいいわ」

「うーん」

「それは、別にあんたが悪いんじゃないんでしょ」

「じゃない、と思うんだけど……ぅん、でもなんか需要があるって言うか、そう言うの期待されてるみたいなのがあるというか」

「誰によ。それに、別にあんたがそうしたいわけじゃないんでしょ」

「うん。いや、まあ、そりゃね。普通にご飯食べて……あとお風呂入って……一緒にいたいだけ」

「かわいいこと言うんだから。ね、じゃあそれでいいじゃない。嫌なことがあっても、嫌って言えないのかもしんないけど、そん時はあたしたちがかわりに言ってあげるから。それでいいわ」

「惚れ直しちゃう、かも」

「二等だもの。もっと、もーっと、惚れちゃっていいわ」


 ふわふわした暖かいものが、私を包んでくれているみたいだった。

 そう、この時はあんなことになるなんて思ってもいなかったのだった。


「ちょっと、またなんか変なこと考えてるでしょ」

「お約束かなって」


 辺境のしたたかなひとは、だいじょうぶよとそう言ってくれるのだった。






用語解説


・膝枕

 『万葉集』にも記述のある歴史ある文化。

 おたかい。


・だいじょうぶ

 根拠はないが、無敵の言葉。

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