第八話 鉄砲百合の戦い方

前回のあらすじ


ハードラックとダンスっちまいそうな女中だった。






 養成所から特等武装女中がやってきた、とは聞いていたけど、まさか三人も来てるとは思わなかった。

 いつもぼんやりして穏やかなアパーティオ様は、まあいい。ほとんど実害はない。というかあんまり接したことがない。

 フォルノシード様は厳しいところもあるけど丁寧な人だし、他の武装女中からも慕われてるみたいだし、理不尽なことはないだろう。

 でもツィニーコ様は、ちょっとおっかない。


 ツィニーコ様はここ数年であっという間に特等に認められてしまったいわゆる天才で、天狗ウルカ特有の上から目線以上に、自身の才能と実力を大分鼻にかけた人だ。あたしも含めて、ほとんどの武装女中は、あとからはいってきた新入りに、あっという間に追い抜かされて、雲の上の高みから見下されてるわけだから、あんまりいい印象はない。本人の性格もあるけど。


 口調も荒々しいし、口より先に手が出るような人だから、ツィニーコ様と遭遇するのはあんまり嬉しい事態じゃあなかった。手が出るって言ってもモノに当たるくらいだし、他の特等もなだめてくれるので、実際に被害に遭ったっていう子はいなかったけど、まあ見た目と空気が怖いって言うのはそれだけで、ね。


 とはいえ、ある意味ツィニーコ様のことは、ほとんど情報のないアパーティオ様よりわからないかもしれない。その派手な振舞いの陰に隠れた部分をあたしは知らないのだ。

 ウルウにもにらみを利かせ、ペルニオ様にもメンチを切り、腕組みしてふんぞり返るような女中らしからぬ男らしい立ち姿など決めて見せたツィニーコ様だったけど、実際にツィニーコ様主導で試験が進むにつれて、あたしはこの荒々しい人が存外まめまめしく気の利く人であることがわかっていったのだった。


 ツィニーコ様はまずあたしの目の前にずいっとやってきて、おもむろにぴんと立てた人差し指であたしの顔を指さした。それをついっと左右に振る。あたしの後ろに回って、耳のあたりで指を鳴らす。右。左。

 もう一回正面に回って、がっちり顎を掴んだと思ったら、口の中を覗き込まれる。歯並びを確かめるようにじろじろ見られて、匂いも嗅がれる。

 手を取られて手袋をはぎ取られ、表裏と確かめられる。


 まるで家畜の健康状態でも確かめるように一連の作業を手早く終えて、ツィニーコ様はフォルノシード様を見た。フォルノシード様は軽く小首をかしげて見せ、それでツィニーコ様は思い出したようにうなずいた。


「ツィニーコだ。お前の試験を主に担当する……その前に、お前がトルンペートで間違いないか?」

「はい、トルンペートと申します。よろしくお願いいたします」


 試験は、あたしを試すだけでなく、ツィニーコ様がうまく試験できるかどうかも同時に見ているようだった。


 あたしたちは屋形にあがり、適当な空き部屋で室内試験に移った。

 ツィニーコ様は目付きも悪いし、あたしに対しては口も悪いけど、やること自体は穏当なものだった。


 初めに、基本として頭に本を乗せて立たされる。姿勢が悪いと落としちゃうし、すぐに疲れちゃう。それに何より見た目がよくない。それから、そのままの状態で、床に伸ばした帯の上をまっすぐに歩かされる。姿勢の良さと、美しさが評価されるやつね。


 暇してたリリオとウルウも真似してみたら、リリオは意外に出来るんだけど、こらえ性がないというか落ち着きがなく、すぐにぶれてしまう。ウルウはしれっとやってみせるんだけど、背が高いせいか必然的に下を見ようとして落とすことが結構ある。


 立って、歩いて、それから姿勢の試験が続く。座り方や、立ち上がり方、美しい礼の仕方。こういうのは普通の礼儀作法の授業と同じだろう。

 武装女中が違うのは、そこに非日常の場面が盛り込まれるところだ。椅子や卓、細々とした箱などを重ねて作った悪路を歩いたり、優雅に武器を構えたり。主人の立ち位置を意識しての立ち回りとかも。


 意外なことにツィニーコ様は先に自分でやってみせて、それからあたしにやらせた。そしてその時の優雅さと言ったらご令嬢であるはずのリリオより素晴らしく、説明する口だけがそこらの酒場から拾ってきたんじゃないのって思うくらいちぐはぐだった。


 三等試験の時にはなかった壁を使った飛び跳ね方までやった後も、試験は続いた。

 卓についての食事の作法や、野外での作法。洗濯や掃除といった家事。貴族の家のみならず、一般家庭にある道具を用いた戦闘方法。絵画や芸術品、高級品や珍品の目利き。慣れ親しんだ主人ではないはじめての人間を相手にした時の、要求を読み取る気遣い。字の綺麗さや書く早さ、相手や用件によって変わる文章の内容、その修飾、用件の伝え方。野外での生存技術だけでなく、農村部や都市部での的確な迷彩、生存技術。女中としての奉仕精神。部下への指示の出し方。


 多岐にわたる試験は、ほとんど休みなく次々に続けられた。そしてそれに受かったのか落ちたのか、どういう評価を受けたのかを一切知らされないままに次に移っちゃうから、心も体も結構しんどい。多分そう言う打たれ強さみたいのも評価のうちなんだろう。


 室内での試験は、厨房で何品か料理を作って終わった。ツィニーコ様がくじを引いて決めた課題料理を知っているか、そして正確に作れるかというものと、手持ちの材料と厨房内のものを使って自信のある料理を作るというもの。


 そうして食事と休憩を兼ねて調理試験が終わった後、あたしたちは改めて前庭に引き出された。

 そう、いよいよ組手の時間だ。


「いままでの試験で分かっただろーがよォ、強ェだけじゃいい武装女中にゃなれねェ。だが、強くなけりゃ武装女中じゃねェ!」


 ドン、と腕組みしてふんぞり返ったツィニーコ様。ただただ荒っぽく力自慢なだけかと思ったら、誰よりも優雅な作法や仕事を手本として見せつけられちゃったので、凄まじい説得力があるわね。単に身体能力と勘のいい「いわゆる天才」かと思ったら、普通に努力家だったわ。


「お前は飛び道具が得意らしいな。合わせてやる。お前は何を使ってもいい。足りなきゃ今のうちに仕込んできてもいい。お前に使える全てを使って、オレから一本取ってみせな」


 そういうツィニーコ様は、武器らしい武器を帯びていない。服装こそ、飛竜革の前掛けや手袋と支給のお仕着せだけど、標準装備の鉈も斧もない。《自在蔵ポスタープロ》らしいものもない。


「おうおう、いいじゃねェか。キッチリ相手を観察すんのは悪くねえ。とはいえ、疑心暗鬼にさせんのはかわいそうだからな、先にオレの芸を教えておいてやろうじゃねェか」


 親切にもそう言って、ツィニーコ様はおもむろに足をあげて空を踏んだ。そしてそのまま体が持ち上がり、逆の足が空を踏む。そしてまた体を持ち上げ、逆の足が空を踏む。まるで階段でも上るように、自然に優雅にその身体が持ち上がっていく。

 風精を用いて体を空に持ち上げる高等技術、から踏みだ。

 理屈自体は目新しくもなけりゃ難しくもない。リリオも、装備の効果を活かせばできる。って言っても、それも全力で駆け抜ければという話だ。

 ゆっくりと昇るっていう、その動作の穏やかさがかえって恐ろしい。形を持たない空気が、完全に支配されてその足の裏で固められてるんだ。


女中たァ言うが、御覧の通りオレは寸鉄ひとつ帯びやしねェ。だがその代わりよォ」


 ひうん、と大気が切なく泣いた。

 軽やかに振るわれた脚の先、佇むあたしの前で土交じりの雪がぱっくりと裂ける。

 続けて演武の如く振る荒れる手足に応じて、あたしの周りで雪がえぐれ、裂け、砕け散る。

 蹴りの空爪からづめ、拳の空爪、もっと小さな指先からの空爪。


「お前がどんだけ仕込もうがよォ、悪ィがこの世を覆う大気全てがオレの武装だ! 最年少の特等武装女中がどれだけ天才か、土産話ができるくらいにはもってくれよォ!?」


 恐ろしく研ぎ澄まされた空気の刃が、あたしのすぐそばで金切り声を上げる。ツィニーコ様の荒ぶる闘気に感応したように、風が激しく渦巻き始める。

 いくら優雅に取り繕おうと、この荒々しい暴力こそがやっぱりツィニーコ様の本性なんだろう。


 それを見て、あたしはなんだか、かえって安心していた。

 そりゃ、あたしには風を見る目はない。勘だってない。飛竜の肋骨の短剣を貰いをしたけれど、まだ使いこなせたなんて言えるほどじゃあない。

 リリオに比べれば力強さや打たれ強さも全然だし、ウルウに比べたらとろ臭くて鈍いことこの上ないだろう。


 それでも、あたしはやっぱりこういうわかりやすい相手だと、って安堵さえする。


 審判役のフォルノシード様が、向き合うあたしたちを見て、高らかに開始を宣言した。

 ツィニーコ様が猛然と風を巻き込み始め、そしてあたしは勝負の「組み立て」を済ませた。

 暗器使いはどこに隠すかは大事じゃない。隠すかが大事なのよ。

 《自在蔵ポスタープロ》から抜き出した、ウルウ監修の火酒の火炎瓶を大量に投げつけた。






用語解説


・空踏み

 空気を踏んで空を走る技術、と一般に言われる。

 風精と親和性の高い装備や、優れた魔術を使うものが可能とする。

 ただ、それ自体が軽く、散りやすい空気に乗るというのは難しく、普通は勢いをつけて駆け抜けるのがせいぜい。

 ツィニーコがやってみせたように、完全に空気に乗っかって身体を支えるというのは極めて高等な技術である。

 純粋に風遣いとしての技量で言えばマテンステロが相手にならないレベル。

 短期的には飛竜相手にマウント取れるほどである。


・火酒の火炎瓶

 閠が作ったガソリンの火炎瓶ではなく、辺境では手に入りやすい火酒を用いたもの。

 とはいえそのアルコール度数は九〇パーセント超えで、ほぼエタノール。

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