第四話 亡霊と邪神ちゃん様

前回のあらすじ


この世界にもクリスマスはあるらしい。

果たして聖夜となるか性夜となるか。






 ろくでもないもんしかないな。

 というのは、境界の神プルプラちゃん様の神官たちが営業している屋台の品々だった。

 その、なんだ、リリオが熱心に見比べてる夜のお楽しみグッズ関連が結構売れ筋らしく、子供も通るのに普通に並べられてる。夜の営み関連の神様は別にいるらしいんだけど、そこら辺のかぶりは気にしないらしい。


 まあ第一印象がそれではあったとはいえ、よくよく見れば一応ためになるご加護がついているのもあるようだった。

 マテンステロさんとアラバストロさんが使ったらしい、男女のあれそれを一時的にあれそれする薬とか、生まれてくる子供の性別にかかわる道具なんかもあるみたいだった。辺境では生き死にが身近なので、性に関する加護も身近で、そして重要なんだろう。

 そう言う見方からすると、まあ、なんだ、夜のお楽しみグッズもまあ、その、そう言う需要なんだろう。


 そう言うのからそっと目をそらしてながらも、ちゃんと見て回ってみると面白いものもある。

 例えばトルンペートがお財布と《自在蔵ポスタープロ》の容量と相談して悩んでいるのは、月のものを抑える薬だ。医の神や他の神の屋台でも似たようなのを扱っているし、神様の関わらない薬師の仕事としてもそう言うのはあるらしくて、一般的なもののようだ。

 私もピル買うとき面倒くさいこともあったから、そういう当たり前みたいに置いてあるのはいいと思う。


 あんまり抑えると体に悪いんじゃないのかって不安に思う人もいるんだけどさ、私からすると熱が出て頭痛がして腹痛に悩まされ手足が冷えてまたぐらから大出血するような事態が一年の半分くらいあるっていう方が異常だと思うし、それで死ぬ可能性もあるんだから薬で押さえた方が安全だと思うんだよね。

 まあその辺の考え方は強制はしないし、人それぞれだと思うけど。


 後は珍しい加護なんかだと、農芸品の品種改良とか、合金の加護なんかがある。どちらも農業の神様とか鍛冶の神様の加護が別にあるんだろうけど、どうなってるんだろうね。競合したりしないのかな。


 神殿の出張屋台ってことを忘れるくらいに、この世界の神官というのはかなり俗っぽいようで、売れるものは何でも売るし、値切り交渉もするし、算盤も弾くし、商人と大差がなかった。

 実際のところ、神官って言うのは偉く……つまりよりにつれて、神様の既知外の精神に触れる機会が増えてしまって、その、なんだ、精神がになってしまうみたいで、そうなると一般社会とは没交渉になってくみたいなんだよね。

 だから若手とか下っ端がこうして俗世との交流でお金儲けして運営していく形みたい。

 同じ神官でもガチで修業して精神がアバる神官と、運営の方に携わる事務神官みたいなのにわかれるんだとか。


 そんなプルプラちゃん様の神殿の出張屋台で、私としてはトルンペートのお買い物にお付き合いしていくつか薬を買っていこうと思ってたんだけど、そうもいかないようだった。


 ねえトルンペート、って声をかけようとした先、ほんの数メートル先が、無限に遠い。

 遠近感とか整合性とかそういうものを完全に無視した、脳が認識を拒絶する類の無限の距離がそこに横たわっていた。

 リリオの笑い声や、トルンペートの悩む唸り声が、どこまでも遠い。


 ゆっくりと振り向いた先には、当たり前のような顔で店番している、その顔が認識不可能な正体不明存在。

 直視しないように半分目を背けた先で、若いような年老いたような、男のような女のような、瑞々しく若々しく、がらがらと嗄れ果てた、あるいはそのどちらでもないような声が、ころころとあるいはゲラゲラと笑った。


「いらっしゃいませ。何をお求めでしょうか?」

「いやマジで勘弁して下さい。何にも求めていないって言うか平穏無事だけが望みなんで」

!」


 

 目の前にどうしようもなくどうしようもないものが

 そう言うのは伏線とか前振りとか頂戴っていつも思ってるんだけど、現実は非情だ。

 これはそういうものだ。

 が形を伴ってやってきたのだ。


 半分そむけた視界の隅で、柔らかな指先が皺の刻まれた頬に当てられて上品な微笑みとともに下劣な哄笑が響き渡る。どれが本物だ。あるいはどれも本物ではないのか。境界の右と左とに分けられればすべてのものははっきりとするけれど、しかし境界の上に定まった姿などありはしない。分かちがたくおぞましきものがそこにある。


「楽しそうでよかったですわ。いつの世も色恋は話題の種になるもの」

「神々も下世話な趣味を共有できるようでほっとしたよ」

「でもそろそろ冒険もお望みなんじゃないかと思って」

「もうすこし市場調査が必要じゃないかな」

「いいえ。がお望みなのよ」


 ああ、うん、そうだった。そうなのだった。

 私などは所詮神々の遊戯盤の上に転がされた駒の一つに過ぎず、そして望むと望まざるとというのは駒の一つ一つなどではなくダイスを振るう神々のそれなのだ。

 この会話にだって特に意味などないのだろう。

 言ってみればこれは、キーパーとプレイヤーがお茶を飲みかわしながら、次のセッションにどうやってPCを絡めていくか考えているようなものだ。

 導入部分のその以前、どんな導入を差し込むかの雑談だ。

 考えをまとめるための手遊び、その手の中で転がる駒が私だ。


 そしてどうやら卓上遊戯は正統派のアドベンチャーをしようじゃないかという意見に傾きつつあるらしい。

 勘弁してくれ。

 私はのんびり旅道楽ロールプレイなんだ。ダイスはちょっとしたハプニングの乱数であってくれればいいんだ。

 もう最近ずっとそうだったじゃないか。もうこのままでいいじゃないか。

 この卓はそういうどうでしょう路線で行こうよ。


 などと私は願い祈るのだが、神様には願いを聞いてやっても叶えてやる義理はないのだった。


「確かにそれはそれで需要があるわね」 

「そうでしょう?」

「でも。そうじゃない需要もあるの」


 願わくは、せめて単発セッションであってくれ。

 キャンペーンシナリオはお求めではないんだ。一見さんがさらに入りづらくなるだけだから。途中参加も気軽にできるのんびりセッションしてようよ。


「別に今すぐどうこうというわけじゃないわ。そう言う需要もあるし、そうじゃない需要もある。そういうプレイングもあるし、そうじゃないプレイングもある」


 邪神ちゃん様は微笑んだ、と思う。

 その微笑みを直視すれば私のささやかな正気など瞬時に消し飛ぶだろう。


「あなたは好きにしていいし、嫌なことから逃げてもいいわ。でもがあるということだけは覚えておいてね」

「そう言う需要は、番外編とかスピンオフとか、私の関わらないところでやってほしいんですがね」

「あら、つれないわ。の手伝いもしたのに」


 この邪神め。






用語解説


・夜のお楽しみグッズ

 謎の光によって本編では描写されない。


・月のものを抑える薬

 冒険屋ならずとも、女性あるところには需要がある薬や加護である。

 実際、売り上げのうちかなりの部分はこの手のものらしい。

 もちろん、抑える加護があるのだから、男性に月のものを与える加護もある。


・精神が高尚になってしまう

 神官が修行して格をあげればあげるほど、信仰する神の影響を多く受けてしまう。

 そうなると既知外の精神に触れた人間風情の魂は、まあお察しだ。

 例えば風呂の神殿の高位神官は精神がゆだっていると言われ、風呂から出ることがない。

 境界の神の高位神官は生きているとも死んでいるとも言えない状態にあるとか。

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