第三話 白百合と冬至祭市
前回のあらすじ
かわいいくしゃみは不穏な気配の前触れだろうか。
まあ不穏じゃない時などないのだが。
フロントの町は、私が出てきた頃とはすっかり様変わりしていました。
いやまあ、私が出たのは雪のない初夏で、そしていまはすっかり雪の積もった冬なので、そりゃ何もかも違いますよね。初見だと同じ町とは思えないくらい景色変わりますからね。積み上げられた雪で道も狭くなりますし、場合によっては細い道なんかはなくなります。
街並み自体はヴォーストとそこまで変わらない石造りの街並みで、より積雪に対応した造りって言うくらいなんですけれど。
そういった雪国事情ではなく、時期柄ということで、町は華やかに飾り立てられて賑やかなものでした。
冬となれば畑仕事も出来ず、家畜も内に引っ込めて、節約しながらこもっているのが正しい冬の生活ではあるんですけれど、いやまあ、年末ですからね。それだけというわけにはいきませんとも。
「……なんだか賑やかだね。やることないんじゃないの?」
「それはもう、
ウルウは小首をかしげて、町中を飾る赤と緑の色彩を胡乱気に眺めました。
そうですね、ウルウとは初夏に巡り合って、これが初めての
「
「フムン、賑やかなわけだ」
「冬至過ぎから始まるお祭りで、まあ、なんです。なにするって言うと改めて説明するのも難しいですけれど、お酒飲んでご馳走食べたりするわけですよ」
「トルンペート」
「まあ、リリオの言うのでも大体あってるわよ。冬至過ぎから、年越して何日間かまで続くお祭り。
町中もそれに伴って賑わうもので、期間中の広場では
帝国ではどこでも大抵、広場の真ん中には松や樅、杉といった常緑樹を運んできて、
これがどれくらい大きくて、立派で、飾り付けが美しいかでその土地の豊かさが見えてくると言ってもいいでしょう。
また
最近だと、小さな鉢植えくらいの大きさの、卓上に飾れるような可愛いものも売っていますね。
「……毎年持って来なくても植えとけばいいんじゃないの?」
「普段は邪魔ですし、それに後で枝落として燃やしますしね」
「燃やすのあれ?」
もったいない、なんてウルウは言いますけれど、まあ燃やすのも縁起のうちというか。地方によって異なるみたいなんですけれど、辺境では年越しの夜に火をつけて、一晩中火が絶えなければ良い年になると言いますね。
ご家庭の暖炉で燃やす用の薪もあって、丸太を輪切りにしたものに、ちょいと楔で十字に傷を入れたものですね。この傷の真ん中に火をつけると、火が長持ちするんです。
この薪の火や燃えさし、灰などは魔除けの効果なんがあるとかで、信心深い人はその火種を一年中繋いで絶やさないようにするとか。
うちの屋形でも、前庭に
「あんたの好きなアヴォ・フロストじゃない?」
「それがありました!」
「アヴォ、なんて?」
「アヴォ・フロストですよ! 真っ赤な衣を着た謎の老人で、二十四日の本祭の夜にどこからともなく現れては、良い子にはお菓子やおもちゃ、悪い子には罰を与えたり拐ったりするんです!」
「あー……サンタさんいるんだ」
「毎年飛竜乗りが哨戒するんですけれど、いまだに捕まえられないんですよね」
「ガチでいるやつじゃん」
しかしなんでしょうね。
先程からの反応を見るに、ウルウのくにもとにも
「ん、まあ、似たようなのはあったよ。クリスマスっていって、サンタクロースっていうお爺さんが来る」
「やっぱりどこも似たようなのあるんですね。どんなふうに過ごしてたんですか?」
「えっと……夜まで仕事して」
「祝日の話ですよね?」
「チキン……鶏肉とケーキ買って食べて」
「宴会ですね!」
「いや一人で」
「祝日の話ですよね?」
「あとは雪山籠ってサンタ狩ってた」
「祝日の話ですよね!?」
よほど蛮族なのでは。
しかしウルウが遠い目をするので突っ込むのはやめておきました。まあ、うん。あんまり思い出したくないこともありますよね。
ウルウは割とそう言うのが多いので困ります。
まあいまは私たちがいますからね、三人でしっかり
伝統的な行事としても面白いものですけれど、なんといっても
内職でせっせとこさえた彫り物や編み物、餌を減らすために潰した家畜を贅沢に使った料理、日持ちのする焼き菓子なんかもあります。
家の分の買い物はもう家の者が済ませてくれていますので、気兼ねなく楽しむためだけに楽しめるのが最高ですね。
久しぶりの人混みにウルウはものすごーく嫌そうな顔でしたけれど、好奇心には負ける程度に慣れてきてくれたので、一緒に回れていいですね。
私たちは香辛料と砂糖を効かせた
普段の市で見るような屋台ももちろん多いですけれど、やはり
例えば
他にも、飴屋さんでも色粉を加えて様々な形の飴を作ったりしています。
お酒ももちろん大人気で、あちらこちらで
ウルウはあんまりお酒飲みませんし、昼間からっていうのも好きじゃないみたいですけれど、なにしろ辺境は寒いですから、お酒で温まろうっていう人は多いですね。酒でも飲んでないと、って言うのもあるんでしょうけれど。
「あ、これなんかは辺境名物ですよ」
「なにこれ。お菓子?」
ウルウが首を傾げたのは、屋台にドンと置かれた大きな黒っぽい塊です。
太い巻物状になったそれを、端の方から裁断機で輪切りに切り落し、渦巻き状になったものを売ってくれます。この渦巻きを端からほどいて、そのままかじったり、千切って食べたりするんですね。
見た目は何というか、茶褐色の柔らかな飴というか餅というか、そこに種実類や干し果実などが散りばめられています。
試しに買ってみて分けてあげると、ウルウはなんとも言えない顔をしました。
「なんていうか……ものすごい甘さというか……
まさしく重い、というのがこのお菓子ですね。
食感はねっちりして歯ごたえがあり、噛みながら舐め溶かすような、そのような具合です。
そして味ときたら遠慮なしに甘くて、脂っ気もたっぷりです。
気軽に食べるお菓子や主食と言うより、もとは飛竜乗りや騎士が行軍に持っていった熱量食というやつなんです。冬の極寒の中では、普通に歩いているだけでも、それどころか立っているだけでも体力を消耗します。だから頻繁に休憩をとって何か口にするのですけれど、その際にこのような、すぐに食べられて精がつく、その上で保存も利くものが作られたのだそうです。
「いざという時の備えにはいいかもね……なんていうの、これ」
「ふふふ、その名も
「
「ふうん。見かけの割にさわやかなネーミングだ」
トルンペートに後頭部ぶん殴られました。
違うんです誤解です。私はただ辺境人の素朴で荒っぽい素直な感性を伝えたかっただけで、ウルウの口から俗っぽい卑語が飛び出てくるのを期待したのはほんのちょっぴりなんです。
はい。
すみません。ちょっぴりですけど期待してました。はい。
なのでその冷たいまなざしは止めてくださいトルンペートなんか目覚めそうです。
まあ、その、なんです。そんなわけで、
仕切り直すようにあたりを見回せば、この辺りは神殿関係の屋台が多いですね。
神官たちが寄付を募ったり、ご利益のある品を売りさばくわけです。
辺境にもいくつもの神殿があります。風呂の神や鍛冶の神、農耕の神、酒の神、太陽の神や、家畜の神等々。内地ほど種類はないですけれど、やはり人の手の及ばない領域となると、祈る外にないということもあって、信仰は熱心なものです。
特に大きな神殿は境界の神プルプラ様ですね。他所ではあんまり大々的には人気がないんですけれど、辺境ではみな一度は祈りをささげたことのある神様ですね。
せっかくなので寄っていこうとするとウルウが渋りました。ウルウはあんまりプルプラ様が好きじゃないみたいですね。いやまあ、悪戯好きだったり、
「でも、プルプラ様は縁結びの神様でもあるんです。私とウルウが出会えたのも、きっとプルプラ様のおかげですよ」
「んー、むー、まあ、それは、あながち間違いでもない気もするけど」
「それに
ずらりと並んだお楽しみ道具の数々を指し示したら肋骨の隙間に貫手食らいました。
そうでした。ウルウはそう言うところ初心なのでした。辺境って結構そう言うのおおらかというかあけっぴろげなので、私もすっかりそれに乗っかってしまっていました。
うう、でもこういうお祭りごとの時はお安く買えるんですよね。プルプラ様のご加護付きの道具がこのお値段ってかなりお手頃なんですよう。
「あんまりやると愛想つかされるわよ」
「ぐぬぬ」
「……こ、
ウルウが昼間からしちゃいけない顔でそんなこと言うので、やっぱり買っていくことにしました。
用語解説
・
冬至、つまり一年で一番日が短い日、そしてそこから再び日が長くなっていくことを祝う祭とされる。
北半球にあるらしい帝国でも冬至日はおおむね十二月二十二日前後なのだが、なぜかそれを過ぎて二十四日の夜、二十五日を
その起源や歴史には諸説あるが、帝国においては初代皇帝が定めて以来、法的に祝日とされ、戦争行為を慎むよう法律が公布された記録が残っている。
プルプラちゃん様の仕業なのかは定かではない。
なお聖王国には
・
現地におけるクリスマス・ツリー。
常緑種であれば何でもいいようで、特にこだわりなく様々な木が用いられる。
辺境ではより大きくより枝ぶりの良いものがいいとされ、主たる広場に飾るものは業者が展示権をかけて争う。
広場などには大きなものが飾られ、恋人たちの待ち合わせによく使われる。
またこれを薪として燃やし、一晩火が絶えずに続くとよい一年になるとされる。
その火や燃えさし、灰は縁起物として扱われる。
・アヴォ・フロスト(Avo Frosto)
紅翁。
赤衣をまとった謎の老爺の言い伝え。起源不明。民俗学者も突然湧いて出てきたと頭を悩ませる存在。
角の生えた四つ足の馬にそりを牽かせて空を飛び(!?)、二十四日の深夜に飛来し、良い子供には玩具や菓子を与え、悪い子供には罰を与えたりさらったりするという。
さらに学者たちを悩ませるのは、毎年その存在の観測や捕獲を目的に作戦が練られるも、一度も捕まえられず、そのくせ姿は見せることがあるという点である。証拠はないが見たものは多いという、たちが悪い怪異。
辺境においては毎年飛竜乗りの精鋭が追跡を試みるも、成功したためしはない。
・雪山籠ってサンタ狩ってた
《エンズビル・オンライン》もご多分に漏れずクリスマス・イベントが存在した。
そしてご多分に漏れず良心に欠けたアイテム量を要求してくるため、狩場でよくもめる。
イベント完走者は聖夜当日もゲームにこもっていた面構えの違う連中として畏敬の目で見られる。
・
いわゆるホットビール。
・
泡立てた卵白と砂糖を乾燥させ焼いた菓子。いわゆるメレンゲ菓子。
作り方や分量によって硬さが異なり、硬いものは歯が砕けるほどという。
・
砂糖とアーモンドなどの種実類の粉を練り合わせたもの。
いわゆるマジパン、マルチパン。
様々な形に造形され、鮮やかに着色される。
専門の職人がいるほどで、見栄えの良いものは非常に高価で取引される。
・
いわゆるホットワイン、グリューワイン。
辺境ではほとんどワインが作られておらず、輸入品のためお高い。
・
力強く朝の空を駆ける飛竜の影、また朝駆けしても体力が続くように、という名づけとされる。
元は後述の名前だったのだが、内地からの客に供する際にさすがにそのままでは品位に欠けるということで、急遽名付けられた。
材料は竜脂または獣脂、バター、牛乳、砂糖、メープルシロップ、胡桃などの種実類、ドライフルーツ、冷凍させて水分を抜いた凍み芋、
ざっくりとした調理法は以下のようなもので、すなわち脂及び糖、シロップを煮溶かした乳を加熱して練り、凍み芋や
ある種のキャラメルに近い。
出来上がったものを四角く幅広い容器に広げ、ある程度固まってきたところで巻物状に丸め、冷やし固める。固まったものを端から輪切りにし、一巻きずつ提供するのが普通。
近年では最初から細かく切り分けたものも見られる。
・
すぐに食べられかつ保存もきき、冬場の行軍でエネルギーになるものとして開発された軍用の熱量食が起源。
巨大な巻物状に丸められた姿が飛竜の陰茎のようだということで、竜の勃起という身もふたもない呼び方をされていたらしい。
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