第十八章 辺境女はしたたか小町

第一話 三女中が行く

前回のあらすじ


実の父親を火あぶりにした挙句、顔面を崩壊させてぶん殴り、自立を宣言したのだった。






 辺境の冬は、分厚い雪に覆われている。

 さらりとした細かい雪は、寒さの証と言ってもいい。

 そのどこまでも白い銀世界を、三人の女中が駆け抜けていた。


 女中メイドである。

 飛竜紋の入った革のエプロンをかけて、スカートをはためかせるようにして、メイドが駆け抜けていく。

 まだ日も登らぬ夜更け、青白い月明かりを照り返す雪原を、馬よりも早くメイドが駆け抜けていく。

 それは武装女中養成所からやってきた三人の特等武装女中たちであった。


「あーあーあー……せんないわー、げにせんなかねー。なしてオレらァがこんだたゆぎんなか出にゃあいかんかねー!」


 不服そうな声をあげたのは、一等若いメイドである。

 子供という程に幼くはないが、大人にはまだ随分遠い。それでいて、その全身にみなぎる活力は生半の修練で身につくものではない。特等という武装女中の頂点にいたっていることを思えば、その若さは異常といってよい。


 半袖の下からのぞくのは臙脂えんじ色の飾り羽。足元の靴も、靴底というものがなく、猛禽じみたあしゆびが垣間見える。

 その天狗ウルカの若いメイドはツィニーコといった。天狗ウルカの中でも闘距パレミロスと呼ばれる氏族の出で、飛ぶことは全く苦手なのだが、蹴り足は非常に強く、秀でたものは空を走るともいわれる。


 ツィニーコもまたその優れた脚でもって、容易く沈みこんでしまいそうなほどやわい雪の上を、一足一足、爆ぜるような踏み込みでもって蹴り飛ばしては飛び跳ねるように駆けていた。

 また、それだけの激しい運動をしながらも、同道する二人の耳元に正確に声を届ける技術は繊細極まりない。声を風精に乗せる技はさほど珍しくもないが、この速度での移動中に明瞭に聞き取れる声を届けるのは熟練を必要とした。


「だはんこくでねェの。ペルニオ様ん言うこつじゃきしょんなかね」


 微笑みと共に返したのは土蜘蛛ロンガクルルロのメイド、フォルノシードである。

 彼女の氏族荒絹フーリオーリ土蜘蛛ロンガクルルロの中でも美しい髪と、そして豊かな肉体を持つ。それだけでなく先祖返りもはなはだしく、昆虫の腹部のように肥大した腰がスカートを膨らませていた。

 その下で、甲殻に覆われた四つ足がまるで体重というものを感じさせない足取りで、雪上を駆け抜けていく。


「そいもまたせんなか話だべや。オレァあんしとが好ーかん」

「おじィだけでねェか」

「おじィこつあるかい!」


 鼻で笑うフォルノシードに、噛みつくように怒鳴り返すツィニーコ。

 実際、ペルニオというメイドは無暗に恐ろしいような人柄ではない。それはそれは恐ろしく強いことは確かだが、それで人を脅すということもない。物腰は穏やかで、変に偉ぶることもない。説教を垂れることもない。


「じゃっどん、あんしとん相手ばすっとはなまらよだきいじゃろ」

「あん調子で冗談くれよるやろかい、どんげな顔すっぺかァち考えにゃならんべ」

「んだんだ。御屋形にゃペルニオ様ァおるでやるずくがねェじゃだ」

「一人は玩具箱トイ・ボックスさ出らんべさ」

「どんだかね」


 三人目の特等武装女中、アパーティオは二人の会話を聞きながらも、ぴくりとも反応しない。不健康なほど白い肌に、月影に煌めく銀糸の髪。しっとりと濡れたようなその質感は、山椒魚人プラオに特有のものだ。

 目をほとんど閉じたまま、彼女は雪の上を滑るように進んでいく。いや、それは実際に滑っているのだった。

 前後に軽く開いた両足は、ツィニーコのように力強く雪を蹴ることも、フォルノシードのように激しく駆けることもしない。ただ佇むように雪に接する足が、ほとんど自動的に前へ前へと体を滑らせて進んでいく。


 物静かでマイペースなアパーティオが会話に参加しないのはいつものことだった。そしてそれで特に問題もない。ただそこにいるだけで、特等というものは意味があるのだ。


「トルンペートじゃったかいにゃあ、オレァあんまいはっしとは覚えよらんじゃっとけんど」

「あンれだ、ホレ、えーたいこーたいあえまちょーして、玩具箱トイ・ボックス入りしよったべさ」

「ホゥイ、それよな。おぜうンふうりまーしゃってやぶれよったやつじゃら」

「んだんだ」


 ツィニーコら特等武装女中は、辺境の武装女中の頂点にあると言っていい。一等のうち特に目をかけている何人かを除いては、直接指導するようなこともないし、それなりに数のいる新入りどもをすっかり把握できているかというと難しい。


 しかしその中でも、トルンペートという娘は比較的話題に上がる名前だった。というのも、よく怪我をするのである。それも転んだとか切ったとかいう軽いものではなく、最低でも骨折はしていたし、よく血まみれになっていた。治療所である玩具箱トイ・ボックスに運び込まれるときに意識がないこともざらだった。


 それが訓練の結果ということは、ない。内地の人間には怪物扱いされることもある辺境人だが、訓練の度に全身の骨をぺきぽきと小枝のように折っていては命がいくつあっても足りない。

 哀れなことにその負傷のほとんどすべては彼女の仕える主人、幼いリリオによるものだった。

 辺境貴族は生まれた時から埒外の成長を始める、竜の子だ。幼く見えてもその力は強大で、幼いからこそ加減を知らない。それゆえ、腕が立ち経験の豊富な一等がつけられることが普通だったが、リリオは自分が拾った子供を自分の侍女にすると言ってきかなかったのである。


 週の半分は養成所で女中としての教育が施され、残りの半分では生きたぬいぐるみよろしく振り回される。ようやくリリオが落ち着き、なんとか三等として見れるようになった時は、一同何やら感動したものだった。


「ほなけんど、なんじゃいねー、ずんぶいぱだだ女じゃら」

「トルンペートけ」

「んにゃ、だば、よめじょ。おぜうンよめじょじゃだ」

「女中ば嫁んしたち聞いたべ」

「んにゃ、んにゃ、内地で嫁取りすなったンじゃと」

「おなめっこけ」

「知らん。なんちゃーわからん」


 成人したリリオが嫁を連れて帰ってきたというのは、すでに養成所まで噂が届いていた。しかしきちんとまとまったものではないから、それぞれが勝手に尾ひれをつけて回って、その正体は判然としない。

 大体において、トルンペートがついにお手付きになったとか、内地で嫁取りをしてきたとか、いやいや旦那を捕まえて女中と二人で嫁に入ったとか、いい加減なことこの上ない。

 ただ確かなこととして、どうも二人で出て行ったはずが三人組として帰ってきたということは共通していた。


 呼びつけたペルニオによれば面白い女だということだが、さてどういう意味の面白さなのか。

 ツィニーコは暇な冬場に降って湧いた話題に興味津々だし、フォルノシードもしとやかにほほ笑みながら気にならないわけではない。アパーティオは、それを気にもとめていない。


 寒風をものともせずに飛び跳ねながら、ツィニーコは獰猛に笑った。

 よくはわからないが、わざわざ呼びつけたからには遊ばせてもらおう。

 トルンペートの試験が本題と言えば本題だが、なに、そちらはすぐに済む。

 ぼろ雑巾にしてやってから、ゆっくり遊ぶとしよう。


 恐るべき速度で、三女中が屋形に迫りつつあった。






用語解説


・「あーあーあー……せんないわー、げにせんなかねー。なしてオレらァがこんだたゆぎんなか出にゃあいかんかねー!」

 (意訳:「あーあーあー……面倒くさいなー、ほんと面倒くさいなー。なんでオレ達がこんな雪の中、出てこなきゃいけないかなー!」)


・ツィニーコ(Ciniko)

 天狗ウルカ闘距パレミロス氏族の特等武装女中。十九歳男性。

 飛びぬけた格闘センスと喧嘩っ早さで暴れまわり、矯正目的で武装女中養成所へ。

 上には上がいることを体に叩き込まれ、反骨精神もあって武装女中として鍛えに鍛える。

 根が真面目だったこともありめきめきと成長し、最年少で特等入りした天才。

 自身が天才であり優秀である自覚を持つが、同時に経験の少なさも把握しており、積極的に戦闘の機会を探している。


闘距パレミロス

 天狗ウルカの一氏族。

 翼を用いた飛行が苦手で、頑張っても高所からの滑空や落下速度の低減が関の山。

 しかし極めて強靭な足腰を持ち合わせており、地上を走る速度・スタミナともに天狗ウルカ随一。それどころか空踏みという、空気を踏んで走る技術を持ち合わせており、空を走ってくる。

 性格は荒っぽく、かなり闘争心が強く、けんかっ早い。


・「だはんこくでねェの。ペルニオ様ん言うこつじゃきしょんなかね」

 (意訳:「わがままを言わないの。ペルニオ様の言うことだから仕方ないわ」)


・フォルノシード(Fornosido)

 土蜘蛛ロンガクルルロ荒絹フーリオーリ氏族の特等武装女中。三十六歳女性。

 先祖返りが甚だしく、他の土蜘蛛ロンガクルルロより甲殻が顕著で、また腰から下が蜘蛛の腹部のように肥大化し、脚部も強靭。

 美しく豊かな容姿だが、戦闘においては冷徹で残酷。


荒絹フーリオーリ

 土蜘蛛ロンガクルルロの中でも機織と服飾に長けた氏族。

 蚕を家畜化し、この世界に持ち込んだとされる。

 自らも色鮮やかな金の糸を吐き、編み、織り、刺し、様々な細工を凝らす。

 美しい見た目、美しい技術を持つが、見た目以上の怪力で絡ませた糸を引っ張り木を根元から引き抜いたという逸話もある。

 古代には空を舞う天狗ウルカさえも捕らえていたとか。

 聖王国の台頭に伴い、絹糸や織物を狙われて乱獲され、辺境に落ち延びたとされる。

 現在も辺境から出るものは稀で、出てきたとしても蚕と絹は決して外に漏らすことはない。


・「そいもまたせんなか話だべや。オレァあんしとが好ーかん」「おじィだけでねェか」「おじィこつあるかい!」

 (意訳:「それも面倒くさい話じゃないか。オレはあの人好きじゃない」「怖いだけじゃないの」「怖くなんてない!」)


・「じゃっどん、あんしとん相手ばすっとはなまらよだきいじゃろ」「あん調子で冗談くれよるやろかい、どんげな顔すっぺかァち考えにゃならんべ」「んだんだ。御屋形にゃペルニオ様ァおるでやるずくがねェじゃだ」「一人は玩具箱トイ・ボックスさ出らんべさ」「どんだかね」

 (意訳:「でも、あの人の相手をするのはすごく面倒でしょ」「あの調子で冗談を言うから、どんな顔したらいいかって考えなきゃいけないわよね」「そうそう。御屋形にはペルニオ様が二人もいるからやる気が出ないな」「一人は玩具箱トイ・ボックスから出ないでしょう」「どうだかね」)


・アパーティオ(Apatio)

 山椒魚人プラオの特等武装女中。七十二歳のいまは女性。

 特に尖った能力があるわけではないが、オールラウンドにこなす万能型。

 あまりやる気はないが、仕事はこなす。

 冬場は半分冬眠状態であり、浅くまどろむような状態だという。

 それでもこの「冬のナマズ」は同道する二人を同時に相手しても負けることはないのだが。


山椒魚人プラオ

 最初の人たちとも称される、この世界の最初の住人。海の神を崇め奉り、主に水辺や浅瀬に住まう隣人。肌が湿っていないと呼吸ができないが、水の精霊に愛されており、よほどの乾燥地帯でもなければ普通に移動できる。極めてマイペースで鈍感。好奇心旺盛でいろいろなことに興味を示すが、一方で空気は読めず機微にもうとい。


・「トルンペートじゃったかいにゃあ、オレァあんまいはっしとは覚えよらんじゃっとけんど」「あンれだ、ホレ、えーたいこーたいあえまちょーして、玩具箱トイ・ボックス入りしよったべさ」「ホゥイ、それよな。おぜうンふうりまーしゃってやぶれよったやつじゃら」「んだんだ」

 (意訳:「トルンペートだっけ、オレはあんまりしっかりは覚えてないけど」「あれよ、ほら、いつも怪我して、玩具箱トイ・ボックス入りしてたでしょう」「ああ、それだ。お嬢様に振り回されて壊れてた子だ」「そうそう」)


・「ほなけんど、なんじゃいねー、ずんぶいぱだだ女じゃら」「トルンペートけ」「んにゃ、だば、よめじょ。おぜうンよめじょじゃだ」「女中ば嫁んしたち聞いたべ」「んにゃ、んにゃ、内地で嫁取りすなったンじゃと」「おなめっこけ」「知らん。なんちゃーわからん」

 (意訳:「それにしても、なんだろうな、すごく妙な女だな」「トルンペートのこと?」「いや、嫁さんだよ、嫁さん。お嬢様の嫁さんだよ」「メイドを嫁にしたって聞いたわ」「いや、いや、内地で嫁さんを捕まえてきたんだって」「めかけさんかしら」「知らない。なんにもわからない」)

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