第二話 亡霊と鬼いちゃん

前回のあらすじ


リリオ兄こと、ティグロは爽やかな美少年ぶりを見せつけるが……?






 リリオに兄がいるという話は前々から聞いていたけれど、じゃあ実際どんな人なのかっていうのはあんまり詳しく聞いたことがなかった。聞く機会がなかったし、あんまり興味もなかったし。

 それでもまあ、リリオのお兄さんだからリリオに似て美形なのかな、とは何となく漠然と思ってた。

 その想像は半ばくらいあっていて、半ばくらいは間違っていた。


 ティグロと名乗った青年、というよりまだ少年かな。前に聞いた話じゃあ、二歳違いの十六だそうだし。私からすると十代なんて言うのはもうそれだけで妖精か何かかっていうくらい別次元の生き物に感じる。つまり私は妖精と旅してるわけだけど。

 兄妹とはいっても、彼の外見はリリオとはあまり似ていなかった。リリオが美少女であるのと同じくらいには立派な美少年ではあったけど、ジャンルが違う美形だ。

 リリオはマテンステロさんのように象牙のようなクリーム色を帯びた白い髪だけれど、ティグロは父親譲りのアッシュ・ブロンド。肌の色も逆で、リリオは白く、ティグロは甘いチョコレート色。瞳は二人とも鮮やかな翡翠色だけど、ティグロは少し青みがかっている。

 顔つきは兄妹と言うだけあって似てはいるけれど、印象が大分違う。リリオはアメリカのCGアニメ張りに表情豊かだから少し子供っぽく見えるけど、黙っているとどこか父親を思わせる作り物のような美しさがある。一方でティグロは悪戯っぽい目元と言い、柔らかな顔立ちと言い母親の影響が強いようだ。性格もマテンステロさん寄りだとちょっと手に負えないけど、どうだろう。


「改めまして、はじめまして。僕はティグロ。ティグロ・ドラコバーネ。リリオのお兄ちゃんのね」


 私からしたら年齢も背丈もだいぶ低い相手ではあるんだけど、でもさすがは貴族様というか、まったく腰の引けたところのない堂々とした態度は素直に感心する。私なら絶対無理だ。いますでに対応の仕方に悩んで腰引けてるし。

 リリオやトルンペートよりは背丈があるけど、でも背が高いという感じでもない。この年頃なら平均位かなあ。その外見もまた私に対応の仕方を悩ませる。

 悩む私を見上げる目は、なんだろうなあ。まっすぐではあるけど、真っ正直ではなさそうだ。リリオもたまに、というかしょっちゅう何考えているんだかわかんない透明な目で見てくることはあるけど、ティグロの場合は考えを読ませてくれない目付きだ。

 ああ、うん。ちょっとだけ見た、アラバストロ氏の目に似てるかもしれない。

 楽しそうにほほ笑んでいるのは、顔だけかもしれない、とはちょっと思う。

 まあ、私のいつもの疑心暗鬼かもだけど


「簡単ないきさつは聞いてるけど、リリオの一党に入って冒険屋仲間をしてくれてるんだってね。そして仲良くしてくれてるとか」

「えーと、まあ、そういうことになるかな」


 結局私は、リリオと同列に扱うことにして、敬語は早々に放棄した。貴族相手の振舞いをされて喜ぶ顔でもない。しなかったら喜ぶっていう具合に単純でもなさそうだけど。

 敵対的ではないし、疎まれているわけでもなさそうだけど、値踏みされてるのは感じる。でもその価値基準がよくわからない。貴族にありがちそうな権威や地位でもなさそう。辺境人らしい強さへの信仰でもなさそう。まさか顔の良し悪しでもないだろう。

 じゃあ、何で私を見てるんだろうか。


「ま、なんだろうね。妙な話だけど、ウルウ、あなたが今後も妹としてくれるんなら、していってくれるんなら、あなたの義兄ってことになるのかな。年下の義兄で悪いけど」


 にっこり笑って差し出される手を数瞬見下ろして、そっと手を重ねる。


「よろしくお義兄ちゃん。年増の義妹で悪いけど」

「ふふふ。よかった。堅苦しい人だったらどうしようかって思ってたんだ」

「私も気軽に接してもらえると助かるよ」


 小さい手だ。いや、私の手が大きいのか。十六歳の少年の掌なんて、こんなものかな。


「手を出したのはリリオみたいだけど、でも、リリオはね。僕の妹なんだ。可愛い妹。相手がいい人そうで良かったよ、本当に」

「あー……節度あるお付き合いはさせてもらってるよ」

「…………私が嫁らしいよ」

「んっふ、その返しはちょっとおもしろかったかな。うん、ごめん。一線を越えられたのは君の方だものね。お義兄ちゃんからも謝っておこう」

「ちょっとティグロ! ウルウを取らないでください! 私のですよ!」

「私は物じゃないんだけど」

「いいじゃないか、減るもんじゃないし。年上の義妹ってなんかぐっとくる響きだし」

「うがー! だめですよ! ダメ!」

「ふふふ、リリオは可愛いなあ」

「がうがう!」


 長々と握手をしていたら、リリオが横から割って入って引き離された。

 怒るリリオって言うのも珍しいけど、どちらかというとこれはむしろじゃれている感じかもしれない。

 私には兄弟姉妹がいなかったからよくわからないけど、でも犬がじゃれ合ってるみたいな感じにも見える。むしろ態度的には、余裕のある大型犬に、小型犬がきゃんきゃん飛び掛かってる感じ。


「ねえトルンペート、ティグロってどんな人なの?」

「どんなっていってもね。私はリリオの傍から見た姿しか知らないけど、気さくな人よ。社交的で、誰とでもすぐ友達になる感じ。洒落者で、はやりに鋭いわね。帝都の流行も気にかけてるみたい。ちょっと軽いとこがあるかもしんないけど、まだ十六歳にしてはしっかりしてて、家も安泰ねーってみんな言ってるわ」


 まあ、わからないでもない。

 前世でも見かけた、よくできる子って感じで。何事もそつなくこなす感じ。カリスマっていうか、集団の中で頭が出てるタイプだよね。


「ま、私はあんまり詳しくないけど、一つ確かなことがあるわ」

「なあに?」

「ティグロ様はね、妹大好き人間よ」

「妹大好き人間」


 そう評価される兄は、妹にじゃれつかれて天使のような微笑みを浮かべていた。

 成程、メイド公認の妹大好き人間シスコンなだけはある。


「私も、会ってすぐだけどひとつわかったこともあるよ」

「あら、なによ」


 私は手袋をそっと外して、手のひらを検めた。


「握力はさすがの辺境人だね」






用語解説


妹大好き人間シスコン

 リリオに人間の友達がいないのは事実だが、その原因の一端にそもそも近寄らせてくれないという謎の圧力があったかもしれない。

 謎だ。


・握力

 辺境人、辺境貴族の平均握力は不明だが、少なくともリリオは熊木菟ウルソストリゴの頸骨を素手でへし折れる。

 ティグロはそこまでのパワータイプではないようだが。

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