第九話 亡霊と進撃のお父様
前回のあらすじ
いよいよ帝国最北の町にたどり着いた一行。
その先に待ち受けるものは。
それは、館というには、あまりにも大きすぎた。
大きく、分厚く、重く、そして大雑把すぎた。
それは正に、要塞だった。
なんて思っちゃうくらいに、リリオの実家はがちがちの要塞だった。
城壁に囲まれたフロントの町の大通りをまっすぐに突き抜け、やがて家々もまばらになり、林立する岩と森を抜けた先。
日照権侵害しすぎだろと言わんばかりにそびえたつ壁みたいな山々──臥龍山脈とやらがそびえる極北の地。
その巨大な壁が、うっかり落として割れちゃった花瓶みたいに綺麗に引き裂かれた、覗き込むだけで恐怖と狂気に駆られそうな山脈の切れ目、あるいは無限の連なりを錯覚する大渓谷である龍の顎。
飛竜たちがやってくるというその巨大な裂け目の端から端までを、水も漏らさぬ偏執的な几帳面さで石を積み上げて築き上げた壁が、フロント要塞だった。
その高さたるや、あれほど立派に見えたフロントの町の城壁など目ではないほどで、古い文献によれば百七十尺あまり、メートル法もとい交易尺に換算して五十メートルを超すという。
その上にそびえる砲座や尖塔などはもっと高い。
それだけの高さの壁が、何百メートルかという幅の大渓谷を塞いでいるのだった。
もはや要塞と言うよりダムかよって感じだ。
五十メートルってことは、えー、仮に一階を三メートルか四メートル、間を取って三・五メートルにしようか、それぐらいだとすると、十四階建てとちょっとくらい。
疑いようもなく、この世界に来てからぶっちぎりで背の高い高層建築だ。
どうやってこんなもん建てたんだ。しかもこの辺境で。
しかもこの恐ろしく背の高いダムもとい要塞の外壁は、ただただ石を積み上げていっただけではなく、極めて正確に切り揃えられた石を組み立てたもので、その随所には恐らく古代の職人たちが彫り上げたであろう芸術的な無数の彫刻に溢れているのだった。
ヴォーストの町の神殿街でも、このような装飾的彫刻の類は見られたけれど、それよりももっと圧倒的な迫力がある。
美しいし、なにより
この門をくぐるものは一切の希望を捨てよって、あれはロダンの地獄の門だったか。
考える人はいなかったけど、雰囲気たっぷりではある重厚な扉が、何人もの人手によってゆっくりと開かれていく。ファンタジー好きにはなかなか胸躍る光景だね。
そして扉の向こう、もう一枚の城壁を背にしてたたずむ建物は、今度こそ成程、館と呼べるような美しい代物だった。というかこれはもう、館というより城だ。
灰色がかった石造りの城が、雪化粧を纏ってそびえていた。
何回そびえたって言うんだよって話だけど、いや実際、何もかもがスケールが違い過ぎて、とにかく驚かされる。
城を前に竜車を降りて、改めて見上げてみたけど、ここまで巨大な建築物というものは、この世界に来てはじめて見た。
神殿なんかも、結構背が高い建物はあったけど、まるで比にならない。
もしかしたら、貴族なんかが持っているお城とかはこれに匹敵するのかもしれないけれど、ここの場合、そのお城の前後をはさんでそびえたつ五十メートル越えとかいう城壁の存在感が凄まじい。
巨大すぎて、お城の日当たり最悪だもんな。結構敷地面積あるからまあ何とか日照時間稼げてるんだろうけど、多分お昼前後しかまともに日が差さないんじゃなかろうか。
すっかり日の暮れた今などは、あちこちに篝火や、
こんなずっしりと重厚感のあるお城がリリオの実家だというのがちょっと信じられない。
どうしたらこんな子供がこんなお宅で育つのだろうか。
思わず、隣の白いポニーテールを見下ろしてしまったけれど、私の胡乱気な視線に全く気づかず、どうです凄いでしょうなどとのんきなことを言っている。
確かにどえらいご実家だけど、なんか観光地とか古城巡りの一環で来ましたみたいな感じで、脳内でリリオとこのご立派な城を結び付けるのに苦労する。
だってこう、ねえ。
このお城、端的に言って吸血鬼とか住んでそうな感じだし。
千年単位で生きてる伝説級の吸血鬼とか、あるいはそれこそ世界の半分くらい気前よくくれそうな魔王とか住んでそう。
それに比べてリリオはチビだしあっぱらぱーだし能天気だし脳筋だし、どう見ても元気花丸バカ犬系歩くハリケーンだし、百歩譲ってもギャグマンガ調の勇者サマようこそ魔界村編って感じであって、どう足掻いても似合いそうにない。
悲しいくらい似合わなさすぎる。
黙っておすまし顔してればまあお人形さんみたいな美少女なんだけど、それが一分持てば拍手喝采だ。残念過ぎる。
母親であるマテンステロさんも、まあこの人はそもそも他所から来た人だから仕方ないんだろうけど、お城の雰囲気とは似ても似つかない。
白い髪に褐色の肌、いかにも南国といった鷹揚でのんびりとした顔立ち。そして存外ちゃらんぽらんな性格。
良くて観光客でしかない。
悪いと遺跡荒らしに来た冒険屋といった風情だ。冒険屋だけど。
中身は割と手足が先に出てから考えるとかいうタイプだし。
トルンペートはその点、雰囲気結構合うんじゃないかと思う。
普段からおすまし顔だし、小生意気そうなところはゴシックな雰囲気と似合う気がする。
メイド服もお城との相性は抜群だ。言うことなし。
おまけに足音とか気配消す癖とかあるから、いつの間にか現れていつの間にか消えるっていうのは実にそれっぽい。
などと勝手に想像していたら、トルンペートに脇腹を小突かれた。
「あんたが一番それっぽいわよ」
……そうかもしれなかった。
黒尽くめに黒髪黒目、不健康そうな面構え。
良くて亡霊、悪くて死神かな。《
なんて下らないことを考えているうちに、立派な正面玄関が従者たちによって開かれ、傍に女中を控えさせた男性が姿を現した。
滑らかでしわもない白い肌に、緩い三つ編みにまとめたアッシュブロンドの髪。伏せ気味な翡翠色の目は、やや翳がありながらもリリオのそれとよく似ていた。
人間味に欠けた中性的な顔立ちは、いっそ精巧な人形か、神々の手になる作りものといわれた方が納得できそうだった。
それは、ぱっと見ただけで単純思考で美形だと思ってしまうくらいには、美しい人だった。
もしかして噂に聞いたリリオのお兄さんかとも思ったけど、確かリリオ兄のティグロは一歳違いだった。
それにしてはいくら何でも年かさに見える。
「お父様」
隣でリリオが呟いた。
おとうさま、というその響きが脳に沁み込むまで、ちょっとかかった。
確かに、確かによく似ている。並べてみれば成程と頷ける美形の組み合わせだ。
しかしまあ、随分と若作りなパパさんである。
以前聞いた名前は、アラバストロ。
アラバストロ・ドラコバーネ。
この美しい男性が、リリオの父親で、辺境の筆頭である、辺境伯ってわけだ。
しかしこうして見ると、今までに出会った辺境貴族、カンパーロ男爵とモンテート子爵のごつい体格と比べると、いっそ頼りなく見えるほどの優男ぶりだ。
それこそ、さっき想像した冗談じゃないけど、まるで吸血鬼みたいでさえある。
リリオが黙ってさえいればあるいはこのような冷たい美しさを見せるのだろうかと想像し、またこの冷ややかな麗人が能天気にあけっぴろげの笑い方をしたらリリオみたいになるのだろうかともうそうして見たけれど、ちょっと私の脳でシミュレーションするには荷が勝ちすぎた。
「おかえり、リリオ」
辺境伯は薄い唇をやんわり曲げ、目じりをしっとりと下げて、甘やかに微笑んだ。
非人間的な美貌が、小さく綻ぶようにして感情をあらわにするさまは、何しろこの私でさえどきりとしたくらいの蠱惑的な微笑みで、使用人たちも男女問わずそっと目を伏せるほどの奇妙な魅力があった。これはほとんど魔力といっていいほどだ。
それは圧倒的上位者の微笑みだった。男爵や子爵の微笑みが獣の笑みであるとすれば、これは全くそれらを高みから見下ろし、ただおかしみをもって笑うそれだった。
「それから」
仕草の一つ一つに、目を離せなくなるような色気があり、夢見るような足取りはその一歩一歩が見るものをこそ酩酊させそうだ。
ああ、しかし。
そう、しかし。
しかし私は、私たちは、遅まきながらに思い出したのだった。
「おかえり、僕のマーニョ」
その日、私たちは思い出した。
リリオパパがヤンデレだという恐怖を。
結構ガチ目にヤバい奴だという事実を。
何のためらいもなく引き抜かれた剣が、笑顔とともに振り下ろされたのだった。
用語解説
・《
産廃職。特殊なスキルや《貫通即死》の専用装備以外は《
『アジャラカモクレン、キュウライス、テケレッツのパーっ!』
・アラバストロ(Alabastro)
アラバストロ・ドラコバーネ。三十三歳。リリオの実父。
アラーチョは愛称。
先代当主の早逝で僅か十六歳で当主に就任する羽目になるも、当時二十歳のマテンステロのおかげで就任パーティに成功。そのこともあり、またマテンステロの実力にもほれ込み、一年かけてなんとか一太刀浴びせて結婚をつかみ取る。
若いうちから苦労の連続ではあったが、努力家で才能もあり、実力は十分にある。
ヤンデレ。
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