第十五章 竜囲い

第一話 亡霊とこの痛みの名

※(2022年12月24日追記)

 このエピソードにはファンタジーご都合魔法による部分的性転換または付与を示唆する描写が含まれています。

 具体的なところをぼかしてご説明すると「不明なアタッチメントパーツが接続されました」結果、一部読者の方に深刻な障害が発生しています。

 この度、ごあんしんの「ノン・アタッチメントパーツ版」及び「フル・アタッチメントパーツ版」の差分を公開いたしましたので、好みに合わせたバージョンをお楽しみください。

 なお、大筋の内容に変化はありません。

 他のバージョンを読んで「さっき読んだやつやん?」となった方は、おおむねさっき読んだやつやから、間違い探し気分でお楽しみください。なお性癖には間違いなどありませんので、ご自分の楽しめる性癖を大事にしていきましょう。




前回のあらすじ


朝まで『交渉』した《三輪百合トリ・リリオイ》であった。

詳しい交渉内容については皆様のご想像にお任せする。





 すごかった。


 語彙力の死滅した説明で大変申し訳ないのだけれど、何しろ語彙力だけでなく思考力をはじめとしていろいろと死んでいるのでご配慮いただきたい。


 幸いなのかなんなのか、境界の神プルプラちゃん様謹製と思しきこのボディは朝になるやぱっちりと目が覚めた。

 ちょっと気だるいくらいで、なんなら寝起きで跳ね起きて陽気なラテンのリズムに乗って絶頂有頂天なブレイクダンスを決めることだって可能だろう。

 あくまでカタログスペックであって、実際のご使用はお控え願いたいところだけど。


 まあ、そんな具合に、極めて残念なことにフィジカルの方はむしろ元気なくらいなのだけれど、メンタルの方は何しろド畜生ブラック社畜あがりの二十六年間処女をこじらせていた死にぞこないなのだ。ちょっと荷が勝ちすぎた。


 さて、まどろみを引きずらないすっぱりとした覚醒が必ずしも素晴らしい朝につながるかと言えば全然そんなことはなく、うっかり目覚めてしまった私は死にぞこないメンタルで惨憺さんたんたる様子の寝室、より正確に言うならばカーテンで閉め切られた天蓋付きのベッドを目撃してしまった。SAN値チェック待ったなし。


 いや本当に、冗談抜きでベッドは酷い有様だった。


 やけに頭の位置が低いなと思えば、枕がない。ずり落ちてしまったのかと頭上に手をやるも、空ぶるだけでその感触にはありつけない。枕投げをした記憶などないのだけれど、と少し思い返して、お目当てのブツが私の腰の下にあることを思い出してしまった。SAN値チェックどうぞ。


 なんで腰の下にあるかって? 気配りのできるチビメイド様が私が腰を痛めないように気を遣ってくださったからだよこん畜生。なんで腰を痛めるのかわからない良い子はお母さんとお父さんには聞かずに然るべき年齢になったら信頼できる参考書を読みなさい。


 私の腰の下でへたった枕の感触を感じながら、のっそりと体を起こす。すると私の右パイと左パイを分割統治していたらしいちみっ子どもがずり落ちた。名残惜し気にわきわきと両手が柔らかい脂肪を求めてさまようけど、そこはお腹だ。くすぐったいからやめろ。そもそも君たちのお求めのバストは私の固有の領土だ。


 見下ろしたシーツはぐっちゃぐっちゃに波打っていて、むしろよくまあ頭の回っていなかった私たち三人が潜り込めたなという具合だった。

 アホほど寒い辺境とは言え、というか辺境だからこそか、部屋の中はガンガンに暖房が利いて暖かく、カーテンを締め切ったベッドはなおさらで、その状態でアダルティック大運動会夜の部を開催したとあって、三人分の汗その他を吸ってやや湿り気さえあって、意識が覚醒した今はそこはかとなく気持ち悪い。


 目を凝らせばとてもではないけど乾かなかったシミとかが見えてしまいそうで、《暗殺者アサシン》の夜目の良さが腹立たしくさえある。

 すよすよとのんきに寝息を立てている両脇の二人が恨めしい。


 いっそ私もすべて忘れて二度寝しようかと思ったけど、まあ、無理だった。潜り込もうとシーツを持ち上げた時点で、三人分の濃い体臭と汗のにおいと汗じゃないにおいとさらには血の匂いまでもがむわっと上がってきて、無理だった。無理寄りの無理っていうか無理しかなかった。


 なんで昨日は気にならなかったんだろう。いや、気づいてはいたかな。でもこう、なんか、非日常な感じがバイブスアゲアゲなフットー気味の脳みそにはむしろ燃料投下みたいな役割を果たした可能性はある。よくおぼえていないけど。よくおぼえていないといったらよくおぼえていない。


 シーツを下ろして昨夜の残り香を密閉しようとする試みは遅きに失したけど、まあ、でも、あえてまた開封する必要もないだろう。だってこのシーツの下、シーツの上よりもひどいことになってるもんな。シュレディンガーの猫も黙って首を振る、確定事項の大惨事がこの下にあるんだよ。

 もうなんかしんどいやらいたたまれないやらで顔を覆うと、その手から、具体的には指先から二人の特殊な残り香がして死にたくなる。何度目だSAN値チェック。


 駄目だ。このままでは私の正気が持たない。もう手遅れかもしれないけど。


 二人を起こさないようにシーツから体を抜いて、カーテンをちょっと開いてベッドから抜け出す。

 暖炉が良く利いていて、魔術織りだか何だかの絨毯の効果もあるのか、裸でも寒いということはなかった。


 それにしても、下着はそもそも寝るときつけてないからいいんだけど、私のお気に入りの寝間着はどこに消えたのか。たぶんシーツの海のどっかにあるとは思うんだけど、どういう経緯で脱いだのか脱がされたのか、そして流れ去ったのか。いやまあ、思い出そうとすれば鮮明に思い出せるけど、思い出したくない。


 うん、と伸びをしてみても、体は疲れていないけど、しかし、なんていうか、違和感は酷かった。

 違和感というか、異物感というか。こうしてまっすぐ立とうとすると、脚の間にものすごい異物感が残っている。脚の間っていうか、うん、まあ、ね。綺麗に爪を整えた可愛らしいお手々で、二人がかりで可愛らしくないスキンシップをはかってくれやがったおかげで、私のお腹の中と外がひっくり返るんじゃないかと思った。外気に触れていい場所じゃないんだぞ、は。

 まあだけじゃなく、私の体中余すところなく、二人の指と唇が触れていないところなんてないんじゃなかろうかっていうくらい揉みくちゃにされたからね、ほんと。


 窓から差し込む朝日に照らされた肌に点々と……点々ってレベルかこれ。集団暴行にでもあったのかっていうくらい鬱血の跡が残っててうんざりする。たぶん二人の肌にも数は少ないながら残っているだろうことを思うとかなりげんなりする。なんで鬱血が残るのかっていうのはママとパパに聞いたりしないで以下略、だ。


 ベッドの上が酷いことになっている、なんて言ったけど、私自身も大概酷い有様だった。

 リリオが切らないでほしいというので無駄に長いままの髪は、あっちへ行ったりこっちへ行ったり下敷きになったり抱きすくめられたりで滅茶苦茶に癖がついて大暴れしてるし、鼻が麻痺してるのではっきりとはわからないけど、たぶん匂いもついてしまっていることだろう。


 肌はさっきも言ったとおり鬱血だらけで、おまけに汗でドロドロ、乾いた唾液やらなにやらでかぴかぴ。あいつら私の体を飴玉か何かかと勘違いしてるんじゃなかろうかってくらいだったから、思いもよらないところまでそんな感触がある。

 その鬱血が全身でぴりぴり痛むし、やけに痛む首をさすってみると血がにじんできた。そう言えばリリオの馬鹿に噛みつかれもしたんだった。


 喉もイガイガする……おまけにガラガラに嗄れている。妙なもん口にしたし、普段喋らないのにあんなに声を出したから……出しちゃったもんだから……ああくそ。この世界に来てからどころか、前の人生さかのぼってみても、あんなに声出したことないんじゃないのかな。


 水差しの水をコップに半分くらい注いで呷る。うがいしたい位だけど、吐き出す先がないので、飲むしかない。飲み込むしかない。ああ、もう。変な味がするし、口の中変な感じだし。果たして何割が私自身の唾液なんだか。


 あー、もう、ほんと。確認すればするほどダメージが後追いで来る。

 しかも私は器用にそれを忘れるってことができないのだ。確認したら確認した分だけ、累積ダメージが積み重なっていく。呪いか毒だなこれは。


 それにしても、朝か。

 私は窓から差し込む朝日の角度に、呆れるというか、驚くというか、まあちょっとしたショックではあった。


 いやだってさ、私たちが閉じ込められたのがお昼いただいた後でさ。それからまあ、顔面大噴火の自滅告白わめき散らし大合戦やらかして、着替えたり、爪切ったり、なんやかんや準備したにしても、言ってもその程度なわけで。


 その後、晩御飯も忘れて朝方近くまで大人のおしくらまんじゅうアルティメットドッキングスペシャルに励んでいたのかと思うと、こいつらこの小さな体でどんな体力しているんだと。

 体力もそうだし、それだけ私を求めるのってどういう趣味嗜好なんだ。こちとら賞味期限ぎりぎりアウトの半額シール付き行き遅れ傷み気味な社畜ブラック(特大Lサイズ)だぞ。胸か。バストか。そんなにおっぱいがいいのか。わからん。本当にわからん。


 それにしても、お腹が減った。


 前の人生では空腹という感覚を忘れるほどに、というか把握できないほどに疲弊しきっていた私は、当然のように朝から食欲がわくような健康的な生き方はしていなかった。活動するためにエネルギーを補充する、という感じだった。

 それが今では、目覚めて少しもすればお腹が空きだすという実に健全かつ健康な体になってしまって、いやはや、人生何があるかわからないものおーっとぉ。


 空腹のせいでお腹に気をやってしまったのがまずかった。変に力が入ったのか、その、なんだ。がお腹から流れ出て足を伝って落ちていく気持ちの悪い感触がががが。

 ああ、そうだよなあ。胃袋は空いてるけどは一杯一杯だもんなあ、などと現実逃避したいところだけど、このお高そうな絨毯汚すのもはばかられるので、とっさに取り出した《セコンド・タオル》でふき取っていく。同じくお高そうなシーツをさんざっぱら汚しちゃってるので今更と言えば今更だけど。


 もそもそとタオルで足と股座をぬぐいながらベッドをチラ見するけど、起き出してくる気配はない。いい気なものだ。人の体を好きなだけいじくりまわして、出したいだけ出して、あとはぐーすか寝てるとか。先に起きて綺麗に整えてくれるような甲斐性は、まだ期待できそうにない。

 まあ、あれだけ出したんだから疲れているのかも──などと頭をよぎってほんと何度目だSAN値チェック。そう、出されたんだよ。お腹の中に。二人で何度も。


 まさかプルプラちゃん様が信者にあんな加護を与えるとか、プルプラちゃん様ほんとプルプラちゃん様過ぎる。理屈で言えば、過酷な自然環境のせいで死亡率高いので、この加護を使ってカップリングの幅を増やして産めや殖やせやしてるわけなんだろうけど、そんな理屈くたばってしまえ。

 何のことかわからないピュアリー・ボーイ・アンド・ガールそしてその他のみんなはまかり間違ってもマミーとダディーに聞いちゃだめだからね。私は責任取れないんだから。


 まあ幸いにも、というか幸いかどうか知らないけど、プルプラちゃん様の加護には、あー、なんというか、の境界に関する加護もあるみたいなので、責任取らないでもいいと言えばいいんだけどいやかなり痛かったし一生に一度のことだし今後いいご縁なんてないだろうから何が何でも責任取ってもらわないと困るけど、ああ、もう、とにかく、今後も旅は続けられるってこと。


 そのせいで遠慮なしにやられたわけだけど、まったく。

 仮に私たちの冒険が書籍化されてもこのシーン載せられないだろうなあ。アニメ化などもってのほかだ。


 ああ。

 もう。

 はあ。


 現実逃避はこのくらいにして、いい加減に二人を起こさないといけない。

 眠かろうと疲れていようと、何が何でも起きてもらわなければならない。

 何故なら。


「おはようございます」


 ノックの音とともに、メイドさんの声が忌々しいくらい爽やかに響いたからだった。





用語解説


・SAN値チェック

 SANチェック、正気度ロールと言われることが多い。

 クトゥルフ神話を題材にしたTRPG『クトゥルフの呼び声』または『クトゥルフ神話TRPG』において用いられるステータス及びそれに関連するシステムの呼称。

 SANとは「正気」などを意味する英単語Sanityの略。

 つまりプレイヤーの正気の度合いを示す数値のことなのだが、このゲーム、プレイ中にちょくちょくプレイヤーキャラクター(PC)の正気を削るイベントが発生する。

 その際に行われるのがいわゆるSANチェックで、ダイスによって減少の度合いが決まる。

 一度に減りすぎると狂気に陥り、行動に制限がかかったりする。ゼロになればPCは再起不能というわけ。

 なおSAN値は基本的に劇中では回復しないので、減少したSAN値をもとに次のチェックが訪れるのでどんどん悪化していく。

 その先に訪れる不可避の発狂に気づいたあなたはSANチェックどうぞ。成功で1、失敗で1D6の減少です。


・よくおぼえていない

 この女、完全記憶能力者なのである。


 だ。


・鬱血

 →吸引性皮下出血


・《セコンド・タオル》

 ゲームアイテム。戦闘中に敵モンスターに使用すると、攻撃を中止し、ヘイトを解除してくれる。ただしその状態でさらに攻撃を仕掛けると猛烈に反撃してくる上に二度と効果がなくなる。

 実はこの世界にもタオルと同様の織物(毛巾)はあるのだが、手織りのため少々お高い上に、普及品は我々の知るタオルと比べると性能や肌触りがいまいちなので、閠はあまり使いたがらない。

『猛然と振るわれる拳を必死で耐えるボクサーに、セコンドは迷った。タオルを投げるべきか、否か。何しろ審判が最初に殴り殺されてから、止めるものがいないのだ』


・プルプラちゃん様の加護

 実は境界の神プルプラの信者は、辺境以外ではあまり多くない。

 神話の中でも登場率が非常に高く、親しみやすいとも言えるが、要するに「圧倒的上位から遊びでかき回してくる」という邪神ムーブもといトリックスターっぷりが厄介者扱いされているのだった。

 そんな邪神の加護の中でも珍しく実用的なのが交わりに関するもので、同性間、異種族間で婚姻するものは、子をなすために神殿に祈りに行くのがならわしである。

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