第十話 白百合と男爵令息
前回のあらすじ
格上の武装女中ペンドグラツィオを意外とあっさりあしらってしまうトルンペート。
どうやら『暴風』にしごかれていつの間にか成長していたようだ。
おじさまことカンパーロ男爵に誘われて臨んだ交流試合は、《
トルンペートがいつも一緒にいてくれるので感覚が麻痺してしまいそうですけれど、実は武装女中同士が手合わせするのって、なかなか見れない組み合わせです。
飛竜紋の入った前掛けを許される辺境の武装女中だけじゃなく、内地の武装女中でもそうですね。
数自体がそんなに多くないのもありますけれど、そもそも武装女中は女中であって、戦闘は本業じゃないんですよ。
「これ笑うとこ?」
「気持ちはわかります」
「あんたらね」
格上の二等相手にも引けを取らず、むしろかなり余裕を残していい運動してきたと言わんばかりのトルンペートが帰ってきました。
ほら、ご覧ください。
こうして普通に立っているトルンペートは普通の女中です。いささか普通じゃなく美少女ですけど、これは私の贔屓目もあるので勘定に入れないでいいでしょう。
大真面目に武装女中って本業は女中なんですよ。家事ができる傭兵じゃなくて、戦闘ができる女中なんですね。
大昔、辺境が帝国に組み込まれることになったとき、辺境の人たちも考えたんです。
自分たちは武勇を誇る、誇りすぎる。人界を護るために竜狩りを続けてきたその強さを自覚していたんです。
なので帝国の人々を出迎えたり、内地に出向いたりするときに、極力脅威を感じさせないように一切武装せずに、騎士たちも連れないことにしました。
でもいくらなんでも手ぶらで共もないのでは見栄えも悪いし、護衛なしでは家臣たちもいい顔をしない。
そこで双方に対する詭弁として、武装女中が生まれました。
無力な内地の人々には、あくまでも野良仕事用の道具を持った女中だと。
辺境の人々には、貧弱な内地相手としてはきちんと武装した護衛であると。
帝国から派遣された初代辺境総督と、絆を結ぶために嫁入りした辺境の姫騎士の歌物語にもこの武装女中の逸話が登場しまして、これがまた初演以来帝国各地で長く演じられている大人気の演目なのです。
なので武装女中は辺境だけでなく内地の人々にも広く知られ、いまや内地産の武装女中もいるんですね。
「……それって結局女中と護衛の合いの子ってことじゃ?」
「女中だって言う詭弁を通すために、徹底して教育されてるので、とても優秀な選りすぐりの女中なんです」
「戦闘技能は?」
「護衛なのに弱くちゃ仕方ないのでそちらも徹底的にしごかれた生え抜きの腕前です」
「武装女中はなんだって?」
「ごりごりの武装集団です」
「あんたらね」
まあ、うん、でも、いくら鍛え抜かれているとはいっても、女中としての仕事も同時並行で叩きこまれているので、普通の武装女中と本職の騎士なんかと比べるとやっぱり弱い、と言っていいと思います。
ただ、この強い弱いというのも曲者で、野外でぶつかり合ったら騎士の方が強いかもしれませんけれど、室内や、武器が限られている中での戦闘や、主人の護衛などを鑑みた場合、武装女中に分があるでしょう。
適材適所というやつですね。
「はいはい、あたしのことはいいから、次、あんたの番よ」
「頑張ってきますね!」
さて、次鋒は私ということで、お相手は、と見れば、優しげな微笑みを浮かべたネジェロ
「今年で二十八になる。ちっちゃなリリオーニョが成人するんだ、俺もいいおじさんだよ」
「またまた。ネジェロ兄はいくつになってもネジェロ兄ですよ」
「お前はいい子だなあ。お前の兄貴は容赦なく俺をおじさん呼ばわりするよ」
うーん、まあ、兄のティグロはそういうところあります。
丁寧というか、慇懃無礼というか。
ネジェロ兄とはそれこそ私が生まれた時からお付き合いのある、庶民的な言い方をすれば近所のお兄ちゃんです。恰幅の良いおじさまと比べると細身ですけれど、顔つきの柔和さはよく似ています。
とは言えただの甘い顔つきの甘い人かというとそうでもなく、これで立派な辺境貴族。血の気の多さはお墨付きの札付きです。私とティグロ、二人まとめて一緒に遊んでくれたというのがどれくらい頑丈なのかお察しいただければ。
「お前の剣と鎧、そんなだったか?」
「ふふん、いいでしょう。ヴォーストで強化してもらいました」
「大方派手にぶっ壊して直してもらったんだろう」
「ぐへぇ」
お見通しでした。
でも強化されているのも本当なので、ここは胸を張っていきましょう。
私の武器が
この
天然ものか人工物かの違いはありますけれど、どちらも恐ろしく頑丈な素材で、つまり力加減を考えずに振り回すのに適したとても辺境人らしい武器です。辺境人が力任せだって言いたいわけじゃなく、半端な武器だと力に耐えられないくらい強いってだけですけど。
細かな性能の違いはあるんですけれど、まあそういうのは玄人の好み次第ということで。
私たちは朗らかに礼をしあい、おじさまの合図とともに大上段の大振りを互いに繰り出しました。
大抵の相手なら剣の頑丈さと辺境貴族の怪力が合わさって一撃で仕留められるものでしたけれど、私たちにとっては軽い挨拶みたいなものです。
よくできましたとばかりにネジェロ兄は柔らかく微笑んで、それから鉈で枝を掃うかのような気軽さで剣を振るってきます。もちろんそんな気軽な手つきであっても、獲物は本物の凶器であり、ふるうのは常人離れした怪力です。
それを真っ向から受け止め、撃ち合うことが叶うのも、私が辺境貴族であり、獲物が
私たちが一合一合打ち合う度に、まるで岩と岩とが激しくぶつかり合うような馬鹿げた轟音が響き渡りました。
メザーガやお母様は確かに強い、強すぎるのですけれど、それでも、この轟音をぶつけあえるのは辺境貴族同士でなければできないことでしょう。
それだけ辺境貴族というのは、生物種として格が違うのです。
それなのにお母様にいまだに勝てないのはなぜなのか。謎です。
ともあれ、私たちは楽しむように剣を合わせていきましたけれど、さすがにちょっと厳しくなってきました。
私もお母様に随分しごかれてそれなりに腕は上がったと思いますけれど、辺境貴族ネジェロは十四年分私よりも長く剣を振るってきているのです。
それに加えて、まず体格差があります。
私の体は小さく、ネジェロ兄は上背のある方です。
基本的に、体が大きい方が強いというのは辺境貴族にも通じる理論です。
腕力に関しては恩恵の強さが物を言うとは言え、腕が長ければ間合いは広がり、そして遠心力が打撃に加わる。
これはちびの私には無視できない差です。
そしてまた武器の差があります。
どちらが優れているという話ではなく特性としての話で、私の
そんな鈍器並みの重たさの剣が、体重を乗せて降ってくると、私としては受けづらいのです。
軽い私の体では、下手に受けると吹き飛ばされてしまうのです。
足場が雪というのも頂けません。いくら慣れているとはいえ、これだけの衝撃を受け止めるには、この足場は弱すぎるのです。
単純な打ち合いでは、分が悪いということですね。
じゃあ打つ手がないのか、と言えばそんなざまでは冒険屋などやっていられません。
私は打ち合いから受け流し主体に切り替え、ネジェロ兄の剣をいなしながら息を整えます。
呼吸はすべての生命活動の基本。正しい呼吸ができていることが、重要です。
呼吸を意識して、全身の力を意識して、魔力を練り上げていく。
剣士にして魔術師であるお母様はこの辺りをほとんど無意識でこなせるみたいですけれど、私にはまだまだ難しいものです。それでも、なんとか戦いながらこなせる程度にしごかれたのですよ。できないとぼろくそにされるので。
「お、札を切るか。おじさん嬉しいねえ」
「出し惜しみは、しませんよ……ッ!」
私の魔力の動きを察して、おじさんの剣撃は一層鋭く激しいものとなって降り注ぎました。
大剣のような重量が、鉈か何かのようにあまりにも気軽に振り下ろされる。
真正面から受ければ、いくら私の恩恵が強いとはいえ、押し負けるのは確実だったでしょう。
けれど、私は整えた魔力を剣にまとわせ、この振り下ろされた死に真っ向から立ち向かうことを選びました。
振り下ろされる剣に対し、打ち上げる剣。
重みを活かせる振り下ろしに対し、それはあまりにも無謀な戦いだったかもしれません。
けれどそれは、尋常な物理学においての話。
魔力の恩恵を受けた手は、腕は、肩は、背は、そして足に至るまでの全身は、大地を支えに力強く剣を振り上げ、刃がかち合う。
まるで小さな爆発でも起きたかのような衝撃に、互いの剣が停止する一瞬。
その力の均衡を崩すのが、剣に宿った魔力の一握り。
心の中で火花が散り、剣先に宿った魔力が音を立てて爆発する。
その爆発は強烈な推進力となって、暴れるように剣を打ち上げる。
「う、おォ……ッ!?」
力の均衡を打ち崩すその衝撃に、ネジェロ兄の手から剣がもぎ取られ、そして突き立った雪をその熱で溶かしました。激しい打ち合いと、魔力のぶつかり合いが、それだけの熱量を生んでいたのでした。
ドラコバーネの魔力は、爆ぜる魔力。
今まで使うほどのことに陥ったことがないので、使うまでもなかった切り札。
というと格好いいですけれど、まあ実戦で使えるほど私が魔力の扱いできてなかったんですよね、いままで。
でも、お母様にしごかれ、ぼろくそにされ、できなければご飯抜きとかいう地獄を乗り越えて、私は見事勝ち取ったのです。
自分自身の魔力の炸裂で手がじんじんとしびれるのを押し隠して、私は勝者にふさわしい笑みで胸を張りました。
「ドヤ顔だ」
「ドヤ顔ね」
外野がうるさいですね。
「いや、参ったな。随分腕を上げたよ」
しかし、ネジェロ兄は手をぶらぶらと振りながら苦笑いしましたけれど、なんとなく釈然としないのも事実です。
最後の、魔力の炸裂の瞬間、一瞬ネジェロ兄の剣の重圧が緩んだような気がするのです。
怯んだ、というわけでもないでしょうから、あれはむしろ、手加減されたのでしょうか。
ちょっと不満げに見上げてみると、おじさんはやっぱり柔らかく笑うのでした。
「悪いけど、剣が惜しくなった。あそこで攻めたら、押し勝つにしても、折れてたんでな」
少なくとも、そう言わせるくらいには腕を上げたと、いまは満足するよりなさそうでした。
用語解説
・
超硬質セラミックス。古代遺跡の建材や道具などの形で発掘される素材。
金属ではなく陶磁であるため加熱に非常に強く、溶けて曲がったり折れたりしない。
その代わり加工も削り出すほかにない。
・
いわゆる聖硬石のこと。地下水道など、遺跡の建材としてよく見られる。
ざっくり言えば素材の粒子単位から魔術的補強のなされた超硬質コンクリート。
頑丈なだけでなく経年劣化にも強く、二千年経ってもほとんど劣化していない。
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